塩谷凛 第25話




 入学式が終わって、少し生活に慣れ始めた頃の事だった。


(バスケ部は今日は体育館だよね?)


 小学校の時にバスケは苦手だったから、私はやった事の無いハンドボール部を選んだ。だけどちょっとだけ後悔……


(先輩はバスケかぁ……)


 この中学でようやく再会出来る初恋相手と、同じ部活に入らなかった事。それが私の中学最初の後悔。


 部活の休憩中、校庭で練習してる部の人達が体育館のドアを開けて、バスケ部やバレー部の練習を覗いている。私も勇気を出して、先輩の練習を見ようと扉を開ける。


 丁度そこで女バスが体育館をフルで使って、練習試合が行われていた。私は体育館の中を見渡し、先輩を探す……


(いたっ!!)


 先輩は何処か気怠そうに、体育館隅で寝転がりあくびをしていた。その姿は私が知ってるモノとかけ離れていた。


 長い髪を中分けにした茶色い髪に、着崩したユニホーム。それは不良そのもだった。


 そこはまぁ、まだ理解出来た。私も中学からはオシャレを頑張ろうと、流行りの髪型にしたり、スカートを短くしたり、ルーズソックス履いたり……色々頑張った。


 だけど理解出来ないものがあった……先輩は自分のいる側のコートに攻守が入れ替わると、寝転んだまま食い入る様に、ニヤけた顔で女バスの先輩達に視線を向けていたのだ。


 その視線は何処か従兄弟のお兄ちゃんを連想させるものだった。あの日以来、隙を見ては近づいてくる時の、その目にとても似ていて……


(もう…….変わっちゃったのかな? ……もう違うのかな?)


 あの輝いていた先輩は、もういない。当時の私は先輩がどうしてそうなったのかなんて何も考えずに、自分勝手に憧れから手を引こうと考え出していた。


 ーーそんな頃だった……


「おいっ!!」

「へっ!?」


 私は突然かけられた声に驚き、その場から飛び跳ねる……


ボンッ!! ガシャンッ!!


 私のいた位置からワンバウンドをして、ネットに突き刺さる拳大のボール……


「大丈夫か? 怪我とか……」

「無い………です」

「悪りぃな、だけど今は野球部がここら辺使ってんだ。あんまりウロウロすんなよ」


 そう言って、立ち去るキャッチャーマスクを被った先輩は、クラスの友達に聞けば誰もが知ってる人気の人だった。


「えーー、趣味悪いよぉ。一個上なら絶対安田先輩か新城先輩じゃない?」

「そうそう、後は松沢先輩とか?」

「バスケ部なら……評判は悪いけどルックスで加賀谷先輩とか?」


 先輩の名前は誰に聞いても出てこない。先輩はどうしてあんな風になっちゃったんだろう……


「お前ら何サボってんだぁ?」

「あ、レナ先輩! マドカ先輩!」

「ふふ、何の話し? 私達にも聞かせて?」


 ハンド部の先輩二人。二人とも凄く大人っぽくて綺麗で、優しい先輩。私が派手過ぎて他の先輩達に嫌われてても、この二人だけは私を邪険にしたりしない。


「凛が三嶋先輩の事が気になるみたいでぇー」

「そうなんです! 趣味悪いって話してたんです!」


 そんなになのかな? 先輩達はどう思ってるんだろう……気になる……


「あん? 三嶋? 新城じゃなくって?」

「へ?」

「だよねぇ? ふふ、凛ちゃん何時も新城君の事見てるじゃない?」

「あ、いえ……ちょっとこの間助けて貰って……」

「おぉーー惚れたかぁ? アイツ優しいトコあるからなぁ……」

「ふふ、レナちゃんは何時もそう言うねぇ〜」


 いつの間にか先輩の話では無く、新城先輩の事が話題になる。やっぱりそれぐらい先輩と新城先輩じゃ話しにならないのだろうか……


「あ、でも三嶋と言えば、マリの事一瞬で振ったりとかしてよ。一時期女子全員からハブられてたよな?」

「もぉ〜、アレはみんなも悪いよぉ。光一君が怒ってたんだからぁ」


 なんの話しだろう? マリ先輩と先輩が付き合った?


「そ、それってどういう……」

「あ? あぁ、一年の時にな? アタシら全員で三嶋呼び出してさぁ、マリと付き合えって頼んだんだよ」

「頼んだんじゃないでしょ〜、レナちゃんと陽子ちゃんが脅したんじゃない……」

「人聞き悪りぃ言い方すんなよぉ……陽子のは確かに酷かったけどな!」


 先輩……彼女いたんだ……


「まぁ、どっちかって言ったら新城だろ。告んなら手伝ってやるぜ?」

「光一君はダメよ〜? 私の彼氏なんだからね?」

「きゃーー! やっぱりそうだったんですね!?」

「お二人は付き合ってるんじゃないかって、一年で噂になってたんですぅ!!」


 なんだろう……何処か覚めた自分がいる。視界の隅で、大きな声を上げ一生懸命練習する新城先輩が見える。そして体育館の隅で寝転んでいた先輩の姿が頭の中に浮かぶ。


「あ、あのレナ先輩っ!! ゆ、勇気が出たらお願いしても良いですかっ!?」

「わおっ!! 凛、マジで行く気!?」

「やばっ! でもいけるって! 凛は趙可愛いしっ!!」


 応援してくれる友達達とは別に、顔を見合わせるレナ先輩とマドカ先輩。だけど直ぐに私に向き直すとニッコリと笑顔を浮かべる。


「いいぜ? だけど結果どうなっても自己責任な?」

「そうね? 私達も応援はするけど、あくまで中立だからね?」

「はいっ!!」


 それが私と新城先輩の始まりだった……



#



「良いのか? 三嶋と帰んなくて……」

「…………」


 俺は俯く凛の姿に、あの日の記憶が呼び起こされる。


「上手くいってんのか?」

「…………はい」


 あの時レナが割って入んなきゃ、俺はコイツをもっと深く傷つける事になったんだろうな。充分傷付けちまった後だったけど……


「先輩達の事は悪りぃと思ってる。俺もなんかイラついちまってた」

「……二度とやめて下さい……」

「あぁ…………」

「……見損ないました」

「ハッ、まだ見損ないきって無かったんだな?」


 俺は夏休み直前にレナに呼び出され、三人で遊びに出掛けた。場所はレナが今ハマってるカラオケだった。てっきり強引な幼馴染と二人きりだと思っていたら、たまに部活で挨拶する程度の凛がそこにはいて……


「三嶋とはカラオケとか行ったか?」

「……まだです」

「お前歌上手いんだから、聴かせてやんな」


 俺はコイツが人気の新入生で、可愛いって言われてんのは知ってたし、一年で誰が良いかって話題ではコイツの名前をあげた事もあった。だけど、その頃はコイツと付き合うなんて微塵も考えて無かった。


「なんで……宮川先輩と別れたんですか……」

「…………」


 そう、俺はその時付き合ってた女がいた。レナとの仲は公然のもので、別になんの問題もねぇけど、凛がいたのはまじぃって思っていた。だけど、俺は別に宮川の事は顔だけで選んだし、適当に遊んだら捨てちまうつもりだった。


「そこだけは、嘘は言って無かっただろ……」

「…………」


 あの日、帰り道で突然行方をくらませたレナの所為で、二人きりにされた俺達は、無言で家路についた。


「……最低の別れ方だったって聞きました」

「ハッ! あんぐらいやんねぇと、あんな重てぇ女とは別れらんねぇよ」


 束縛や嫉妬の激しい女だった。毎日の様に電話を要求したり、レナと話す事も最初の頃はキレるようなそんな女。


 俺はやるだけやった後、思ってたより良くなかった、飽きた、もう良い……


 そう言って別れを切り出した。まぁ最低のクズヤローだな。だけど、そんぐらいやんなきゃあの女と縁を切るのは難しいって思ってた。


 そう、別れるのは決めていたんだ。


「別れなきゃ良かったじゃ無いですか……」

「別れる気だって言ったろ。元々、向こうが俺がタイプだって言うし、顔もまぁまぁだったから付き合っただけだし、あんな重いって分かってたら付き合わなかった」


 それは本音だった。俺にはあんま暑っ苦しいイチャイチャする様な恋愛は無理だ。もっと適度な距離で気楽に付き合う様なのが良い……


「じゃあ……あの私への二股は、宮川さんに嫌われようと利用しようした、とかだったんですか?」

「…………」


 そう。ケリをつけなきゃいけないのはそれだ。


 あの日帰り道でされた告白に……


 今付き合ってるヤツいるけど、別に良いぜ?  近い内にアッチとは別れるつもりだからよ。まぁ取り敢えず今からウチ来いよ。


 俺は手っ取り早く、俺に惚れてるこの軽そうなギャルを手籠にしちまおう。そして、あの重てぇ女と、それを理由に縁を切るんだ。そう思った。


 凛はそんな俺の後ろを、俯きながらついて来た。最近は歳上ばっかだった俺は、肉付きはまだ幼いがそれなりに仕上がった体つきに、それなりに楽しめるだろう。そんな事を考えながら家に向かった。


 俺の部屋は母屋とは離れた場所にあって、親や妹の干渉は無い。昔からの仲の良い友達には鍵だって渡してある。内側からはもう一つかけれる鍵があり、勝手に入って欲しくねぇ時はそっちの鍵も使う。そんな俺達不良には最高の部屋だ。


 だが、あの日部屋の扉に手をかけると、鍵は既に開いていて……


「レナ先輩がいなかったら、私とする気だったんですよね?」

「あぁ……」

「私の事……好き……だったんですか?」


 そんな感情は無かった。都合良く使おうと、適当に性欲を処理しようとしただけだ。


 だけど……


「あの時はそんなじゃ無かった。だけど今は……」

「そ! そんなのズルいですっ!!」

「分かってんだよ、でもそれが正直な気持ちなんだよ……」


 俺はズルくて、カッコ悪くて、情け無い馬鹿野郎だ……


「好きなんだよ、お前の事……」

「私は! 私はっ……」


 誰も通らない、学校から凛の家の途中にある路地裏。俺達二人だけの空間で、俺は凛へと距離を詰めたーー


「本当に好きなんだ……」

「私は大っ嫌いです……」


 腕の中の凛はとても小さく、震える体を止めたくて……俺は強く彼女を抱きしめた。

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