第7話事情聴取1

 ー子供は真夜中に外に出て鍛錬を続けていた。

「鍛錬を怠るな。弱いモノは強いモノに殺される。お前は、殺す側になれ!」

今は亡き父親の言葉が怨霊の呪いの様に、頭の中でリフレインしている。

「殺す側、殺す側、殺す側...」

子供は毎晩、ボロボロになるまで鍛錬を続けた。ー


 次の日、警部から

「西南浩二から、事情を聴いている」

との、連絡が来た。

「第四の事件の被害者とほぼ同じ時刻にホテルからサムライハウスに向かっていた」

ので詳しく事情を聞く事になったそうだ。

「『サムライハウス』のコインランドリーを使うように言ったのは俺です。西南くんは誰かと一緒ではなかったですか?」

「ああ、『サムライハウス』の橘ナオミと、河原崎と一緒だったそうだ」

「それなら、アリバイは成立ですよね」

「それが、途中、ナオミがホテル近くのスーパーで買い物をしていた。その間、スーパーの前のテラスで西南と河原崎は、コーヒーを飲んで待っていたそうだが、途中、河原崎がトイレにいき20分ほど戻って来なかった。20分あれば、ホテルに戻り、第四の被害者と外出し、殺害する事が可能だ」

「コーヒー店の店員が、西南くんのアリバイを証言出来ないんですか?」

「それが、その時間、店内がかなり混み合っていて、西南と河原崎にコーヒーを出した事は覚えているが、いつまで店に居たか覚えていないそうだ」

「でも、西南くんまで席を立てば、他の客が座るでしょう?」

「いや、三人分の荷物が席に置いてあったそうだ。誰も座っていなくても、他の客は座れない」


異国の取調室で、西南はあの死体を思い出していた。

ーあの死体、子供の頃に見た、光景に似ていた。

子供の頃から、何度も何度も繰り返し見る悪夢。

色黒の男が自分を誘った。

「今日はお祭りなんだ。連れて行ってあげる。車に乗って」

「さあ、着いた」

ワクワクして、自動車から飛び降りた子供の頃の自分。

ビシャッ

着地した足に、何かがかかった。

思わず地面を見た。

血だ、血だらけだ、直ぐ近くに、黒い塊が横たわっている。首を描き切られ、カっと目を見倒れているのは、大きな牛。

その向こうには、ラクダが同じように長い首に大きな傷口をパックリと開いた姿で、倒れている。

そのグラウンドには無数の牛、ラクダ、羊、ヤギが無残な姿で血の海の中、横たわっていた。

あまりの光景に、声も出せない自分の手を色黒の男が引っ張っていく。

「ちょうどいい、あそこ、ほら、見て」

血で汚れた服を着た男が、大きな牛の角をつかみ、柔道家のようにいとも簡単に倒し、押さえ、声をかけた。

その声に応えて、鋭いナイフをもった青年が、何か唱えながら、牛の横にかがみこむ。

鋭いナイフは牛の首を一瞬で掻き切り、巨大な牛は、しばらくの間、のどから血を吹き出しながら四肢を痙攣させ、ついに力尽き、ドサッと脱力した。ー


「...くん」

「西南くん」

「大丈夫ですか?。西南くん」

整った顔かたちの青年が、自分を心配そうにのぞき込んでいた。


「あ、五月さん。すみません。ぼーっとしてしまって」

「大丈夫ですか?。」

「ええ、悪夢を思い出していました」

「悪夢?」

「子供の頃、父の仕事の都合で、パキスタンに住んでいたことがあって、お祭りで動物の首を切るのを見て。あれから、あの悪夢を何度も見ました。今の連続殺人の死体、あれに似てるんです」

「犠牲祭ですね。俺も子供の頃見ました。そういわれれば、似てますね」


*犠牲祭;とは、アッラー(神様)への信仰を示すために奨励されている行事で、犠牲祭用の動物(牛や羊)を屠ることが奨励される。


「犯人は狂信者で、日本人を生贄にしているんでしょうか?」

「さあ?。犠牲祭で首を切るのは、一番苦しみが少ない方法だからって聞いてます。今回の犯人が首を切るのは、一番確実な方法だからじゃないでしょうか。ほら、特殊部隊もそうやって敵を倒すでしょ」

「そうなんですか。ところで、どうして五月さんが取調室に?」

「西南くん、ナオミさんがスーパーで買い物しているのを待っている間の出来事で、何か覚えている事はありませんか?」

「ああ、第四の事件の時の、僕のアリバイですね。そういえば、店の前の通りで、ちょっとした事故があって、最初、二台の運転手が揉めていて、五分くらい後に、警察が来て、その後しばらくしてから、レッカー車が一台の車を引っ張って行きました。」


すぐに警部が交通課に確認し、かくして西南氏のアリバイは証明され、彼はホテルに戻った。



ーバシャー!

バケツの水を浴びせられ、その若者は、濡れた頭を振った。

気絶していたのか?

「続けろ、訓練は終わっていない!」

上官の罵声で、若者は立ち上がった。

いつまで、続くんだ?

若者の体力はもう限界がきていたし、判断力も残っていなかったが、生存本能が、『上官の命令を聞くように』と警告を鳴らし続けていた。ー

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