第8話 帝国の宴とお出かけ

 その頃、帝国の華やかな宮廷では、豪奢なシャンデリアの明かりの下、宮廷魔導士たちが宴を開いていた。杯を掲げ、贅を尽くした料理に舌鼓を打ちながら、彼らは声高に笑い合っている。


「いやぁ、ようやく厄介者を片付けられたな! あの平民風情が宮廷魔導士の座に居座るなど、聞いて呆れる話だ」

「まったくだ。せいぜい“呪いの館”で無様に朽ち果てるがいい。そんな奴にふさわしい末路だ」

「くっくっく……平民が貴族に逆らうなど、百年早いのだよ」


 酔いに任せた嘲笑と悪意に満ちた言葉が飛び交う中、ひとりの若い魔導士はその光景を苦々しく見つめていた。


(……これが帝国を支えると言われる宮廷魔導士たちのやること? 確かに平民出のライルが快く思われないのは理解できるが……それにしたってやり過ぎじゃないの?)


 彼の不信感は増すばかりだった。だが、それを口にすれば自分も粛清されるかもしれない。カイルは黙って杯を傾けるしかなかった。


「まあまあ、皆の衆。浮かれるのは結構だが、まだ確認を怠ってはならぬぞ」


 会場の中心に座っていたのは、宮廷魔導士団の最高権力者であるルイス。その地位は帝国全土の魔導士たちを統括する権限を持ち、事実上の魔導士社会の頂点に立つ存在だ。齢七十を超えた老齢にも関わらず、彼の眼光は鋭く、冷酷な決断力を持つことで知られている。


 ルイスは静かに席を立ちながら口を開いた。その目は宴に酔いしれる者たちを冷ややかに見据えている。


「ライルが確実に死んだという証拠が必要だ。呪いの館へ行き、遺体を回収してこい」

「なっ……!?」

「じ、冗談でしょう!? あんな危険な場所にわざわざ行けとおっしゃるのですか?」


 慌てふためく魔導士たちに対し、ルイスは嘲るように笑みを浮かべた。


「心配はいらん。全ての呪いを無効化する『解呪の宝珠』を持たせてやる。これさえあれば、どんな呪いも恐れるに足らん」


 白く輝く宝珠を掲げるルイスに、魔導士たちはようやく安堵の表情を見せた。何人かが不承不承ながらも任務に向かう意志を示す。


「……行ける者は行け。生死を確かめるだけで良い。死体を持ち帰れば、この宴はさらに祝福されることだろう」

「は、はい……!」


 数人の魔導士たちが、渋々と出立の準備に取り掛かる。しかし、若い女性魔導士は彼らの背中を見送りながら、胸中で強い疑念を抱いていた。


(あの若さで魔道学校を卒業したライル君が、あっさり死んでいるとは思えない。むしろ、生きていれば貴族たちの傲慢さを証明することになるかもしれない)


 宴の騒ぎは続く中、若い女性魔導士は小さく息を吐きながら、静かにその場を後にした。彼の胸にあるのはただ一つの確信――ライル君はまだ生きている。そして、帝国の歪みを正す鍵を握っているのは、間違いなく彼なのだ。









 館に来てから、もう数日が経った。正直、最初はどうなることかと思ったけど……意外にも居心地がいい。


 エリシアと過ごす日々は穏やかだ。けど、毎晩のようにまぐあいをするのはちょっとやめてほしいけどね。


 今日も例に漏れず、天気のいい午後を庭のベンチで過ごしていた俺に、エリシアは容赦なく突撃をかけてきた。


「ラーイールっ!」

「え、うわっ!?」


 背後から抱きつかれるというより、ほぼ跳びつかれる勢いで俺の体はバランスを崩し、ベンチから地面へと転げ落ちた。


「いってぇ……」

「ライル! だ、大丈夫!? どこか痛くない!? もしかして骨が折れた!? それとも内臓破裂!? い、いやあああああ!」

「そこまでひどくないから! ……ほら、全然大丈夫だって」


 痛みをこらえながらも立ち上がると、エリシアは目に涙を浮かべながら俺の体をあちこち確認してきた。まるで壊れやすいガラス細工でも扱うかのような手つきで。


「ほんと? 本当に大丈夫?  嘘ついてない?」

「うん、嘘じゃない。ちょっと転んだだけだって」

「よかった……私、ライルにもし何かあったら、もう生きていけないところだった」


 大げさだなぁと思いつつも、エリシアの目が真剣そのものだから下手な冗談は言えない。気を取り直しながら、俺は彼女の服装に目をやった。


 いつもの白いドレスとは違い、今日はシンプルで動きやすそうなワンピースだ。珍しいな。


「ところで、その服……今日は随分ラフな格好なんだな」

「ふふふ。だって、今日はお出かけするんだもん」

「お出かけ?」

「うん。ライルと一緒に町まで買い物に行こうと思って!」

「えっ、町まで? いや、俺が行っても別に……」

「ダメ。絶対に一緒に行くの。私、ライルと一緒じゃないと嫌なの」


 エリシアの瞳がぐっと俺を捉えて離さない。ああ、これはもう逃げられないやつだ。


「……わかったよ。でも、どうして急に町に行きたくなったんだ?」

「決まってるじゃない。ライルに必要な物とか、おいしいお菓子とか、いろいろ見つけたいの」

「俺のためって……でもそんなに気を使わなくても」

「気を使ってるんじゃないもん。私がしたいからするの!」


 なんだその理論。でもエリシアが満足そうに微笑んでるから、それでいいんだろうか。


「……わかった。行くよ。でも、俺って街の人からしたら外部の人間だろ? エリシアの評判に傷つけたりしないか?」

「そんなの気にしなくていいの。だって、ライルは私にとって特別な人だから。誰が何を言おうと、私の気持ちは変わらないよ」

「……はは、なんかありがとな」


 思ったよりもまっすぐな言葉に、少しだけ照れくさい。エリシアは俺の手を取り、無邪気な笑顔を浮かべた。


「じゃあ決まりね! すぐに支度してくるから待ってて!」


 そう言って、エリシアは楽しげに館へと駆け出していく。その背中を見送りながら、俺はため息をついた。


「まったく……あいつのペースに振り回されっぱなしだな」


 だけど、不思議と悪い気はしない。


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