贋作公主は真龍を描く
悠井すみれ
一章 贋作公主と贋物皇子
第1話 カモがネギを背負ってやってきた
その青年をひと目見た瞬間、
結わずに編み込んで垂らした髪。動きやすさを重視して、脇に深く切れ込みを入れた上衣。いずれも、間違いようもなく
路地の影に隠れて、仲間に指先で合図を送りながら、彩玉は心中で舌なめずりした。
(北辰の奴らが
大陸の中央に爛熟した文化を築いて繁栄した
特に、七宝街の危うさと賑わいと胡散臭さは、この何百年も変わらない。王朝の交代に拘わりなく、都の片隅のこの一帯には古今東西の宝物とそれを求める者たちが集まってくる。
時代も様式も様々な書画に、宝石のように艶めく釉薬の磁器。古木や奇石、西方から伝えられた精緻な織物や装飾品、南海渡りの香料──それに、それらの贋作も。
長年その道を究めたはずの目利きや通人でもしばしば贋作を掴まされるのだ。まして、ついこの間まで草原で馬を駆り羊を追っていた北辰族が安易に手を出せば痛い目を見る。
(良い勉強を、させてあげないとね?)
何しろ、北辰族は国を滅ぼしてくれた仇なのだから。
政には興味のない庶民でも、住み慣れた街が燃やされ踏み荒らされた恨みはそう簡単には忘れない。縁者を亡くして七宝街に流れ着いた者も多いし、そうでなくても、しばしば酒食や妓楼の代金を踏み倒したり、女を攫ったりの横暴や狼藉は嫌われている。
そう、だからこれは、彩玉たちにとっては
彩玉の合図と目配せに従って、仲間たちは配置についていく。彼女自身も、青年と、従者と思しき背の高い男の動きを常に目で追いながら、慎重に距離を詰める。
複数の目で監視されていることなど露知らず、青年は画を扱う店を覗いているようだ。髪に編みこまれた翡翠の珠が、時おり日光を反射して煌めきを放つ。彩玉は北辰族の風俗に明るくないけれど、髪形や装飾は恐らく身分を反映するものであって、彼はかなりの良家の子息なのでは、という気がした。
(若いし、戦場に立ったこともないのかもね)
それはつまり、檀国の直接的な仇ではないかもしれないということ。そしていっぽうで、平和ボケしているからちょろいかもしれないということ。いずれにしても、金回りは良さそうだ、という彩玉の値踏みは変わらない。だから──
(よし、今!)
仲間の誘導も手伝って、青年との間の人混みが途切れた。その瞬間を見計らって、彩玉は飛び出した。息を合わせるように、仲間の中でも大柄な
「この
「きゃあっ」
少々棒読みな李章の台詞に比べて、彩玉の悲鳴は真に迫っていた。目当ての青年も、思わず、といった風情で振り返ったのを確かめて、心の中で快哉を叫んでから──彩玉は、ちゃっかりと彼の胸に収まった。
「た、助けてください……!」
「え? あ、ああ」
間近に見上げた青年の顔は、思いのほかに整っていた。
軽く瞠った黒い目の色は深く、髪や衣装を飾る宝玉にも負けない輝きを秘めている。どさくさ紛れで触れた体躯は、武に長けた北辰族らしく鍛え上げられているようだ。顔立ちも精悍で野性味があって、それでいて品も同居しているから隙がない。
「くそっ、どこ行きやがった──」
彩玉が青年に見蕩れて──否、品定めしている間に、李章の声は遠ざかっていった。やたらと諦めが良いのは、計画通りだ。
「ありがとうございます。怖かった……!」
正直言って、青年が何かをしてくれたわけではない。彩玉が、良い感じに彼を盾にして、李章の目から逃れたように見せかけただけ。でも、これで筋書きを進めることができる。
突然の一幕に、青年は首を傾げつつも彩玉を突き放したりはしなかった。こうなれば、もう勝ったも同然だ。
「良かった、のかな? 何があったんだ?」
「ぶつかっただけなのに、たいへんな剣幕で──あの、どうか御礼をさせてくださいませ」
青年もなかなかの見目だけれど、彩玉だって負けてはいない。地味な装いを逆手に取って、いかにも零落した良家の令嬢のように振る舞うことだって、お手のものだ。だって、檀の滅亡以来、彼女は生き馬の目を抜く七宝街で生き延びてきたのだから。
潤んだ目を伏せて、睫毛を震わせて。
「私の家は近くにございますの。荒れてはおりますが、何もしないというわけには──」
そして実際、その青年は彼女について来てくれることになったのだ。
* * *
実のところ、彩玉は自宅として案内した屋敷の本当の持ち主のことを知らない。
彼女たちが居ついた時にはすでに空き家だったから、檀の都が攻め落とされた時に殺されたか逃げのびたのだかしたのだろう。今日まで誰にも文句を言われていないから、これからも問題はないと思う。たぶん。
「手入れが行き届いておりませんで、お恥ずかしいですが」
「いや。檀の庶民の家は見慣れないから興味深いな」
ところどころ塀が崩れ、門の内外に雑草が
(庶民、ね……。門と塀と庭があるのって、それなりの家なんだけどね?)
道すがらに聞き出した青年の名は、
檀を征服した後、蛮族どもはその文化をも手中に収めようとしている。書画を屋敷に飾ったり、磁器を使いたがったりするのだ。
けれど、それらの真贋や善し悪しを見分けるのは至難の技だし、征服者に良品を売りたがらない蒐集家や商人も多い。そこに、彩玉たちがこの商売を行う余地が出てくるのだ。
「これでも、祖父の代までは裕福で、人の出入りも多かったのです。──ですから、暁飛様のお力になれるかもしれません」
話に信憑性を出すために、彩玉はそこそこ良い青磁の器で茶を淹れた。
銘も箱書きもなかったから値はつけづらいけれど、素地に刻んだ牡丹の花弁に、ところどころ釉薬が溜まったできた陰影が美しい。
客人ふたりが茶を啜る間に、彩玉は蔵から一幅の画を持ち出した。
「これは──」
「ほう、見事なものだな」
暁飛と、いまだ名を知らぬ護衛の男が溜息を漏らすのを聞いて、彩玉は満足した。だってこれは、ほかならぬ彼女が描いたものだから。
それは、
古びた風情の痩せた枝に、まだ開かぬ蕾がぽつぽつとついた、早春の絵。硬く乾いた質感の幹や枝、大きくとった余白が冬の寒々しさを醸すいっぽうで、蕾だけに使った紅の彩が春の気配を感じさせる。淡く滲んだ紅は、寒中に匂い立つ花の香りさえ感じさせるだろう。
二百年ほど前の
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