第6話「岸谷前総理④ ~サイコパスくそメガネのありがたいお説教は続く。もうお腹いっぱいです…~」

~首相官邸執務室にて~


蕎麦湯を飲み終え、岸谷はさっそく話し始めた。

「全般的なことについては例の機密文書を深く分析してください。やらないと○にますので、お願いします。

ただ、ウクライナの件は最近のことなのであまり入っていないです。だから口頭で補足しますね」


「はい。よろしくお願いします」

○にたくないです。○にたくないです。


「まず日本のスタンスですが、基本的にはウクライナ支援、ロシアには経済制裁をしています。

これは欧米と足並みを揃えているということですね。というかアメリカの指示にただ従っています。


ただし、ウクライナへの支援も大したことはやっていないです。兵器は送らずお金だけです。


ロシアへの経済制裁も意図的に中途半端にしています。ロシアからガスとか大量に買ってますから。報復で経済制裁されたらほんとにヤバいですからね。エネルギー高からインフレが加速して経済に悪影響が大きすぎます」


そんなことはわかってるよ。何言ってんだ今さら…。そうだ、あの件聞いとくか…!

「なるほど。そういえば、岸谷さん、ウクライナへ電撃訪問しましたよね?

例のしゃもじはその時でしたっけ?」


岸谷はニヤリと笑って、

「そうそう。ゼレンスキーはちょっとダメだな。あいつは。戦勝祈願のしゃもじを渡したときポカンとしてたよ。機微がわかんないんだろうね。


その場に2~3人顔色変えたやつもいたけどね。たぶんあれはロシアのスパイだな。あんなところまでスパイに入り込まれているようじゃ、ウクライナももうダメだと思ったよ」


おっ、良反応じゃん。

「あー、ゼレンスキーはダメでしたか。でも、しゃもじが岸谷さんの地元の名産品で、"飯取る"から"召し捕る"の意味で、日露戦争の時に戦勝祈願に使われていたってことは、さすがにウクライナ人はわかんないんじゃないですかね。我々もウクライナのことはよく知らないでしょう?」


急に真顔になって、岸谷は冷静に言った。

「石波さん、そういう話じゃないんですよ。

一国の首相がわざわざ訪問して来て、外交の場で無意味に民芸品を渡すわけがないでしょう。


即座に意味が理解できなくても、コンテクストを読まないといけない。じゃないと簡単に見くびられますよ。周りもよくないよね。全然フォローがなかった。


そもそもゼレンスキーは正装してなかったからね。その時点でダメだわ。こっちは危険を冒してわざわざ行ってるのにね。

戦闘服だか作業服だか知らないけど、それは自国の理屈じゃないか。こっちには関係ないから」


やべえ…。またミスったよ。キッシー服装を気にするタイプなのね。ん!?

じゃああの『腹出しモーニング』はやばかったのか!最初に聞いてきたのは、アメリカの指示じゃなかったら○すよ?って意味だったのね。怖えよ…。

「ははは。そうですよね。それで、今後のウクライナ周りの外交方針はどうすればいいですか?」


岸谷はこちらをきっと睨みつけながら続けた。

「うん。とにかく現状の日本のウクライナ支援は形だけで、実質は中立の状態ですね。


それでアメリカの大統領がトランプに変わると、一気に形成が変わる可能性が高い。

日本はそれにいち早く反応して、国益最優先で対応を決めないといけない。


ゼレンスキーはしゃもじの件でダメなことがわかったから、私の心の中ではもうとっくに切り捨ててるよ。


あいつはトランプの前でもきっと同じことをやるだろうね。それで終わりだよ。

結局国益を損なうんだ。自分の立場を分かっていないとそういうことになる。


石波さんも十分気を付けてくださいね。もちろんわかっていると思いますけど。

総理の一挙手一投足が国益に直結しますから」


はい~~。

「はい!肝に銘じます。しかし、しゃもじが効いてますね。予測できないことへのとっさの対応で、素の部分が見えるってことですかね。こういうのは誰が思いつくのでしょうか。しゃもじは岸谷さんの発案ですか?」


岸谷は微笑みながら、こう答えた。

「うん。しゃもじはそうだよ。自分で思いついた。

石波さん、あなたの場合はさっきの彼がいるじゃないか。こういうのは彼に考えてもらえばいい。適任でしょう」


あ~向いてそうだわ。吉田くん。底意地が悪いからな。

「ははは。そうですね、吉田くんならなんか得意そうです。今度頼んでみます」


「いや大事なことですよ。彼は蕎麦のことも詳しかった。ああいう知識がないと小ネタは思いつかない。

あとは、一言二言の会話で、自分の意図する方向に相手を誘導する力には驚かされたよ。まんまと一番高い蕎麦を頼まされてしまったからね」

そういって岸谷はニヤリと笑った。


知ってたんかーい!一番高い蕎麦だってこと!

「はい。そうします。あと、蕎麦はこちら持ちで大丈夫なので気にしないでください。」

次はそっち持ちでお願いします!


「じゃあ、だいたいのことはお話したので、あとはよろしく頼みますね。とにかく機密文書を読み込んでください。

それからトランプのことも、大いに研究してください。


北方領土とか拉致問題は下手に触ると危険なのでそこも注意してくださいよ。その辺のことは機密文書に書いてあります。

何かあったらいつでも聞いて下さい!」


そう言って岸谷は右手を差し出して来た。ガッチリと握手を交わした。これが男の友情ってやつか。


「ありがとうございます!」


「それから、石波さん。所信表明演説、実に素晴らしかったですよ」


「はい、ありがとうございます」

ん…?


「最後の『全ての国民の皆様の、笑顔に会いたい』ってところですよ」


「はい?」

まさか…!?


「私もファンなんだよ。ママレード・ボーイの」


「そうでしたか!」


「ついうっかり野次っちゃいましたよ。≪ママレード・ボーイか!≫ってね。では失礼」


お前か~い!!


岸谷前総理は微笑みながら颯爽と部屋を出て行った。

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