第22話:今日も夜遅くまで仕事だった……(鳴海視点)
夜11時過ぎ。
夜の繁華街はまだまだ賑わっている。こんな遅い時間帯なのに繁華街を歩いている若者達は皆活気づいていてとても楽しそうにしている。
というかこんな賑わっている繫華街の中で死んだ魚のような目をして歩いている人は私しかいよね……。・
「はぁ……今日もすっごく疲れたな……」
俺はそんな周囲の喧噪に辟易としながらため息をついていった。いや繫華街なんだから賑やかなんて当たり前だよ。そして私みたいな辛気臭い顔をしてる奴がこんな繫華街にいる方が異常な事だってのもちゃんと理解してるよ……。
でもしょうがないじゃないか。私が仕事してる会社の最寄り駅はこの繁華街のすぐ近くの場所にあるんだからさ……。
私はこの繁華街近くにある小さなITエンジニア会社で務めている。一番最初は事務職で採用されたはずだったのに、社員がどんどんと飛んでいってしまったために私は入社してたったの一ヶ月で事務職からプログラミングの仕事を急遽やらされる事になったんだ。
でも当然だけど私はプログラムの経験なんて一切なかった。だから私はその日から毎日先輩に叱られながらプログラム仕事を覚えていく日々が始まっていった。
それから私はプログラミングの参考書や書籍を駆使しながら毎日必死に仕事をしていった。でも当然わからない事が非常に多かったために毎日終電ギリギリまで帰れない日々が続いていった。もちろんそれは全部サビ残だ。
そしてそんな地獄の日々が始まって早くも三年近くが経過したけど、今も先輩や上司には沢山怒られるしサビ残も毎日のように続いていた……。
「はぁ、でもまさか今日も結局終電まで帰れないなんてね……」
今日は電気代とか水道代を払いに行きたかったから、今日は早めに帰らせてくださいと上司にお願いしてちゃんと了承も得たんだ。
それなのに今日もまた新入社員が一人飛んでしまって仕事が回らないとの事で急遽私は呼び止められて飛んでしまった社員の仕事を引き継いでやる事になってしまったんだ。そしてもちろんこれもサビ残だ……。
「はぁ、もう何だか何もかもが辛いな……」
私はもう一度深くため息を付きながらそう呟いていった。そんな感じで今の私は仕事によって毎日死にそうな目に遭っていたんだ。
しかも私は仕事が激務なだけではなく土日出勤も多かったりするせいで、学生時代の友達と遊んだりする時間も全然取れていない。愚痴を溢したくても溢せる友人と会う事が全然出来てなかった。
というかそもそも学生時代の友達はどんどんと結婚をしていってるし。周りの友達は次々に結婚してるし子供も出来て幸せそうにしてる友達がどんどんと増えていってる。
それなのに私はと言えば彼氏なんて作る時間は全然ないし、そもそも出会いの場がないし……。
「はぁ、このままだと彼氏は一生作れないし、処女のまま一生を過ごす事になるんだろうなぁ……って、あれ?」
その時、私がトボトボと歩いていると目の前に服屋さんがあった。そしてその服屋さんに設置されているショーウインドの鏡に目がいった。
その鏡には今の自分の顔が映し出されていたんだけど、そこには酷いクマやボサボサな髪にヨレヨレなスーツ姿をしている私の姿が映し出されていた……。
「はは、何よこれ……」
私は自分の顔を見ながらそんな事を呟いていった。酷くボロボロな自分の姿が映し出されていた。それだけ毎日しんどい働きをしているという証だろうね。
それなのにこれだけ毎日必死に働いているのにも関わらず、後輩の女子社員達からは役立たずだと陰口を叩かれ、先輩社員からもトロくさい女だって叱られる毎日だ。
こんなにも毎日死に物狂いで必死に頑張って働いてきているというのに、本当に毎日すごく苦しい日々ばっかりだよ……。
「……っつぅ……」
そしてそんな暗い気持ちになっていると、急に偏頭痛が私を襲ってきた。最近はずっとパソコンに打ち込む作業ばかりをしていたから、そのせいで頭と首こりが酷くなってしまい偏頭痛が発症してしまっていた。
しかもそれだけじゃなくて慢性的に夜眠れなくなってるし、朝起きると中々ベッドから出れなくなっている。自分の身体がドンドンとボロボロになっていくのを最近凄く実感するようになってしまった……。
私が学生だった頃はこんな事一度も起きた事なんてなかったのに……それなのに今ではこんなボロボロな私になるなんて、あの頃の私はこんな事一切想像すらしてなかったよ……。
「はは、なんなんだろうね……私の人生って……」
私は今の自分を見て何だかもう本当に情けなく感じていきながらも、私はそのまま頭を押さえながらトボトボと繁華街を歩きながら帰路へとついていった。
◇◇◇◇
それから程なくして。
「……あれ?」
私は自分が住んでるアパート前まで帰ってきたんだけど、でも私はその時に違和感を感じた。だって私の部屋の電気が点いていたんだ。
「……って、あ。そっか。今日はハル君が来てくれたんだ……」
そういえば私はハル君に公共料金の支払いをお願いしたんだった。今日までに支払わないと電気とか水道が全部止まっちゃうから本当に焦ってハル君にそんなお願いをしたんだ。
(年上のお姉ちゃんなのにそんな切羽詰まったお願いをハル君にしちゃって本当に恥ずかしかったな……)
もちろんハル君にはもっとちゃんとしっかりしなよって思いっきり注意されてしまったんだけど、でもハル君はそのお願いをしっかりと叶えてくれたんだ。
それにしても昔のハル君と言えば私にベッタリとくっ付いて甘えたがりで可愛い男の子だったのに、今じゃあ凄くしっかりとした優しい大人の男の子に成長していってるよね。お姉ちゃんな私としても凄く嬉しい限りだよ。
「あ、でもそういえば……ハル君に連絡するの忘れてたな……」
そしてそんな事を思っていたら、そういえば私はハル君に連絡をする事をすっかりと忘れてしまっていた。
ハル君に何時くらいに帰ってこれるか連絡してねって言われてたのにそれを忘れちゃうなんて……本当に私は駄目なお姉ちゃんだよね……。
そして今現在は夜11時過ぎだ。家が近いとは言っても明日もハル君は学校があるわけだしこんな深夜近くの時間までいるわけないよね。流石にハル君は自宅に帰ってしまっただろう。
「はぁ、それじゃあ今日の事を後でLIMEでハル君に謝らなきゃ……って、あれ? で、電気が付いてる……?」
私はそう呟きながら自分のアパートの部屋を眺めていった。何故か私の部屋の電気が付いていた。
「……え? こ、こんな遅い時間なのに……もしかして……?」
まさかと思いながらも私はゆっくりとアパートの階段を上って私の住んでる203号室の前までやって来た。そして鍵を開けて中に入って行くと……。
―― ガチャッ……
「……って、あれっ? これってハル君のローファーだよね?」
すると玄関にはハル君の靴が置かれていた。という事はハル君はまだ私の部屋に居てくれたという事だ。そしてつまりハル君は私の帰りをずっと待っててくれたという事だ。
だけど部屋の中からはテレビの音とか物音みたいなのは一切聞こえてこない。もしかしたらハル君は寝ちゃってるのかもしれないね。まぁもうすぐ深夜12時になっちゃうしその可能性はありそうだ。
だから私は物音を立てないようにしながら静かにリビングに向かっていた。もしも寝ているようだったら起こすわけにはいかないからね。
―― ガチャ……
「すぅ……すぅ……」
静かにリビングのドアを開けていくと……予想通りリビングの机に突っ伏して眠っているハル君の姿を見つける事が出来た。
(……あ、料理が並んでる……)
そして机の上にはラップしておいた料理が並ばれていた。そこには凄く美味しそうなハル君の料理が並ばれていた。そして……。
「……あ……」
それだけじゃなかった。机の上には料理だけじゃなくて一枚の紙が置かれていた。そこにはハル君の手書きの文字で……。
『姉さんいつもお仕事お疲れ様! 美味しいご飯を食べて元気になってね!』
「ハ、ハル……くん……」
その紙には手書きのハル君のメッセージが置かれていた。今までハル君には幻滅させてしまうようなダメダメな姿を何度も見せてきてしまったというのに、それでもハル君は私の事を思ってこんなにも優しい言葉を投げかけてきてくれたんだ。
こんなにも優しいメッセージを私のために書いてくれたなんて……。
「……う……うぅ……」
そして私はそのメッセージを読んでいったその瞬間……ふいに私は涙が零れ始めていった。
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