冒険者の品格(2)

 翌朝、ヨハンは冒険者ギルドとの念話を試みた。書き込みをした地図を前に、波を飛ばしていた。もっとも周りにいる〈灰色森〉のメンバーは波を感じることが出来ないので、ヨハンがなにをやっているのか分からず、胡散臭いものを見るような目つきでヨハンを見ていた。念話に集中していたヨハンがそれに気づかなかったのは幸いだった。

 冒険者ギルドの通信士から応答が返ってきたので、ヨハンは地図を見つめてイメージの送信を開始した。送信自体はほとんど時間がかからずに終わる。だが相手から確認の応答が返ってくるまで時間がかかる。数十秒後に応答が返ってくると、直後に返信のイメージが送られてくる。ヨハンは白紙を手繰り寄せて、視界に浮かんだイメージをなぞるようにして、返信を紙に書き写した。それが終わったところで最終確認の応答を送信する。ようやく一回の送受信が終わった。

 ヨハンは自分が書き上げた物を一瞥した。書いている最中はその意味を解釈する余裕はない。念話が終わってからようやく読むことができる。

「ギルドからの返信だ」

 アルバルドはヨハンから紙を受け取ったとき、ヨハンの顔がちらっと見えた。それでぎょっとした。ヨハンの顔色は短時間でかなり変わっていた。

「大丈夫か?」

 アルバルドが思わずそう声をかけた。それを聞いた他のメンバーもヨハンの顔を見て、やはりぎょっとした。昨夜の「早死する」という話は、大げさではないらしいと全員が認識を改めた。

「少し休めば大丈夫だ」

「そうしろ。無理するな」

 そう声をかけると、アルバルドは紙に目を落とした。紙には文字しか書かれていなかった。

「魔獣と窃盗の件は衛兵に伝えるそうだ」

 魔獣に関しては、いつものギルドの方針だった。窃盗は被害者の〈不死蝶〉が行方不明なので、ギルドが代理で通報することにしたのだろう。

「衛兵は来ますかね」

 エーベルトはそう言ったが、これは質問というより確認に近かった。

「来るだろうな。痕跡とはいえ魔獣が現れたとなると、衛兵は必ず来る。少なくともこれまではそうだった。痕跡だけだから少数の調査隊だろうが、馬車を使うだろうから夕方には来るだろう」

「すると〈灰色森うち〉としては村長の依頼は受けないわけですね」

「二兎は追わない」

 この二人の会話の続きも確認だった。他のメンバーもそうだろうと思っていた。意外な発言をしたのはヨハンだった。

「衛兵が来るのは、村長や村人には黙っていてほしい」

「なぜだ?」

 アルバルドの疑問はもっともだった。

「まだ共犯がいるかもしれない。あいつらを引き渡す前に、釣り出してみたい」

「そう言うからには、何か考えているんだろう。話してみろ」

 ヨハンの話を聞いたアルバルドは、ちょっと考えてから答えた。

「あり得ない話じゃないな。いいだろう。やってみろ」


 村長は不意を突かれた。ヨハンが衛兵を連れて家を訪ねてきたのだ。家に近づいてくる二人を見て、村長は大慌てで家から飛び出した。

「な、何事ですか!?」

「こちらはイズナ村の村長さんです」

 ヨハンは隣りにいる衛兵にそう紹介してから、村長に事情を説明した。

「こちらは魔獣の調査に来た衛兵の隊長のヘルゲさんです」

「魔獣の調査……ですか」

 衛兵は頷いて挨拶した。

「そうです。魔獣が現れた場合は、必ず我々が調査することになっているのです」

「それじゃ私は、衛兵のみなさんが到着したことを仲間に報せなければならないので、失礼しますね」

 ヨハンはそう言ってその場を離れたが、彼の行き先は森ではなく、窃盗犯を捕まえたとき納屋を監視していた隠れ場だった。

 その隠れ場には先客がいた。

「マルテオさん、お待たせしました」

 マルテオと呼ばれたのは、窃盗犯を引き取りに来た衛兵だった。

「本当に共犯者がいるんですか?」

「断言はできませんが、その可能性はあります。衛兵のみなさんが来たことは村中に知れ渡りましたから、共犯者がいれば捕まった連中を逃がそうと、直ぐに行動を起こすはずです。少し待てば分かるはずです」

 マルテオはヨハンの言葉に懐疑的だったようだが、少し待てばよいと言われてそうすることにした。実際、四半刻(三十分)足らずで結果は出た。一人の男が周囲を気にしながら、納屋に入っていったのだ。男が納屋に入ったところで、マルテオはヨハンに訊いた。

「今の男は?」

「この村の村長です。行きましょう」

 二人は物音を立てないように気をつけつつも、急いで納屋に向かった。納屋の扉の前で止まって、耳を澄ます。小さい声だが、会話が聞こえてきた。

『……カーラの親戚だというから世話してやったのに……迷惑ばかりかけおって……』

「カーラというのは?」

 マルテオが小声で訊く。

「たぶん村長の奥さんです。家を訪ねたとき、そう呼んでました」

『……あの冒険者共を森に追い払ったとき、逃げればよかったものを……余計な悪事を重ねおって……』

 これを聞いてヨハンの心に暗い感情が湧き上がってきた。中にいる連中は〈不死蝶〉の行方不明に無関係ではないのだ。

『……さっさと村から出て行け。二度と戻ってくるな……』

 ヨハンとマルテオは互いに相手の顔見ると、同時に頷いた。そして納屋の中に突入した。

 納屋の中では村長が二人の戒めを解こうとしている最中だった。入ってきた二人の姿を見て、村長は口を開けて、ぽかんとした表情を浮かべた。

「まだ紹介していませんでしたね。こちらは衛兵のマルテオさん、そこの二人を引き取りに来たんです」

 ヨハンの言葉を聞いて、村長の顔色は今度は土気色になった。

「村長さんだそうですね。あなた方の話は外で聞かせてもらいました。続きも聞かないわけには行きませんな。余計な気は起こさないように。見ての通り我々は武装していますよ」

「村長さんの相手をお願いできますか。自分は二人を縛り直しますので」

 そう言うと村長はマルテオに任せて、ヨハンは二人の拘束をやり直した。それを終えてマルテオのところに戻ると、村長は黙秘を決め込んでいた。〈不死蝶〉のメンバーの生死がかかっているので、ヨハンはマルテオの質問が途切れたところで割り込んだ。

「村長、仲間の命がかかっているんだ。協力しないのなら、こっちにも考えがあるぞ」

 今まで丁寧だったヨハンが態度を変えたせいか、村長は驚いたような顔でヨハンを見た。だがマルテオまで似たような表情をしたので、ヨハンはマルテオに説明した。

「乱暴はしませんよ。裁判で締め上げてやります」

「この程度では裁判にならないはずでは?」

 アルバルドが言ったことを思い出したのか、村長は思わずマルテオに訊いた。

「盗みだけならな。だが人殺しとなれば話は別だ」

 マルテオが答える前にヨハンが詰める。

「人殺しなんかしていない!」

「直接手をくださなくても、人殺しになる場合もあるんだよ。確実に死ぬとわかっているようなことを命じた場合とかな」

「そんなことはしていない!」

「なら裁判でそう言え。だが裁判で嘘をつくと罪が重くなるぞ」

 ヨハンはそう言って凄んだあと、付け足すかのように言った。

「真問官は知っているよな」

 実は領主は真問官を雇っているかどうかは明言していない。雇っていると断言すればテロを招きかねないし、雇っていないと断言すれば政敵ばかりか民にも侮られて嘘をつかれる恐れがあるからだ。そもそもヨハンは裁判を見たことすらない。だがそれは村長も同じだろうと思って、圧力をかけたのだ。

 そばでやり取りを見守っていたマルテオは、ヨハンのことをえげつない男だと思った。だが口出しはせず見守ることにした。共犯者を釣り上げたのは見事だったし、自分より年嵩のこの男は自分よりこういう経験が豊富なのかもしれないと思い始めていた。それに公僕の自分がやったら少々拙そうなことでも、民間人が勝手にやったのなら自分の責任にはならないだろう。

「だがな、仲間が生きて帰ってきたら話は別だ。誰も死ななかったのなら、人殺しは最初からなかったことになる。俺たちが受けた依頼は仲間の捜索だ。仲間が無事に戻ってくるのなら、多少のことは目をつぶってもいいと思ってる。リーダーやギルド長に口利きもしてやる。どうする? 俺たちに協力するか、それともそいつらを庇って裁判するか?」

 村長は死人のような目をしていた。

「協力する。本当のことを話す」

 村長の返事を聞いて、ヨハンはマルテオに頼み事をした。

「後はお願いします。自分は捜索中の仲間にこのことを伝えに行かないといけませんので」


 ヨハンが森で捜索していた〈灰色森〉のメンバーを見つけたとき、既に日没が近かった。事情を知ったアルバルドは直ちに捜索を打ち切って、村に戻ることを決めた。

 一同が村に戻ってみると、マルテオは既に事情聴取のほとんどを終えていた。


 窃盗犯はやはり村長の妻の親戚だった。村長は彼らの素行不良を知らず、縁故で雇ったのだ。金に困っていた彼らはその素行不良ぶりを発揮し、〈不死蝶〉が納屋に置いていた荷物を盗んだのだが、それは〈不死蝶〉が行方不明になる後ではなく、前日だった。

〈不死蝶〉のメンバーは荷物がなくなっていることに当然気づき、騒ぎになり始めた。焦った二人は村長に泣きついた。困ったのは村長である。だが真相が明らかになると自分まで責任を問われることになるので、真相の究明となくなった荷物を取り戻すことを〈不死蝶〉に約束する代わりに、森の奥で害獣駆除を続けることを約束させた。村長としては〈不死蝶〉が村を離れている間に二人を村から追い出して有耶無耶にするつもりだったが、〈不死蝶〉は戻ってこなかった。村長のもうひとつの誤算は、それを知った二人が村に戻ってしまったことだった。

 村長は全てを隠蔽することにした。窃盗はなかった、〈不死蝶〉は勝手に森に入って行方不明になった、そういうシナリオを書いた。〈不死蝶〉が戻ってきたときは、なくなった荷物を返して有耶無耶にするつもりだった。いささかザル気味なシナリオだが、村長は他に何も思いつかなかった。

 そして第三の誤算が発生した。〈不死蝶〉を捜索するために〈灰色森〉がやってきたのだ。もはや村長には〈不死蝶〉が戻らないことを祈りつつ、窃盗犯二人を追い出すことしかできなかった。その二人は行き掛けの駄賃のつもりで〈灰色森〉からも盗もうとしたが、不審に思ったヨハンに捕まってしまったのだ。


 真相を聞いた〈灰色森〉の一同は、負の感情を村長に向けた(窃盗犯二人は既に身柄を衛兵に渡されていた)。ヴァレオに至っては〈不死蝶〉のメンバーと知り合いでもないのに、殺気まで飛ばしていた。交渉役を任されているヨハンは、場が荒れないように彼らより先に発言した。

「我々の最優先は〈不死蝶〉の捜索です。以前聞いた話では〈不死蝶〉は自発的に森に入ったと言っていましたが、実際はあなたが指示したんですね」

 ヨハンの態度が元に戻ったことに戸惑いながらも、村長は頷いて肯定の意思を示した。

「どのような指示をしたのか、具体的に詳しく教えてください」

 ヨハンはあえてくどい表現で、説明を求めた。その後は何度も質疑応答を繰り返し、村長に地図も書かせて情報を引き出した。それが終わったときは、村長は精神的に疲れ切ってしまった。

 だがそれで終わりではなかった。ヨハンは村長が書いた地図と自分が書いたメモをアルバルドに渡した。アルバルドはそれらを一瞥すると、他のメンバーにも見せた。情報を検討している彼らに、ヨハンは質問した。

「人手はあった方がいいですよね」

 紙に視線を落としていた全員が顔を上げて、ヨハンを見た。そして次に村長を見た。この状況を利用して、情報だけでなく人手も村長からむしり取ろうというヨハンの意図を、全員が理解した。

「魔獣の件もあるから、さすがに農民には頼めんな」

 アルバルドそう口火を切ったとき、村長は一瞬安心した。だがエーベルトはあっさりそれを吹き飛ばした。

「猟師なら手助けになりますね。我々が管理できる範囲なら、多い方がいい」

 結局、村長は猟師の全員を説得して、〈灰色森〉の捜索に協力させる羽目になった。


 朝になったので、ヨハンは冒険者ギルドに念話で状況を報告した。

「ギルドからの返信だ」

 顔が土気色になったヨハンが紙をアルバルドに渡した。それを見たアルバルドは、探るような視線をヨハンに返した。

「アンタがギルド長に入れ知恵したのか?」

「そんなことはしていない。送信内容を確認するか?」

 ヨハンは手元にあったもう一枚の紙をアルバルドに渡そうとしたが、アルバルドは断った。

「いや、いい。疑ってすまなかった」

「ギルドからは何と言ってきたんですか」

 他のメンバーを代表するかのように、エーベルトが訊いた。

「〈不死蝶〉のメンバーが見つかった場合、〈不死蝶〉には村長のことは知らせずに、ハーヴェーンに連れ戻す。事情の説明はギルド長がするそうだ」

「なぜギルド長がわざわざそんなことを?」

 メンバーのほとんどは察しているようだが、わかっていない様子のヴァレオが訊いた。

「ギルド長は余計なトラブルを起こしたくないんだろう。もし〈不死蝶〉の連中が知ったら、村長に報復しようとするだろう。ピリピリした衛兵が1個小隊もいる場所で暴力沙汰なんぞ起こしたら、俺たち冒険者の評判が落ちてしまう。ギルド長はギルドと冒険者全員の利益を考えなきゃならない立場だからな」

「……なんか納得できねえ」

 ヴァレオの言葉にある程度の共感は覚えても、それ以上はどうしようもない。

「まずは〈不死蝶〉を見つける。見つけた後の心配を今するのは無駄だ」

 アルバルドはそう言うと、ヨハンを除くメンバーを率いて捜索に向かった。


〈不死蝶〉のメンバーが救出されたのは、その日の日没間際だった。彼らは森の中で迷っただけで、魔獣に襲われたわけではなかった。むやみに移動するのを早めにやめて、救助を待つ方針に切り替えたおかげで、全員が大怪我もなく無事に救助された。救助された翌日には、〈灰色森〉と一緒にハーヴェーンに帰還した。


〈灰色森〉の依頼終了報告は帰還の翌日になった。そのためにギルド本部に来たのはアルバルドとヨハンの二人だけだった。二人とも普段着姿だった。

 カウンターで報告の書類を書き上げたアルバルトは、席をヨハンに譲るとき声をかけた。

「ヨハンさん、今回は世話になったな」

「こちらこそ。これで金に昇格できるといいな」

「気づいていたのか」

「実は参加する前に、参加を要請される可能性も考えて、〈灰色森〉の実績を調べさせてもらったんだ」

 ヨハンは〈灰色森〉の実績を調べたとき、次の審査で金等級に昇格するには実績が少し足りないと気づいた。この捜索依頼を引き受けたのは、昇格のための実績づくりなのだろうと推測していた。

「もう一件ぐらいギルドの依頼を引き受ければ確実なんだが……そうそう都合よく依頼があるわけもないな。そうだ、ひとつ言っておくことがあった」

「何かな?」

「俺のリーダーとしてのモットーは信賞必罰だ。それじゃあな。また縁があったらよろしく頼む」

 アルバルドそう言い残すと立ち去った。ヨハンはその発言の意図がわからないまま、空いたカウンターに着いた。そこには五号書式が残されていた。その内容を確認すると、報酬の金額はヨハンが考えていた金額の四倍になっていた。

 あの発言の意味はこれかと納得したヨハンは、気持ちよく五号書式に署名した。

 だがヨハンの機嫌は長続きしなかった。受付にいたオルターがヨハンに思いがけないことを告げた。

「ヨハンさん、〈蒼穹谷〉が解散届を出しました」

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