第7話 聖王都での再会、そして恋

 あの日から――俺の心は変わった。

 

 凍てついた心は、ただ君をうしなう未来を変える、

 そのためだけに、幾つもの可能性、

 そのためだけに、幾つもの世界線を渡った――


 介入するべき時代の分岐点は――『三つ』

 その全てを覆し、

 俺はもう一度、君の笑顔を――



      ⚫︎



「まぁ、では、カイルは、騎士王ローラン様の息子でしたのね」


 ガタゴトと、車輪は廻る。風靡なる景色は鮮やかに後方へと過ぎ去っていく。白い麻布が覆い被さった馬車の中で、アルルカイル、エマ、マリィ、そしてクマムゥは、聖王都までの旅路の合間に、戯れに興じていた。

 馬車の内部からでも外の景色を堪能出来るように、内部の両端に取り付けられた細長い木の椅子から見える程の位置で、白い麻布は切り抜かれていた。


「まぁな。けど、俺が赤ん坊の頃に、じぃちゃんに預けられてからは、ずっとじぃちゃんと二人で山奥で暮らしてたけどな」


 クマムゥは、マリィの膝の上でマリィの両腿を両手で交互に叩く。かと思いきや、顔が痒いのだろうか、両手を使って顔を洗う仕草に没頭する。はたから見てもクマムゥは、不思議溢れる生物だった。

 そんなクマムゥをマリィは愛おしむ瞳で見遣る。マリィの純白のドレスは、ルインの塔からの落下の衝撃で、あちこちの糸はほつれ、そして破れていた。心境の変化なのか、彼女は両後頭部で柔く結っていた髪ゴムも解き、今、彼女の金糸の髪型は、ポニーテールになっている。


(…………噂通りなら、その『お爺様』と言うのが……恐らくは、偉大なる魔導師マーリン様………………けれど、マーリン様は何故、『悪魔大戦』が終結してからも……アルルカイルコイツ騎士王ローラン様の元へと、返さなかったのかしら……………………?)


 窓から見える外の景色に触れながら、戯れる三人を尻目に、一人、考え事に耽るエマ。

 アルルカイルは、白い麻布から覗く聖王国街道の景色をぼう、と眺める。聖王都デュリンダリアが近づいてきたのか、先刻までの一面の草原とは一転し、葡萄畑を耕す白頭巾の女性の姿が、ちらほらとそこかしこに見てとれた。

 

「ふわ〜〜……風が気持ちいいなぁ〜〜…………」

「ふふ、そうですわね」

「クマ!クマね!マリィのこと、すきだよ!」

「あら、私もクマムゥの事が好きですわ」


 四者四様の模様。

 馬車内は、会話が途切れる事はない。


(……そうね。恐らくは…………『悪魔大戦』の最終決戦で騎士王ローランが、ヴェルドン渓谷の谷底に落としてしまった聖剣キングダムソードを、アルルカイルコイツに託すのが目的……だった…………?と、いう事は…………私を組織の元から解放させてくれたあの御仁は、あの後……大魔導師マーリン様に、会ったのかしら…………?)


 三人の輪に入らずひたすらぼうと考え事に耽るエマ。マリィは膝元のクマムゥを一旦アルルカイルの膝に預けると、そんなエマにちょっかいをかける為、すくと立ち上がり、彼女らの反対側の椅子に腰掛けるエマの隣に座った。


「きゃ……ち、ちょっと、何……マリィ?」

「うふふ……エマさん、いつ見ても綺麗な赤髪ですわよね……素敵ですわ」


 言ってマリィは、エマの肩口から腰付近まで伸びる長い赤髪を掬うと、サラサラと掌から溢してみせる。

 動揺するエマの紅瞳へと顔を近づけるマリィ。彼女マリィの熱情的な吐息が、女騎士エマのおもてにかかる。女騎士はそんな彼女の突然の仕草に頬を紅潮させると、マリィの両肩を軽く掴んで、自らの身から離した。


「も、もう……マリィ、揶揄うのはよして」

「有名なカットサロンなのかしら?騎士の貴女がよりにもよって赤髪に染めるなんて……騎士王様をも恐れない行為ですのね……羨ましいですわ…………私も、伸びてきたこの長い金髪を、少し整えて頂きたいものですわ」


 マリィは、自身の金糸に揺れる長髪を重たそうに持ち上げる。

 そんな淑女二人のやり取りを、黒髪の少年アルルカイルは、どぎまぎしながら目の端に入れていた。

 振動する馬車内。他愛無い話しで空気を弾ませていると、車輪の廻る間隔はゆっくりと緩慢になり、そして……徐々に馬車の速度も、落ちていく。


「…………皆様、聖王都デュリンダリアが見えてまいりました」


 馬車の御者を務める執事クロヴィスの声が、白い麻布越しに四人の耳朶じだに届く。

 聖王都デュリンダリア。

 聖王国デウス・エクス・マキナスの中でも、最大を誇る大都市であり、そして、聖王国の騎士王である男……ローランの住まう王城がある、聖王国デウス・エクス・マキナスの王都でもある。


(――待ってろよ、騎士王オヤジ…………!!俺が、騎士王オヤジを超えてやる…………そして、この国の騎士王に、なってやる――――――!)


 黒髪の少年アルルカイルは、一層の気合いを心の芯に宿す。

 目指すは騎士王のいる王城。

 御前試合を挑む相手は、この国最強の男――騎士王ローラン。

 勝ち目なき戦いに、アルルカイルは挑む。



      ⚫︎



 聖王国聖騎士団教会。聖王都デュリンダリア城下三番街に居を構える、聖王国聖騎士団の本部。

 事務室で書類整理に追われる聖騎士団第三位の女性騎士リナに、非番勤務の騎士ダニエルは、事務仕事の手伝いを申し出た。


「……ここと、ここ、この文字書き写して、後、こっちの紙類は全部シュレッダー、こっちは向こうに纏めておいて」

「……これは大変だ。君はいつも一人で、この量を片付けてるのか、リナ」

「……いつもじゃないわ。今日はたまたま他の同僚が臨時任務だったりね…………で、わざわざ休暇を返上して、どういう風の吹き回し?」


 少しばかりイライラした口調で、リナは事務机に山の様に盛られた書類を、一つづつ雑に処理していく。ダニエルは、リナの顔色が半分程窺える反対側の事務机に座る。机の上に山盛りになった書類の束。ダニエルはリナに言われた通り、粛々と書類を整理していく。


「いやぁ、仕事が終われば、君とランチだ。せっかくの休暇だし、リナとの距離を縮めたくてね」

「へぇ、貴方って暇人ね。私なんかよりも、他の女の子を狙った方が、少しは楽しいわよ」


 それきり、しばしの沈黙。

 カチカチと、壁掛け時計の音だけが、事務室を占領する。

 

「……そうだな、俺は他より、気の強い女が好みなのさ。丁度、今の君みたいな」

「へぇ、そう、そうなんだ」

「ああ。君はとても魅力的なのさ、リナ」

「…………フン。分かったから、手を動かしなさい。お腹も空いたし、とっとと終わらせるわよ。あ、勿論奢ってくれるんでしょうね?」

「おいおい、給料前にたかるのか?全く…………」


 ダニエルを前にしたリナは、いつもこの調子だった。

 ダニエルは、そんなリナの調子を上から見下ろし、ふと笑みを溢すと、リナとの食事を前に、着々と仕事をこなすのだった。



      ⚫︎



「うおー!はは、ここが!聖王都デュリンダリアかぁー!」


 聖王都デュリンダリア。その城下街。馬車でデュリンダリアへと辿り着いた一行は、城下一番街の門前へと降り立った。黙々と警護に精を出す騎士の奥、門前から見て取れる人々の活気は、聖王国一の大都市の名に恥じないものであった。


「……はぁ、あんまりはしゃがないでくれる?田舎者丸出しだから」

「あら、心のおもむくままに声を上げることは、そんなに悪い事じゃありませんわ?」

「……悪い、とか……ね、そう言う事は言ってないわ……全く、マリィがいると、なんだか調子が狂うわね……」

「クマ!」

「…………お待たせいたしました、皆様」


 馬車停留所へ馬車を預け終えたクロヴィスが、額から汗を掻きながら、手持ち無沙汰だった四人の前に現れる。


「…………申し訳ありません。馬車停留の停車券を受け取るのに、30分もかかってしまいました」

「構わないわ。さ、じゃあ行きましょ、検問所へ」


 執事クロヴィスの謝意もそこそこに、赤髪の女騎士エマはすたすたと歩き出す。


「検問所?ってなんだ?」

 

 検問所という聞き慣れない言葉ワード

 エマの先導に、黒髪の少年は首を傾げる。


「……聖王都ってくらいだから、沢山の人が、外から訪れるわ。中には悪人も……ね。だから、聖王国聖騎士団の騎士は、検問所で、どう言う目的で聖王都を訪れるのか、検問するの……この都市を訪れたのは観光ですか?それとも商売ですか?…………みたいな……ね」


 エマが提示したその問いに答えるのならば、アルルカイル達の聖王都への入都理由は、『観光』で間違いないだろう。

 

 アルルカイル一行は、先頭に立つエマに連れられ、門前の脇に建てられた検問所の人の群れ、蟻の様に列を作るその最後尾に意気揚々と並んだ。



      ⚫︎



「聖王都デュリンダリアへようこそ、移住ですか?観光ですか?それとも、商売ですか?」


 聖王国聖騎士団第三位の少年騎士エリオットは、目の前の家族連れの為に簡単な書類を作成し、問題が無いと判断すると、観光に訪れたその家族連れを聖王都デュリンダリアへと入都させる。


「……はい、大丈夫です。こちらからお通りください。ようこそ、聖王都デュリンダリアへ」


 彼は一段落ついた後、テーブルの上に置かれたインスタントのミルク入り珈琲コーヒーに手を掛け、ほぅと短く息を吐いた。


(疲れた……全く、肩が凝るな…………)


 彼は右肩に手を置くと、こりこりと凝りをほぐす。騎士エリオットは先日、魔導都市の領主が残した財宝を聖なる泉の沸く森奥の洞窟から持ち帰る任務を達成すると、同じく任務に同行した同郷の少年騎士ダニエルと共に晴れて第三位のくらいに昇格し、聖剣の帯剣を許された。しかし、その聖剣を披露する任務は下されず、ここ数日の間、エリオットは毎日、検問所の事務仕事に追われていた。


「次の方、どうぞ」


 検問所の任務は、聖王都デュリンダリアの事務仕事の中でも、あまりやりたがる騎士が現れない。同じ質問に、同じ書類作成を繰り返す単調な任務。カーテン越しに仕切られた外から検問に訪れる人の列は、昼の休憩時間まで絶える事はない。


「聖王都デュリンダリアへようこそ。移住ですか?観光ですか?それとも、商売ですか?」


 家族連れを通した後、カーテン越しに現れたのは、白髭を蓄えた中年の肥満体質の男だった。

 

「……ええ、それは、商売で御座います。この蚕の糸で出来た練衣、素晴らしい出来だとは思いませんか?どうです、貴方もお一つ」


 肥満体質の商人は商魂逞しい笑顔をエリオットへ向けると、発火しそうな手揉みで自らの商売品を騎士エリオットへと勧める。エリオットはうんざりする気持ちを必死に堪えて、愛想笑いで応対しながら、その肥満体質の商人への書類を作成する。

 

「……はは、結構です。こちらの出口から……ようこそ、聖王都デュリンダリアへ」


 王都民や観光客ではなく騎士であるエリオットにさえ商売を仕掛ける商人に半ば呆れ返るエリオット。彼は商売人を聖王都一番街へと通した。


(そういえば……あれから二週間近く……か、アルルカイルの奴、今頃どうしてるかな…………?)


「次の方、どうぞ」


 時刻は午前11時53分。彼の心身的な疲労感は、昼休憩を前にピークに達していた。

 

「…………あ、あれ?……お前ってば、エリオットじゃねーか」


 書類に目端を落とし魔導筆でさらさらと事前に書類作成を始めながら薄いカーテンの外へと入室を促したエリオット。耳朶じだに響くその声に思わず顔を上げる。

 そこにいたのは――


「……カイル……きみ、カイルじゃないか!……そうか、やっと王都ここへ辿り着いたのか!」


 そこにいたのは、つい二週間前に知り合ったばかりの、友人とも呼べる、親近感のある笑顔が特徴の少年だった。

 

「……はは、まぁな!だいぶ時間掛かったけどよ、久しぶりだな、あれから変わりないか?」


 彼にとっての友人と呼べるその黒髪の少年は、二週間前の初対面の時と、程変わらない口調だった。



      ⚫︎



 リーンゴーンと、神聖な響きの鐘の音が、蒼穹の空そらに響き渡る。

 そんな蒼穹の蒼空を悠々と滑空する、光り輝く耀光鳥フェリアス・バード

 

 0時から決まって3時間置きに訪れるそれは、惑星フェリアスせかいの見る夢――『耀光燐音夢世界フォースフレセンス』…………

 時刻は、正午を迎える。



      ⚫︎

 

 

 正午過ぎ。検閲所での検問の任務は、昼休憩を迎える。

 エリオットは水道台の敷かれた休憩室でパイプ椅子に座り、手製の弁当にありついていた。それは毎朝早く起きてから騎士寮の共同キッチンで作った、手作り弁当であった。一人黙々とそぼろご飯と格闘しながら、彼は先刻、時空魔導石で教会本部へと、こちらへ交代の要請を連絡した同期の騎士の到着を待った。


「…………うん、今日の野菜炒めは良い加減だな。塩だれが絶妙……卵焼きも、甘くて美味しい……」


 エリオットはぷりぷりと黄色く揺れる卵焼きを箸で口に運んだ。口にはこびながら彼は、ふと過去を思い返す。陸橋工事の辛い任務中、ダニエルと些細な価値観の相違で大喧嘩した日の事を。彼は次の日の朝も、自分の分とダニエルの分の弁当を作った。昼、ダニエルが弁当の蓋を開けると、中には白米も野菜もなく、入っていたのは五百ドラ硬貨のみ。エリオットは、ダニエルと一言も口を聞かず、一日の任務を終え、夕方、任務を終えた後、騎士寮に戻ったエリオットが寮で彼から返却された弁当箱の蓋を開けると、中には『すまん』と、掠れた文字の書かれた紙が入っていた。


「ぶふ…………あれ以来、弁当を作る約束の日には、やたらと優しくなったんだよな……ダニエルのヤツ………………くくく」


 そんな微笑ましいエピソードを回想しつつ、エリオットはもぐもぐと手製の弁当を空にしようと箸を突く。

 エリオットの任務は、本来なら今日の午後も続く予定だった。しかし、親友アルルカイルと再会し、彼に聖王都を案内して欲しいと頼まれた為、彼に同行する代わりに、この検問の任務を引き受けてくれる騎士を連絡し、探したのだった。


「よお、エリオット」

「あ……やあハルト…………すまない、急に呼び出して」


 一人黙々と手製弁当と格闘していたエリオット。

 水道台とパイプ椅子と長机の狭い休憩室に現れたのは、エリオットの同期である若い少年騎士だった。

 

「全然いいぜ。身体なまっててよぉ、どうせ非番でアブローラー相手に筋トレしてただけだからな、ま、今度飯奢れよ?」


 少年騎士ハルトはからからとエリオットを笑い飛ばすと、彼の肩をばしりと叩く。そして、エリオットが座る長机の反対側に置かれていたパイプ椅子に、おもむろに腰掛けた。文句ひとつなくこころよく、午後からの任務の交代を引き受けてくれたハルトに、エリオットは申し訳ない気持ちで一杯だった。

 

「分かった……埋め合わせは必ず、急な呼び出しに応えてくれて、感謝するよ」

「いいって!仕方ねぇだろ、友だちに城下街案内するってんならよ…………ほら、食い終わったんなら、とっとと行け行け!友だち、待たせてるんだろ?」

「…………ああ、週末、牛丼でいいかい?」

「……へっ、メガ盛りな!」



       ⚫︎



「……おせぇな、エリオットの奴……」


 聖王都デュリンダリア。城下一番街。検閲の任務をこなしていた少年騎士エリオットによって、検問を終えたアルルカイル一行は、門前先、一番街入り口の大通りで、そんな少年騎士かれを待ちぼうけしていた。午後の始まりと共に、人々の喧騒が大通りに響く。大通りに面した露天商では林檎や蜜柑、檸檬といった果物が、複数の階層建の建物の入り口では、貴金属や、土産物である日持ちのいい食品などが、所狭しと販売されていた。


「やあ、待たせてすまない、カイル」

「あ、エリオット!……ホントにまったぞー」


 エリオットの声に、アルルカイル一同は彼を囲む。

 初対面の時はエマと二人だけだったアルルカイルの仲間は、今や五人となる。


「アルルカイル、ちょっと…………」

「…………へ?なんだよ」

 

 エリオットはアルルカイルの仲間かれらを一瞥すると、軽く咳払いし、頬を赤くして彼は、黒髪の少年アルルカイルを、自らの口許にまで手招きする。


「……君、しばらく見ないうちに、また、女の子と知り合いになったのかい?」

「ああ、まぁ……知り合いっつーか、仲間だけど」

「そう……か、カイル、君って、モテるんだな……」

「は?モテる?」

「両手に花じゃないか……全く、羨ましいよ」

「???」


 今のアルルカイルには、眉間に皺を寄せたエリオットの嫉妬心を理解する事は出来なかった。少年騎士エリオットは、疑問符を浮かべるアルルカイルに咳払いをすると、何事もなかったかの様に、彼と共に一行の輪へと帰還する。


「……で、これからどうするのよ、エリオット?」


 赤髪の女騎士エマは、苛立たし気に、エリオットへと詰め寄る。

 マリィはクマムゥを抱きしめながら、初対面の相手エリオットに気後れしている様子だった。


「……あ、えと、初めまして、ですね。僕はエリオット。聖王国聖騎士団第三位の騎士です。ええと、貴女は…………」

「……マリィと言いますわ。こちらは、クマムゥ」

「クマ!」


 クマムゥはマリィの両腕からひょいと抜け出すと、石畳の地でふらふらと一人でに踊る。


(不思議だ……くまのぬいぐるみが、一人でに踊ってる……)


 くまのぬいぐるみクマムゥの所行に不思議がるエリオット。

 対してマリィは、初対面の男子に緊張した面持ちでいた。

 

「マリィさん……宜しく、アルルカイルとは任務の途中で知り合いました。それにしても……随分と格好が汚れていますけど、大変な冒険をしてきたのですか?」

「いえ……それは、その…………」

 

 マリィは唇を噛み締めると、あちこちが破れ解れた洋服ドレスの裾をぎゅっと握りしめる。

 一行を見かけた人々も、皆一様にマリィを見、口々に噂する。

 高級なドレスを破き、平然と歩くマリィの感性を疑っているのだろうか――?


「……はぁ、エリオット、私、武器屋が見たいんだけれど」


 女騎士エマは苛立たし気に、エリオットへと、時間の催促をする。

 

「武器……って、買い替えるのか、聖剣を?」

「違うわよ、ウィンドウショッピング」

「ウィンドウショッピング?ってなんだ?」

「簡単に言えば、見るだけよ……まぁ、気に入った物があれば、買ったりもするけれどね」


(ウィンドウショッピングか…………へぇ)

 

 アルルカイルは、エマの取る大胆な行動に驚きを隠せなかった。対してエマは特に顔色を変えず、眉間の間に人差し指と中指を置き、トントンと叩く。

 そんなエマの態度に、エリオットはを正した。


「武器屋……か。それなら、この先の五番街に『オリハルコン』という名店がある。聖剣も騎士鎧も最新の物が売ってるよ。……僕の聖剣も、そこで調達したんだ」

「…………そう、わかった。ありがと、行ってみるわ」


 エマはそう短く彼へと礼を告げると、踵を返して、立ち話を続けていたアルルカイル一行へと、その赤髪の背を向ける。


「え、待てよ……一人で行っちまうのか?」


 黒髪の少年は、エマの態度に、またしても拍子を抜かす。

 飄々と自身を呼び止めるアルルカイルの調子の良い態度に、苛立ったエマは、つんけんした調子で首を回し、目線を返した。

 

「……全員でぞろぞろ歩き回ったって仕方がないでしょ、私は一人で、ゆっくりと聖剣を見て回りたいの」

「そ、そっか…………まぁ、別にエマがそうしたいなら、いいけどな」

「……ええ、勝手にさせて貰うわ」

「――あ、そうそう、夕方になったら、三番街の聖王国聖騎士団教会を訪れてくれ。僕達もそこに向かうから、そこで落ち合おう」


 少年騎士エリオットの言葉に、今度こそ赤髪の女騎士エマはひらひらと背中越しに掌を振ると、足取りを五番街方向へと向け、人の往来が激しい賑やかな雑踏の中へと消えていった――


「はぁ……ったくよー、アイツってば、仲間意識低いぜ」

「ふ、そうかな?」


 アルルカイルは、一人あっさりと雑踏へと消えていったエマに悪態を吐く。エリオットはアルルカイルの隣に立つと、そんな彼の態度を見て、幾分か微笑ましい気持ちになった。

 

「エリオットさん……」

「?どうしました、マリィさん?」

「クマ!どうしたの、マリィ?」


 顔を曇らせ、暗澹とした調子のマリィ。石畳の大通りで、未だ一人無邪気に踊り続けていたクマムゥを、彼女はひょいと抱き上げる。


(…………私、このままじゃ――)


 おずおずと、彼女は自らの願いを、その舌に乗せた。


「私……身支度を整えたいんですの。この服は見ての通りボロボロですし…………このままでは、私の身分が知れてしまう…………エリオットさん…………その、どこか……都合のいいお店がある場所を、知りませんか?」


(身分…………?確かに、佇まいは……姫を思わせるけれど………………)

 

 エリオットは、姫君マリィに関心を寄せていた。一人でに喋る謎のくまのぬいぐるみ。そして、高貴なる淑女と呼ぶに相応しい佇まい。しかして興味はあったが、未だ初対面の身で、そんな不躾な質問は憚られた。


「…………そうですね。それだったら、この一番街の奥にあるシルクストリートという大通りがいいじゃないかと。カットサロンも、女性物限定のアパレルショップも、雑貨屋も料理屋もあるし、特に若者に人気のストリートだよ」


 シルクストリート――一番街を象徴する通りであり、聖王都に暮らす若者、特に女性に人気の大通りである。露天では食べ歩きできるケバブやタピオカミルクティが販売され、大通りストリートを賑わせている。


(若者に、人気…………?そうですわね……ちょっと気後れしてしまうけれど……でも……それなら、カイルと二人でデート出来るのではないのかしら………………?)

 

 マリィの表情は先程とは一転、生き生きと朱紅の唇を艶めかせる。片手でクマムゥを抱きながら彼女は、もう片方の手を伸ばすと、手ぶらにさせた黒髪の少年アルルカイルの右手を、しかと握った。


「え?えと、その…………マリィ?」

「…………その、それでしたら、カイルは私と一緒に、ストリートに着いてきてくださいますか?」

「え?俺?……だってよー、服買うなら、俺が一緒に行ってもしょうがねぇんじゃねぇか?」


 頬を紅潮させて眉尻を下げるマリィ。黒髪の少年の肯定とも否定とも付かない態度を見ると、マリィは困った様子で目尻を潤ませる。

 

「……そんな……、嫌ですの?」

「え?い、嫌じゃ、ねぇ……けど…………」


 上目遣いで黒髪の少年アルルカイルを見上げるマリィ。彼女のいじらしくも蠱惑的な仕草に、彼の心臓は思わずどきりと高鳴る。


(マ、マリィ…………!……そうだった、俺がマリィの剣になるって誓ったんだ…………だから、俺が、守ってやらなきゃな…………………………!)


「…………分かった、いいぞ。着いてく。……何処へでも好きに、連れ回してくれよ」


 黒髪の少年アルルカイルの、その親愛なる言葉に、姫君マリィは、初めて泳ぎを覚えた時の様に新鮮な気持ちで、心を弾ませる。

 

「……カイル、ありがとうございますわ。ふふ、午後の予定は、決まりですわね」

「お、おう…………」

「……でしたらカイル、今からは、観光ではなく、私とのデートだと思ってくださいまし!……うふふ、さ、行きましょ?」


 マリィは、握った掌を恋人の様に絡めると、黒髪の少年アルルカイルの手を引いて歩き出す。マリィのその大胆な行動に、面食らう少年アルルカイル。彼は、自らの右手を引く耳朶みみたぶを赤く染めたマリィの後ろ姿に、その大胆な行動の真意を読み解く事が出来なかった。


「わっ、とと…………!お、おい、あんま引っ張んなってばさ!」

「――時は金なり、とよく言いますでしょう?カイルとのデート、一分一秒たりとも無駄には出来ませんから、うふふ!」


(カイル――私にとって、本当に信頼できる殿方なのかしら?)


 城下一番街の大通りを、奥へ……シルクストリートへと向けて、爛漫と歩き出した少年アルルカイル少女マリィ

 その二人の行動を、呆然と、目線で追いかける、少年騎士エリオット執事クロヴィス

 ……取り残された男二人。二人の男女カップルの背中を目端に追いかける彼らからは、一抹の虚しさを感じずにはいられない。


「……あの、カイルとマリィさんのお二人は、その…………そういったご関係で?」

わたくしにも、未だ良くは分かってはおりませんが、恐らくは……そうなのかと」


(くそぅ……!ホントに両手に花だった……!うらやましい、羨ましすぎるぞ、カイル…………!)


 エリオットは、始まった二人のデートを呆然と眺めながら、そう心で悪態を吐く事しか出来なかった――



      ⚫︎



 路地裏。

 暗色の冷たいアスファルトの中から、幸せそうにデートに連れ立ったアルルカイルとマリィを盗み見る視線。

 露天と複数階建ての建物の狭間で、聖王国と神聖皇国のシンボルを縦三本で引き裂いた形の紋様の黒仮面を被った男は、時空魔導の時空扉ワープゲートを使い、聖王都デュリンダリアへと降り立った。

 仲睦まじく歩く、アルルカイルとマリィを目端に入れた黒仮面の男。情動を掻き毟られ、両掌の爪で、仮面を覆う。すぐに視界はふらつき、足元は覚束なくなる。


(クク……ハハハ……ハハハハハハ………………!やっと……見つけた………………!!)


 黒仮面の男は、嬉々とした表情のマリィを、その読み取れない仮面の奥の目端に入れる。仮面の男の事など何も知らないマリィの横顔は、心臓が高鳴るのを抑えきれない様子で楽しそうに、横に並ぶ少年アルルカイルとの思い出を作ろうと、張り切っている。


(これで、終わる…………!ようやく、ようやく……だ……!)


 ――長き旅路の果てに黒仮面の男が目にした少女もの

 少女は、これから起こる哀しき運命など何も知らない、幼さの残るあどけない表情を、黒髪の少年へと、向けていたのだった――――

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