9. ワクチンと黄先生~猫たちの通院記~

 猫を飼うと決めたときから、避けては通れないイベント。

 それが予防接種&避妊・去勢手術。


 猫飼うって決めた瞬間から覚悟してたけど、やっぱり現実になるとビビるよね……。


 マーリンとアーサーも、まだ一歳前。そろそろワクチンの時期がやってきた。

 どうせなら、手術の相談もできるような、信頼できる先生を探したい!


 だって、アーサー女王と賢者マーリンを任せられる人じゃなきゃダメでしょ!

 ということで、私と同居人は、ネットを駆使して病院探し。

 レビュー、SNS、地域掲示板……調べまくって、ついに近所のコミュニティ内で「腕は確か」と評判の獣医さんを見つけた。


 ただし、予約は1ヶ月待ち。


「まあ、いい先生ってそういうもんだよね……」

「うん、我慢我慢。」


 そして、待ちに待った当日――


 ■ 初診! だけど……

「えっ、もう1時間経った……」

「まだ……呼ばれない……」


 病院の待合室で、私たちは完全にソファに沈んでいた。

 もう魂が抜けたみたいになってたよ。

 結局、呼ばれたのは予約時間の約3時間後。


「いや、さすがにこれは時間管理ひどくない……?」

「人気なのは分かるけど、これは……」

 待合室には、わんこがたくさん。猫は、私たちだけ? ってくらい、超少数派。

 暇すぎて、待合室のテレビで流れていた園芸番組を3話分観た。


『私、いつから園芸マスター目指してたっけ?』って自分に突っ込んだ。

(しかも意外と面白かった)


 ■ 謎の「マーユン」爆誕

 ようやく診察室へ。


 現れたのは、緑色の手術着を着た男性医師。

 穏やかな雰囲気だけど、どこかふわっとしている。


 なんか、この時点でちょっと不安が芽生えたんだけど……。

 この時はまだ知らなかった。

 この人がのちに「黄先生(コウせんせい)」と呼ばれることになるとは。


 まずはマーリンから診察。

 先生「マー……ユン?」


「え? マーユン……って、誰!?」

 アメリカンな発音で「マーリン(Merlin)」が「マーユン」に変換されてしまった瞬間である。


 いや、マーリンだよ! アメリカンすぎる発音に脳がバグったわ!

 まあいいや、とりあえずワクチンはすぐに完了。

 ちょっとした身体チェックだけで、特に問題なし。


 ■ そしてアーサーの番


 続いてアーサー。キャリーバッグから出した瞬間――

 先生「えっ!? こんなに大きいの?!」


 驚かれた。

 いや、アーサー女王の貫禄見せつけてるだけだから!って心の中でフォローした。

(まあ、たしかにマーリンよりふたまわりくらい大きいけど)


 先生:「この子たち、どうやって来たの?」

 私たち:「近所の野良猫の子で、たぶん同じママ猫の子です」

 先生:「え、でもどうして同じだと思うの?」

(いや、先生、猫の兄弟ってそんな感じあるあるなんですけど……?)

 私たち:「色は違うけど、模様はそっくりなんですよ」

 先生:「でもアーサーは、マーリンより1ヶ月は年上に見えるね」

 私たち:(……いや、たぶん、同じママ猫で受胎のタイミングがずれただけだと思います)

 先生:「へえ~、そうなんだぁ」

 なんか、軽い。いや、まあそういうこともあるよね。


 ■ そして第2回――待ち時間と混乱のループ

 数週間後、第2回目のワクチン。

 また2時間以上の待ち時間。


「え、今日って本当に予約入ってたよね……?」

「うん、合ってるはず……」


 この日はなぜかスイーツ番組が流れていて、気づけばケーキ作りのプロセスを延々と観ていた。

 ようやく診察室に呼ばれたとき――


 先生:「マーユンはアーサーより1ヶ月年上だね」

 私たち:「え、前回はアーサーが1ヶ月上って言ってましたけど……」

 先生:「……ん?(パソコンを見て)……あ、間違えた」


 その『あ、間違えた』が軽すぎて、逆に怖くなってきたよ……。


 そして、カチャカチャッとカルテを修正。

 先生、今カルテ適当に直したでしょ!? これで大丈夫なの!?


 私たち:(今、すごく……不安になった)


 その後、先生はこう続けた。

「マーユンは、3回目のワクチンは必要ないよ。次はアーサーだけ連れて来て」

 私たち:「……本当に、大丈夫?」


 いや、マーユンって誰だよ!って心の中で叫び続けてた。


 帰り道、私と同居人は顔を見合わせた。

「……もしかして、黄先生って犬派で猫は見習いレベルなんじゃ……?」


「うーん……うん。腕はあるけど、猫に関してはちょっと怪しい。」

 というわけで、私たちは彼のことをこう呼ぶことにした。


 緑色の手術着+記憶ミス+謎のマーユン=

 黄先生(コウせんせい)――いや、ちょっと頼りない感じの先生。


「腕は確からしいけど、猫に関しては黄信号って感じかな……?」

 これが、猫たちと私たちの、ちょっと不安な通院日記の始まりだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る