第4話 魔法使いフィオラ

 俺は、中央広場に再びやってきた。ヘルナによると、友達との待ち合わせは中央広場の噴水前とのことだった。


 友達の名前はフィオラと言い、ピンクがかった茶色の髪にピンクのベレー帽をよく被っていて、特徴的なのは自身の背丈ほどもある杖を持っているとのこと。


 見た目通りの少女は、すぐに見つけることができた。


 キョロキョロと、「安そうな様子でおそらくヘルナを待っているであろう少女に俺は近寄り声をかけた。


「君が——」

「今忙しいの! ナンパに付き合っている暇はないわ!」


 ……まだ何も言っていないのだが。


「おっそいわねぇ」


 フィオラは心配そうな声色で呟き、俺の存在などまるでなかったかのように再びキョロキョロしている。


 俺も何事もなかったように、とは言えないが、咳払いをしてからもう一度声をかけた。


「あの——」

「しつこいわねぇ、間に合ってるって言ってるでしょ!」


 まるで聴く耳を持たない様子のフィオラ。これでは話が進まない。


 ヘルナの友人というから、てっきり穏やかな人を勝手に想像していた。


 具合が悪いというのをおしてでも会いに行きたい人だから、聖人のような人だと勝手に思っていたが……。


 まぁ、今はヘルナが来ないことを不安がっているようだから仕方がないか。


 それに、ヘルナには何か惹かれるものをフィオラに感じたのかもしれない。人の思いは人それぞれだ。


 そのことをとやかく言うつもりはないが、俺はヘルナのことをフィオラに伝えないといけない。


 聞く耳をフィオラに持たせるには、話に食いつく餌を垂らすしかない。


「まずは、話を聞いてくれ。俺はヘルナの——」

「ヘルナがどうしたの!?」


 ものの見事に、一瞬で食いついた。


「ヘルナに何があったのよ!」


 真剣そうな表情を浮かべるフィオラ。


 ……というか、顔が近い。


 とりあえず、落ち着くように促してから切り出すことにする。


「君に会いに行こうとする途中で、ヘルナが倒れたんだよ。その場面に出くわして、家まで連れて行った」

「なんですって!?」

「だから、君に会うことはできない——というか、頼むから、揺さぶるのをやめてくれないか!」


 俺の肩に手を乗せながら、フィオラが興奮した様子で俺の肩を揺さぶってくる。


 フィオラが持っていた杖が地面で、カランカラン、と虚しく音を立てている。


 揺さぶられながらもフィオラの様子を見ると、その表情や声色には、心配しているような様子が伺える。


 友達が倒れたと聞いたら、無理もない。


 ひとしきり俺を揺さぶり落ち着いのか、フィオラは俺の肩から手を離し、地面に落ちた杖を拾ったまましゃがみ込んで、ため息をついた。


「そっか……あの子また」


 呟いた後で、フィオラがグッと杖を握りしめた。


「私が、もっと力のある魔法使いだったらなぁ」


 風貌を見るに、フィオラは魔法使いだと思っていた。


 魔法使いということは、あのいけすかない赤髪の男同様に薬を作ることができるわけで、ヘルナの病気を治すことができるのかもしれない。


 ただ、ヘルナの病気を治すにはドラゴンの素材が必要だと言うようなことを赤髪の男は言っていた。


 あのいけすかない男の話だから、本当のことがどうかわからない。


 ただ、もしもドラゴンの素材があってヘルナの病気を治すことができるのだとすれば、俺も力になれるかもしれない。


 ドラゴンは、三つの世界を巡って来た中で、幾度となく遭遇した相手だ。一人で倒したこともある。


 前の世界の魔王しかり。


 杖を支えにしゃがみ込んでいるフィオラの頭上から声をかけた。


「ドラゴンの素材があれば、どうにかできるのか?」


 不意の俺の言葉に顔をあげたフィオラの顔は、きょとんとしている様子だったが、間を置いて話を理解した様子で立ち上がり、頷いた。


「そっか、話を聞いたのね。そう、ヘルナの病気を治すには、薬草のほかに、ドラゴンの牙と舌が必要なの。でも、ドラゴンなんて王国の騎士団千人係で挑んで、どうにか追い払うことができるような存在なの。私なんかじゃどうにもできっこない!」


 苦しそうな様子で、地面を踏み締めるフィオラ。


 ドラゴンの牙と舌があれば、ヘルナの病気を治すことができるという情報はある。だが、その情報を生かしきることができない。歯痒い状況だろう。


 前の世界の魔王程度の力量であれば、俺一人でも倒せるかもしれないが、国の騎士団千人係で追い払うのがやっとと言われると、少し自信がない。


 俺が元々いた世界の騎士団長とその配下の騎士の活躍を思い浮かべる。


 千人を俺一人であしらうことは不可能ではないが、かなり手こずりそうだ。そう考えると、この世界のドラゴン自体もなかなかに強敵だと言える。


 ただ——と、フィオラの様子を見ると、どうにもできない自分への無力さからか、目尻には涙が滲み出ている。


 ……こんな状況を見せられて、何もしないでいることなんてできないな。


 とはいえ、この世界のドラゴンの居場所に心当たりなんてあるわけもない。倒しに行こうにも、敵の場所を知らなければどうにもならない。


 フィオラなら知っているだろう。友人のために、ドラゴンの素材があれば治せることを知っているくらいだから。


「因みに、そのドラゴンはこの街の近隣で出会えるところはあるのか?」

「街の南にブレンネン山の頂付近に出現するとされているわ。そもそもその山自体が——って、なんで準備体操なんてしているの? まさか、行こうとなんてしてないわよね!?」


 場所さえ分かれば、ちょっと見てくることぐらいはできるだろう。俺が何も返答しなかったからか、フィオラは叫ぶような声色で続けた。


「さっきも言ったでしょ。ドラゴンは王国の騎士団千人がかりでようやく追い払えるような存在なのよ。それに、上級冒険者だってブレンネン山は危険だからあまり近づこうとしないの。君も、見たところ冒険者のようだけど、一人で戦いに行くなんて無謀よ! 命を捨てるのと一緒だわ!」


 心配してもらえることが、今まであっただろうか。


 勇者だから当たり前に魔王と倒す存在だと認識されていたから、心配なんてほとんどされたことがない。


 心配してもらえることがこれだけ嬉しいことなんてな。


 ……より一層、やる気が出てきた。


 嬉しい気持ちを噛み締めつつ、フィオラに言った。


「……でも、ドラゴンの素材を手に入れることができれば、ヘルナを助けられるかもしれないんだろ?」


 俺の切り返しに、フィオラは返す言葉がない様子で、黙り込んだ。


 ドラゴンを倒せばヘルナの病気を治すことができる。だが、ドラゴンという危険な存在に立ち向かわなければならない。


 フィオラはこれまで大きなジレンマを抱えていたことだろう。


 それは、俺には想像もできない。


 だが、少しでも可能性があるのなら、俺はその手助けがしたい。


 出会って間もない人なんて関係ない。


 困っている人がいて、その手助けができるのなら俺は手伝いたい。


 今までだってそうしてきたし、これからもそれは揺らぐことはない。出会って間もない人間のことを心配できるような人を、俺は助けたい。


「話を聞く限り、ドラゴンは強そうだ。正直、倒せるか分からない。だけど、見て来ることくることくらいはできる。それに——」


 一呼吸置いた後で続ける。


「——何よりもフィオラやヘルナの力に俺はなりたい」


 準備体操を終え、山に向かおうとしたところでふと思う。


「ところで、ブレンネン山って、どうやって行けばいいんだ?」

「…………」


 フィオラに呆れ顔をされてしまった。


 全くもって格好がつかない。

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