勇者やめました 〜転移したら平和な世界でのんびり暮らします〜
赤松 勇輝
第一章 勇者と魔法使いとお嬢様
第1話 最後の戦い
剣に魔力を込める。
すると、込められた魔力に比例するかのように、剣からバチバチと青白い電撃が生じる。
雷の魔法。
俺は、他にも回復魔法や補助魔法など色々な魔法が使えるが、雷の魔法が俺の一番得意な魔法だ。
正面に苦しそうな表情を浮かべている、紫色の体をした十メートルはあろう巨大な四つ足のドラゴン——この世界の魔王は、俺の攻撃を迎撃するためか、鼻から息を吸った後に大きな口を開いた。
口の奥には、禍々しく赤く染まった炎が見える。
いくら、炎による攻撃を弱めてくれる防具を装備しているとはいえ、食らったら相当なダメージを受けること間違いない。
剣と同時に足にも魔力を込める。
炎を吐いてくるようだから、避けつつ攻撃をすることに方針を変えよう。
俺の攻撃を邪魔できるためか、魔王は大きく口を開けながらも口角がわずかに吊り上がる。
直後に魔王の口の奥が光ったかと思うと、ゴオッ、という禍々しい赤色の染まった炎のブレスが俺に迫ってくる。
だが、来るとわかっている攻撃をかわすことは造作もないわけで、足に込めた魔力を解放し、高速で——いや、光速で魔王の攻撃をかわし、背後に肉薄する。
炎が晴れても俺の姿がないことに気づいた魔王は、キョロキョロと首を動かしているが、お構いなしに剣に込めた魔力を解放する。
「これで終わりだ!」
剣を振ると同時に解放された魔力が、雷となり、それからドラゴンの顔に姿を変えた。魔王の体躯の倍以上あるドラゴンの顎は、振り向きざまの魔王にかぶりついた。
苦しそうに断末魔の悲鳴を上げる魔王は、雷の光と相まって激しく発光して、光が消えた時には青白い光となり、魔王の姿は跡形もなく消え去った。
虚空を剣で切り、汚れを吹き飛ばし、鞘にキンッと納刀する音が小気味良く静寂が訪れた魔王城に響き渡る。
俺は息を漏らし、その場に座り込んだ。
魔王を倒した。
これで世界は平和になる。
平和になった世界のことを噛み締めたいと思うが、そんな余裕はない。この後、天から女神イルディの声が聞こえてくるだろう。
わかりきった内容に、思わず嘆息してしまうが、彼女は気づいてないようだから仕方がない。
何せ、今回で三回目だから。
座りながら禍々しい雰囲気をも消え澄み渡った青空を見上げていると、空が薄い黄色に輝き出すと同時、女性の声が聞こえた。
……俺の本当の勝負はここからだ。
『ウィルさん、聴こえますか? イルディです。これから天界にお呼びしますね』
声がしたかと思うと、次の瞬間には俺は今までいた魔王と戦っていた城ではなく、水面が鏡のように波紋ひとつない、優しい白い光に包まれた空間に移動していた。
ここは天界だ。
淡く光り輝く様子は神聖な雰囲気を感じる。時折吹く風も心地よい。
とはいえ、見慣れてしまっている空間に、神聖な気持ちを感じることも薄れてしまっている。
初めてここに訪れたときは緊張したものだが、この空間に案内されたことは俺が元々いた世界で勇者として旅をする前のお告げの段階、それから旅の途中、今回のような魔王討伐後の移動もを含めるとすでに数十回は見ている。
初めていく街などに比べても、新鮮な感じはしない。
気づくと、視線の先に女神イルディがいることも今まで通りだ。水色の長い髪に、白いドレスのような服、特徴的なのは背中から生えている大きな翼だろう。
天界の女神であり、先ほど魔王を倒した世界の神様。
とはいえ、女神相手に座って話をするのもまずいだろうと思い立ち上がると、イルディは体の前で手を合わせて、俺に微笑みを向ける。
「魔王を見事討伐してくださったみたいですね。女神としてお礼を言わせていただきます」
ありがとうございます、とイルディはお辞儀をした。
イルディからお礼を言われるのも今回で三回目だが、お礼を言われるのは嫌な気はしない。
今までの世界の人たちは、勇者だから魔王を討伐するのは当たり前と、感謝されることなどあまりなかった。
それだけ、気持ちも疲弊していたのだろうとは思うが。
「……まぁ、仮にも勇者だからな」
気恥ずかしい気持ちを隠すために、頭の後ろをさすりながら伝えた。
俺の言葉を受けたイルディは顔を上げると、笑みをたたえたままパンッと手を合わせた。
「さすがは、勇者適正が卓越しているウィルさんです! 金髪碧眼の勇者様なんて、格好いい要素しかありませんわ!」
勇者適正とは、まぁ文字通り勇者としての適性があるかどうか、という指標なのだという。それが、イルディによると俺はかなり高いとのこと。
だからこそ、イルディにお願いされ、三回も魔王を討伐してきた。
とはいえ、イルディの中では、今回が初めて魔王を倒したことになっている。
俺の記憶を消した上で、別の世界の魔王を倒すようにお願いしてくるのだが、どういうわけか俺の記憶は消えていない。
前回、前々回の世界のことや、今まで覚えてきた剣術、魔法について全て覚えている——イルディとのやりとりも含め全て。
そのことを知っているのか知らないのかは定かではないが、イルディは笑みをたたえて俺を見ている。
イルディの合わせた手は光り輝いている様子を見るに、記憶を消す魔法を使おうとしているのだろう。
……ここが勝負だ。
「ではウィルさん——」
笑みを讃えて告げるイルディの言葉を、俺は深呼吸をして遮る。
「悪いな。もう三回目も魔王を倒したんだ、勇者ならもうやらないぞ」
俺の切り返しに、えっ、と驚愕といった表情を浮かべるイルディ。この表情を見るに、俺の記憶が消えていないことに気づいていなかったようだ。
本当に気づいていなかったのだろうか?
前回、今回と旅に出てすぐさま、わかりやすいように高ランクの魔法などを連発して魔物を倒していたんだけどな。
もしかすると、あまり細かく世界の様子を見ていなかったのではないか?
俺の気持ちが表情に現れていたのか、イルディは慌てたような様子で、俺から視線を逸らした。
……後ろめたいことがあるようにしか見えなくなってくる。神の威厳はどこへやらだ。
まぁ、そんな様子を見せられても、俺の決心は揺らぐことはない。
魔王の侵略により、悲惨な世の中を三回も見てきた。その中で、俺はできる限りのことをしてきたつもりだ。
だが、街の人から浴びせられた、勇者だから魔王を倒すのは当たり前だとか、もっと早く勇者が来ていればこんなことにならなかったのに、などという言葉は精神的にかなりつらかった。
もちろん、すべての人がそう言うことを言ってきたわけではない。お礼を言われることもあった。
魔王の影響で心も荒んでしまっていたこともあるだろう。だが、気持ちとしてそのようなことを言われるのは辛いものがある。
だから、たまには今までのような悲惨な状況ではない世界で、落ち着いた生活を送ってみたいという気持ちが募った。
指をくるくるとしてどうしようかと考えているのか、イルディが喋り出さないので、俺が口火を切ることにする。
「もう分かっているかも知れないが、俺にはイルディに消されたはずの過去にも別の世界で勇者をやってきた記憶が、どういうわけか残っている。三回も世界を救ってきた記憶が」
三回も、ということを強調するとイルディは頬をかいてそっぽを向いた。
魔王討伐後の話の中で、不意にイルディが光り輝く手を額にを当ててくることがあった。
最初は何をしているのだろうと思ったが、その後の発言が俺が初めて勇者として世界を救いにいくような発言になっていたし、何より「初めまして、ウィルさん」などということから、記憶を消しているのだろうことに思い至った。
三回までは黙って騙されたと思ってやることにした。イルディの顔を見るに、困っているのは確かな様子だったから。
だが、四回目はしっかりと伝えようと決めていた。
……これが、魔王討伐後の俺の本当の戦いだ。
そっぽを向くイルディに俺は続ける。
「別に人助けが嫌いというわけじゃない。ただ——そのさ、たまには落ち着いて過ごしたいんだ。魔王がいて不安な世の中じゃなくて、魔王がいない平穏で優しい世界で」
人助けが嫌なことは決してない。
これは本心だ。
だからこそ、騙されていたとはいえ三回も勇者として、魔王の討伐をイルディから受けていた。
だけど、できることなら今度は落ち着いて過ごしたい。落ち着いた中で、人と人の落ち着いた関わりの中で、俺にできることがあるならやってみたい。
ジッとイルディを見つめていると、やがて目が合うや、ため息をついた。
「……そうですか、バレていましたか。さすがは勇者適正最強のウィルさんですね。女神の記憶操作すら凌駕する魔法耐性には驚くばかりです——」
肩をすくめるような仕草をする、イルディ。
どうやら、俺が元々いた世界での魔王討伐の戦いの中で、魔法に対するの耐性がついていたようだ。
そういえば、魔物からの魔法などの攻撃もあまり効かなかったように思う。
……なるほどな。
一人で得心していると、イルディが続けた。
「——ですが、他ならぬウィルさんの頼みとあれば聴かないわけにはいきませんね。私が楽——い、いえ、色々な世界の管理を管轄しているので、ウィルさんがいると助かったのですが、頼りすぎるのも悪いですものね」
途中で、楽をしたかったとか言おうとしていなかったか?
イルディを見る目に力がついこもってしまうと、慌てて否定した様子で大変だということを主張してきた。
「……ちょっと待て、イルディが楽をしたくて、俺に三回も魔王討伐をさせたのか? 結果としては消えてないが、記憶を消してまで」
確認の意味を込めて聴いてみると、イルディは首が取れそうな勢いで首を振った。
「違います。断じて! 確かに、私が管轄する世界の量は多いんです。だから、勇者適正のあるウィルさんに……少しばかり甘えてしまいまして。あぁ、ウィルさん! そんな顔で見ないでくださいよ!」
どうやら、俺の使い勝手が良かったようだな。まぁ、分かっていながらやっていた俺も、イルディを乗せてしまった責任があるだろう。
これはまぁ、お互い様だな。
だからこそ、四回目はしっかり伝えようと思っていた。
咳払いをして、慌てている様子のイルディに再度伝えた。
「いや、このことに関しては俺にも責任があるからこれ以上とやかく言わない。だから、今度は俺を魔王のいない、平穏で優しい世界に行かせてくれないか?」
いたずらに冷かしたことは謝りつつ、イルディに伝えると、安心した様子で胸に手を当てた。
イルディは頷き、俺に笑みを向ける。
「分かりました。ウィルさんにはお世話になりました。私の管轄する、穏やかな世界にお連れしますね」
そうと言った後で、イルディは少し間を開けて続ける。
「ただ、もしもでよければ、いつかまた、魔王討伐の手伝いをしていただけませんか?」
手を合わせて、懇願する様子のイルディ。
再三言うが、人助けが嫌いなわけじゃない。勇者として魔王を討伐することだって。
だけど、三回も魔王を討伐する中で、悲惨な世界を見て色々と疲れた。今は、気持ちを休めたい。
だから、こうイルディに切り返した。
「今回ゆっくり休んだら、まぁ、考えてみるよ」
「……ありがとうございます」
では、とイルディは指を鳴らすと、俺の目の前にリュックサックが出現した。パンパンに見えるあたり、中身も入っているようだ。
「旅立つウィルさんへの餞別です。これからお連れする世界のお金や情報をまとめた本などを入れてあります」
中身を確認すると、イルディが言ったものの他にも、地図やお金、食べ物なども入っていた。
地図には世界と街のものがあり、アルハイルブルグという街の名前に赤丸と、その街の地図にも赤丸がついていることに気づいた。
「これは?」
「これからウィルさんに行ってもらう街の名前と、ご自宅の場所に印をつけておきました。暮らしていくのに家がないと大変ですからね」
そこまで面倒を見てくれるのは嬉しいが、申し訳ない。
「助かるよ」
素直にお礼を言うと、イルディは頭を振った。
「今までお手伝いをしてくれたせめてものお礼です。これくらいしかできませんから、受け取ってください」
微笑むイルディに言われてしまうと、受け取らないわけにはいかないな。
「分かった。ありがたく頂戴するよ」
「はい!」
そう言って、イルディは手をパンッと合わせた。すると、俺の足元に白く輝く魔法陣が出現した。転移する際にいつも使っていたものだ。
また異世界に行く。思えば、今回で四つ目の世界に行くのか。
自分が暮らしている世界の島々を巡ることはあっても、違う世界をこんなに旅する経験は珍しいのではないだろうか。
まだ、十六歳になったばかりなのだが。
魔王討伐も、イルディ曰くの勇者適正というものがあったためか、単身魔王の元まで赴き、すぐさま倒すことができたのもそのためだろう。
……そんなことは気にする必要もないか。
今回行くのは、魔王のいない優しい世界だ。どんなことをして過ごそうか、ということに焦点を向けよう。
まぁ、まずはゆっくりしたいと言う気持ちが一番だが。
「それじゃあ、まぁ、元気でな」
「はい、またお会いできることを楽しみにしていますね」
と言う、イルディの言葉を聴くと、白い光が一層強く輝き出した。
光のせいで姿は見えないが、イルディの優しい声が聞こえてくる。
「ウィルさん、行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
そう告げる頃には、光が晴れて、目の前には見たこともない光景が広がっていた。
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