さいごに一つだけ

・みすみ・

1

「ほな、まあ、新人研修なんで、そないにムズカシイ案件でもないし。ちゃっちゃと、やっつけましょか、ネルグイ君」

 眼下がんかの青白い発光体をし示しながらオレが言うと、

「はい、師匠ししょう! がんばります」

 期待の大型新人、モンゴル生まれのネルグイ少年は、ぎこちない日本語でこたえた。


 宗教観ガバガバ、いやいや、さまざまな宗教をおおらかにれる日本地区は、オレたちにとっては、制約の少ない楽な職場だ。

 オレたち――、界隈かいわいで言うところの、神の使い、的な。

 

 だもので、最近では、配属先に日本地区を希望する海外出身者が多いらしい。ネルグイ君もそのひとり。

 

 日本人以外を指導するのはオレにとっては初めてのことで、言葉の問題に不安はあるが、一人一台支給されている携帯端末スマホには翻訳アプリも入っていることだ。なんとかなるだろう。たぶん。


「降りるで~」

 言いざま、オレは、白いつる変化へんげし、雲間くもまから地上を目指した。

「ま、待ってクダサイ」

 ふり返ってちらりと見ると、ネルグイ君は大きな猛禽類もうきんるいに姿を変えて、あわててついてくるところだった。

わしか。かっこええやないの)


 青白い光のそばに、白と黒、二羽の大きなトリの降臨。

 地上に無事に着いたので、オレたちはまた、もとの人型ひとがたを取る。


 オレたちのような者だけに見える死にぎわの青白い発光は、この人間が善人であることを物語っている。

 き魂に、き送りを。


 魂の平穏へいおんな旅立ちの手助けをするのが、オレたちの仕事だ。


「はい、そしたら、ネルグイ君、このヒトの最期さいごの願いの聞き取りしたげて~。さくさく叶えたげんと、心臓、もう長いこと、たんで」


 天寿てんじゅまっとうしようとしているとおぼしき、好々爺こうこうやだった。

 

 畑のすみに倒れている。

 日課の野良のら仕事に出て、途中で心臓が弱ったのだろう。

 ほかにひと気はない。

 ひとの手による救命措置きゅうめいそちは、期待できない。

 

押忍オッス、師匠! こんにちはサイン・バイノー、おじいさん」

 ネルグイ君は、老人の横に膝をつき、そっとしわだらけの手を取る。

「おじいさんやない。そのヒトは『ハマナカ・トラオ』さんや」

 すかさず、オレは訂正する。


「おぅ、スミマセン。――トラオさん、わたしたちは、この世を去るあなたの願いを、さいごに一つだけ叶えることができます。あなたの願いはなんですか」

 老人の目がうっすらと開いて、ネルグイ君のすがたをとらえた。

「神さんの……、お迎えか……。ううっ」

 トラオ氏の声は弱々しい。ネルグイ君は、聞き漏らすまいと、その耳を老人の口元に寄せる。 


 トラオ氏が、何かをささやいた。

 ネルグイ君は、たくましい胸筋きょうきんをどんとたたいて、

「おまかせクダサイ」

 と、大きな声で言った。

 

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