『蒸気銀行(スチームバンク)』
街外れにひっそりと佇む「スチームバンク」は、普通の銀行とは違っていた。
看板には錆びた歯車が描かれ、窓口からは白い蒸気が絶えず漏れ出している。
初めて訪れた私は、好奇心に駆られて中へ入った。
「預けたいものは?」
カウンターの奥から、ゴーグルを掛けた行員が現れた。
スーツではなく、油まみれの作業着を着ている。
「えっと、お金……じゃなくて?」
私は戸惑った。
ここにはATMも通帳も見当たらない。
「お金は扱わないよ。ここでは『時間』を預かるんだ」
行員はニヤリと笑い、古びた機械を指差した。
蒸気を吐きながら唸るその装置は、まるで生きているようだった。
「余った時間、使いきれなかった時間を預けておけば、必要なときに引き出せる。利息も付くよ。ただし、蒸気で少しずつ目減りするけどね」
ぽかんとしている私に、行員は簡単な説明をしてくれた。それを受け、私は試しに『昨日、ぼんやり過ごした3時間』を預けてみた。
「あいよっ」
行員がレバーを引くと、機械がガタガタと震える。
まもなく、歯車が噛み合うような重厚な金属音が鳴り響くと、私の記憶から、何かがふわっと抜け落ちた感覚があった。
「はい、おまたせ」
銀色の、ブリキで出来た小さな金属缶を渡された。
封をしたての缶は、まだ少し温かだった。
数日後、原稿の締め切りに追われた私は、スチームバンクで貰った缶のことを思い出し、缶切り使って封を開けた。
蒸気が広がり、突然3時間が手元に戻ってきた。
でも、なぜかその時間はぼんやりとしか使えず、結局コーヒーを飲みながら、動画共有サイトや窓の外を眺めるだけに終わった。
「次はもっと濃い時間を預けてみようかな」と呟きながら、私は再び真っ白な原稿に頭を抱えた。
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