白雪薫子、地縛霊をシバく

黒木 夜羽

第一話 耐え難いこの頭痛をなんとかせねば

 白雪薫子は、また、‘’視て‘’しまった。

 どうして、また視てしまったのだろう。細心の注意で、気配には気をつけていたはずだったのに。視てしまった以上、もう、どうにかするしかないのだ。

 どうにかしないとならないのだ。

 薫子は、こめかみを抑えて、うーんと呻いた。頭痛の前兆はすでに始まっていた。タイムリミットは、十日。十日を過ぎれば、この頭痛は、耐え難いものとなって、薫子を苦しめるだろう。

 それにしても、運が悪い。引っ越してきて早々に、視てしまったのだから。だいたい、憲治は、どうしてこうも頻繁に引っ越しをするのだろう。仕事の関係上、しょうがないのだろうけど。

 憲治とは、薫子の父親のことだ。薫子は、父親のことを、パパか、あるいは、憲治と呼び捨てにする。それくらい、父親とは、仲がよかった。薫子が生まれてすぐに、母が死に、それ以来、父親と二人暮らしでずっと、やってきた。幼稚園になった頃には、自分の家庭環境を完璧に理解し、こんなに優しくて脆い生物であるパパを、支えてやれるのは自分しかいないんだと、痛切に思うようになっていた。 

 ママのことは、分からない。薫子が生まれて、すぐに死んでしまったのだから。それでも、ママが死んで、パパがどれほど嘆き悲しんだかは分かっているつもりだ。仏壇にお線香をあげることを、憲治は一日だって欠かしたことはない。休日には、必ず、薫子を連れて、お墓参りにいく。

 あるとき、憲治はこんなことを、言った。――なあ、薫子、パパはさあ、佑衣子がまだ、生きているような気がしてならないんだ、って。

 さて、憲治の話は、いまは置いておこう。いま、問題なのは、視てしまった霊のことだ。

 引っ越しの初日早々に、視てしまった霊のことなのだった。

 あの霊の正体を暴き、成仏させないことには、薫子に平穏はやってこない。

 薫子は、頭上を仰ぎ見て、大きなため息を吐いた。


 白雪薫子、九歳。生まれながらにしての、天才。すなわちギフテッド。だが、その天才の代償は大きかった。世界が一変したあの日、薫子のその能力も、失われたと思っていた。だが、失われてはいなかった。

 彼女は、望むと望まないとに関わらず、霊を視てしまうのだった。それも、ただの霊じゃない。嫉妬、憎悪、執着、怨念、後悔、痛み、などなど、負の感情を抱えたまま死んでいった人間の霊限定で。

 それを視てしまったが最後、やがて耐え難い頭痛に悩まされることになる。負の力は、偉大なのだ。

 悪霊退散、悪霊退散。そうなれば、どんな手段を使ってでも、霊を成仏させるしかない。

 この耐え難い頭痛を、なんとかせねば、白雪薫子に、笑顔が戻ることはないのだった。




 

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