第23話 難題



 ◆◇◆◇◆◇



 アカデミーの入学試験の3科目の最後の1つである物理試験は、長ったらしく言葉を変えるならば戦士的技能試験になるだろう。

 魔法士ではない戦士に求められる能力を測る試験であるため、その内容も自然と肉体を酷使するものになっている。


 そんな物理試験の第一項目である体力試験は、文字通り受験生の体力を測る試験だ。

 ここで言う体力とは、生命力ライフではなく持久力スタミナを意味しており、戦士として身体を動かし続けられる現時点での限界を確認するために行われる。

 肝心の試験内容は、アカデミーにあるグラウンドのトラックを制限時間内に何周走ることができるか、というシンプルなモノだ。

 現時点のスタミナを測るのが目的であるため、走る際の格好こそ自由だが、魔導具マジックアイテムの中には体力増強効果など持久走に有効な能力を持つアイテムも珍しくないため、着脱可能な魔導具マジックアイテムは全て外して走らなければならない。

 逆を言えば、着脱できない魔導具マジックアイテムはそのまま使っていいということになる。

 だから、〈魔神傑作七十二選〉の四番である人体同化型魔神装具アーティファクト死霊悪魔ガミジンの降霊印〉は取り外せないので、そのまま使えるわけだな。



「フッ、フッ、フッ」



 一定の調子で小さく息を吐きながら、無駄な力を入れずにグラウンドのトラックを走る。

 身に纏っていた魔導具マジックアイテムは全て外してアカデミーが用意した金庫に納めているため、今の俺は非魔導具マジックアイテムであるズボンとタンクトップと運動用スニーカーといった格好をしていた。

 タンクトップはただの黒いタンクトップだが、ズボンに関してはデザイン性と機能性、そして耐久性に優れた高級ズボンであり、実戦は勿論のこと体力テストでも役立ってくれている。

 運動用スニーカーに関しては、この体力テストのために用意し、事前に履き慣らしていただけの普通のスニーカーなので特筆することはない。



「フッ、フッ、フッ」



 基本的に昼食を摂った直後の持久走というのはかなりハードなモノだ。

 しかも、アウラがピックアップした肉料理の半数にあたる4品を平らげたのだから、そんな状態で長距離を走ったらどうなるかは明らかだ。

 だが、今の俺にはガミジン印の魔神装具アーティファクトによって獲得した【貪食】がある。

 食べれば食べるほど強くなるという能力だが、副産物として食べた物の〈消化促進〉や〈吸収促進〉といった消化器官強化効果を持つ。

 なので、今の俺は満腹感からは食後すぐに解放されているため、長距離を走ってもウップと吐き気に襲われてもいない。

 寧ろ、レアな効果を持つ特殊料理の肉料理による恩恵のおかげで気分が良いぐらいだ。



「残り時間10分ッ!」



 グラウンド中に体力試験を担当する試験官の声が響き渡る。

 体力試験は前提として試験の間ずっと走り続ける必要がある。

 その上で、試験時間内に試験場であるグラウンドのトラックを何周走ることができたかで評価は大きく変わる。

 そのため、少しでも評価を上げるべく体力を温存していた受験生達が一斉にスピードを上げた。



「フッ、フッ、フッ、俺も、スピードを、上げるかッ!」


「ぎゃあぁ!?」



 地面を強く蹴って駆け出すと、背後の地面が爆発する。

 その爆発で巻き起こった土砂を至近距離で浴びた他の受験生の悲鳴が聞こえてきた。

 トラック上の至るところで同様のことが起きているため、後方で起きた被害については無視する。

 一般的に魔法剣士系のジョブの筋力や体力といった身体系ステータスは、同レベルの純戦士系のジョブの身体系ステータスに劣る。

 同じジョブでも個人差があることと、純戦士系ジョブを上回る身体系ステータスを持つ魔法剣士系のジョブも存在することを踏まえれば、一概に劣ると断言できないものの、基本的には劣る傾向にあることは確かだ。


 だが、ガミジン印の【貪食】の食事による肉体強化に、固有能力【勤勉】の補正を受けた状態での毎日の肉体鍛練を続けてきたこの身体は、ジョブやそのレベルでは測りきれない性能スペックがある。

 それでも、肉体改善と鍛練を開始して3年足らずな元貧弱体という事実は俺を不安にさせていた。

 そのためオークの【強壮】能力をガミジン印にストックしたりしたのだが……どうやら杞憂だったようだ。



「漸く、先頭か」



 トラックを爆走する俺の前にトップを走る受験生達の背中が見えてきた。

 この試験のために用意された魔導具マジックアイテムによって、俺達受験生の頭上には現在の周回数が表示されている。

 目の前を走る先頭集団の頭上には20の数字が浮かび上がっており、それは俺の周回数と同じだった。

 彼らに追い付くのは初めてではあるが、追い抜かれてもいないため、体力配分とラストスパートをかけるタイミングは俺と同じだったのだろう。

 残り時間的にも、彼らと同じ周回記録になりそうだな。

 彼らに近付くと、その姿がよく確認できるようになった。


 全部で10名いる先頭集団の内、知っている顔は3人。

 1人目は、代々槍の扱いに長けた武人を輩出する名家スアハ家の少年クアン・スアハ。

 長身の引き締まった身体付きをしており、青色の長い髪を後ろで纏めた髪型が特徴的なイケメンだ。

 俺が知っていることからも、彼は〈イビルミナス〉にもいたネームドキャラであり、主人公プレイヤーとパーティーを組めるキャラでもある。


 2人目は、筋骨隆々な大柄の身体と明るいオレンジ色の短髪が遠目からもよく目立つ、平民の少年ローガン・バルバディス。

 14、5歳には見えない厳つい風貌だが、年相応の若々しい感性と性格をしている。

 彼もまたクアンと同じ〈イビルミナス〉のネームドキャラでありパーティーキャラだ。


 そして、最後の3人目の名前はフレイヤ・セイズ。

 綺麗な射干玉ぬばたま色の長髪と金眼が印象的な美少女で、美少女という評価に相応しい整った顔立ちをしている。

 低くも高くもない身長に、スレンダーな身体付きなのもあって少し幼く見えるが、その身体能力はかなり高い。

 彼女も他の2人と同様に〈イビルミナス〉のキャラだが、普通のキャラではない。

 何故ならば、彼女は〈イビルミナス〉の主人公だからだ。


 〈イビルミナス〉のユーザーは、主人公を選ぶ際に幾つかの出自の中から1つを選ぶのだが、フレイヤは名家セイズ家を選択した際に操作できるようになるキャラになる。

 出自と出自に結びついた名前こそユーザーの選択で変化するが、その容姿と能力は男主人公と女主人公で固定化されているため、一目見た瞬間に彼女が主人公キャラだと分かった。

 名前に関しては、他の受験生が彼女のことをセイズ家の娘と噂しているのを聞いたからだ。

 ゲームと同じフレイヤという名前が付けられているか分からないが、取り敢えずフレイヤとしておく。


 そんな彼女が先頭集団に属していることからも、その身体能力の高さが窺える。

 流石は英雄一族であるセイズ家の出身だと言うべきか。

 彼女が純粋なこの世界の住人か、俺と同じように元地球人かは分からない。

 最初の選択肢の中にある平民の出だったならば、現時点のスペックの高さから、俺と同様に〈イビルミナス〉の知識で入学試験前に自らを強化した元地球人だと仮定できた。

 だが、英雄を祖に持つセイズ家では判断がつかないため、その正体については今後見定める必要があるだろう。


 これは難題だな、と思いながら、フレイヤ達3人と共に体力試験をトップの成績で突破した。



 

 

 

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