第18話 入札という名の投資



 ◆◇◆◇◆◇



「──おめでとうございます! 〈覚醒の種子〉は4000万ティアで落札されました!」



 司会者の声がオークション会場に響き渡る。

 無事に目的のユニークアイテムを落札することができた。

 運営側も〈覚醒の種子〉という名称以外は効果を把握していないらしく、出品物に関する説明が不明瞭だったおかげで思ったよりも安く手に入ったな。

 〈覚醒の種子〉の落札に1億ティアまでなら躊躇わず入札するつもりだった。

 オークション用の予算は大体2億ティアぐらいは用意してあるので、最悪の場合は倍までは出すことも考えていたが、無用な心配だったようだ。

 〈覚醒の種子〉が出てくるまでに〈魔導の賢指〉と〈魔権の雫〉という2つの指環を落札したが、それでもまだオークション資金は余っているし、引き続き何か落札しようかな?



「それでは、次の商品です」



 司会者の言葉に合わせて次の出品物が舞台上に上がってきた。

 他の出品物と同様に、超頑丈な魔導ガラス製のショーケースに入れられてやってきたのは、緑色の小さな宝石が印象的な首飾りだった。

 一見するとシンプルなデザインの首飾りだが、よく見れば緻密かつ美麗な装飾が施されており、宝石からも強い魔力が感じられる。



「……なんか見たことがあるけど、どこで見たんだったっけ?」



 この世界でアンリとして見たのではなく、〈イビルミナス〉で主人公プレイヤーとして見たのだと思うのだが、すぐに思い出せない。

 まぁ、見た目はシンプルな首飾りだから、仮に誰かが身に付けていたとしても、常に目に留まるほど印象に残るアイテムというわけではないから無理もないだろう。



「こちらの〈魔翠晶のネックレス〉は、着用者の魔法演算力を引き上げるだけでなく、魔力性能全般を強化してくれる魔法使い垂涎の一品です! 更に風属性系統の魔法を強化してくれる力までありますので、同属性の使い手のお客様は入札に参加なされては如何でしょうか?」



 〈魔翠晶のネックレス〉という名前に、風属性魔法の強化能力……これってヒロインの一人が探していたアイテムじゃなかったっけ?

 確か、失われた家宝かなんかだった気がする。

 ゲームでは主人公プレイヤーの同級生のお嬢様で、かなり気が強くて付き合い難いヒロインだった。

 〈イビルミナス〉のユーザーからは〈悪役令嬢〉とか〈暴風女〉とか呼ばれていたな。

 綺麗な長髪の毛先が微妙に渦巻いているお嬢様なのと、風属性魔法の使い手であること、そして性格のキツさからそんな渾名が付けられていた。

 ヒロインなだけあって美少女で、実年齢に見合わない抜群のスタイルも相まって、性格を抜きにしても人気のあったキャラだったと記憶している。



「そういえば、本編前のどこかの時系列で取り返す機会があったのに取り返せなかったって言ってたな。もしかして、このオークションのことか?」



 となると、この会場のどこかに彼女がいるわけか。

 生徒会長リシェイラといい、ゲーム本編では描かれていない本編前のヒロインの姿を見れるのはちょっとワクワクするな。



「それでは、3000万ティアから入札を開始します! 入札単位は500万ティアです!」



 3000万ティアからのスタートか。

 アイテムの性能の高さと正確な解説を考えれば妥当なスタートラインだろうな。

 はっきりとしない解説の〈覚醒の種子〉が500万スタートから最終的に4000万まで上がったから、〈魔翠晶のネックレス〉の落札価格は結構上がりそうだ。

 その予想通り、入札価格がどんどん上がっていき、あっという間に1億ティアを超えた。

 はじめの入札の勢いこそ衰えているが、まだ止まる様子はない。

 魔力の動きと発する気配の焦燥感が増すタイミングから、オークション会場のどこに入札を行なっている者達がいるかは把握できた。



「ちょっと覗いてみるか。『万闇を見通す真眼ダークレス・トゥルーアイズ』」



 感知した気配の方に向かって看破系上級闇魔法を行使すると共に【怠惰】を発動させた。

 固有能力【怠惰】には、かつてブラッディベアを倒した時のような他の生物に対する使い方以外にも、自らの魔力や気配などを鎮静化させるだけでなく、魔法などの発動を隠蔽するような使い方もできる。

 他の生物に使った時と違ってリスクは殆どないため、魔法発動の兆候を知られたくない時などには重宝している。

 俺の所持スキルにある【怠惰耐性】がLv2にまで上がっているのはこれが理由だ。



[熟練度が一定値に達しました]

[スキル【怠惰耐性Lv2】がスキル【怠惰耐性Lv3】へとレベルアップしました]



 おっと、そんなことを考えていたら、タイミングよくLv3になってしまった。



「スキルレベルが上がるのは良いことだ。こっちの入札者は男か。それじゃあ、あっちは……顔は隠されてるけど若い女だな」



 少女が身に付けている目元を隠す仮面は、俺の〈道化なる白鴉〉ほどの高度な偽装欺瞞効果がないようで、髪型や身体付きに関しては普通に認識することができた。

 オークション会場内に施された凡ゆる防諜設備を突破して効果が弱まった看破系の魔法では素顔までは見れなかったが、素顔以外の情報でこの少女がヒロインだと確信した。



「1億4000万、1億4500万、1億5000万……1億5000万です! 他に入札する方はおられませんか?」



 どうやら某ヒロインはこれ以上の金は出せないようだ。

 家の規模的にはまだ出せそうだし、彼女自身は入札したいみたいだが、まだ当主ではない彼女が、一家宝を取り戻すためにこれ以上の金を動かすことはできないのだろう。

 思ったよりも上がったから無理もない。



「んー、どうせあぶく銭だし、恩でも売っておくか」


「おっと、1億5500万ティアに上がりました!」



 今後もポーションで金を稼げる予定だし、ネームドキャラと繋がりを作るために投資しておくのも悪くない。

 アカデミー入学後に彼女から投資した分のリターンがあれば重畳だ。

 まぁ、オークション資金を超えるようなら諦めるけどな。

 そんな気楽な気持ちで〈魔翠晶のネックレス〉へと入札を行なっていった。



 

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