不幸、売ります6~呪い屋完結編~

秋犬

第1話 深夜3時半

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 見慣れた漫画喫茶の天井を見上げながら、そう言った依頼人がいたことを「呪い屋」は思い出していた。その時は顔に全く出さなかったが、心の中でふざけるなと罵った。ただ落下していくだけの悪夢、しかも9回ごときで心配になるなんてどうかしていると思い出すだけで腹が立つ。


『ごめんね、そうちゃん』


 忘れたくても忘れられない声が、眠りに落ちる度に何度も頭の中で再生された。そのせいで眠るのが怖くなり不眠症になって、いろんな心療内科を訪れた。父の再婚相手は何かと心配してくれたが、面倒をかけたくなかった。普通の家で普通の家族と過ごすことにあこがれた時期もあったが、今となっては「普通の家族」はただ鬱陶しいだけだった。


 ここ最近は家に帰らず、漫画喫茶や24時間営業のファミレスで夜を過ごしていた。きちんとした布団で寝ていないため少し身体は痛くなるが、寄る辺のない状況に置かれていることで何故か心が少し安らいだ。同類を求めて家出少女と呼ばれる女の子たちと過ごしたこともあったが、自傷痕を見せつけられたり何かと命令口調で迫ってきたりされて、それほど楽しいものではなかった。


「依頼……来てる。新規かな」


 コンタクトを取ってきたアカウントには、呪いたい相手の写真の裏に名前と住所を書いて持ってくるよう返信をする。後は待ち合わせの時間と場所を指定して、そこに行くだけだった。


 呪い屋の仕事は、案外簡単に始めることが出来た。SNSで適当なアカウントを作って「不幸にしたい方がいれば呪います」と宣伝すると、面白半分で依頼をする者がいたので最初のうちは格安でそれらを律儀にこなした。


 冗談のつもりで「元カレ呪って」とやってきた女は、そいつの勤めている会社が急に倒産したことで顔色を変えた。「担任がエロい目で見てくる」とやってきた女子高生は、その教員の横領が発覚して姿を消したことに喜んだ。「毎日親に殴られている」という少年が家に帰ると、末期のがんが見つかったと真っ青になった父親がいた。


 こんな感じで「呪い屋」の噂は人づてに広まり、今では日に数件の依頼があり料金もしっかり貰えるようになった。依頼人に会う場所はその日その日で変え、目印になるよう赤いパーカーを着て、話を聞いて料金を貰い、不幸の度合いはその時その時で変えていた。呪い自体にコストは一切かからなかったが、他人を呪うにはそれなりの代償があったほうが依頼人も安心するだろうという思いで料金は設定していた。


「さて……」


 返信を済ませてから時刻を確認すると、深夜3時半であった。もう悪夢を見たくなかったので睡眠を諦めて、外が明るくなるまで読む漫画を物色しにいくことにした。漫画は現実から逃げるのに都合がよかった。最近はなるべく巻数の多い漫画を読むことで生きるモチベーションを保っていた。


 そのくらいしか生きていてもいい理由が思い浮かばなかった。その日その日を騙しながら過ごして、ある日誰かに刺されて死ねればいいのにとすら思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る