第12話



『さあ~! いよいよ第二部が始まるぞー! 

 みんな! ついて来てるか~~~!?


 俺は【バビロニアチャンネル】の実況担当でおなじみジャンルカ・ウンデル! 

 なんだ今日レミー・オロじゃねえのかって今思ったみなさん、文句はやめてくれ!

 何故なら俺は【バビロニアチャンネル】に一番近い所に住む実況解説者だからっていう理由でアリア・グラーツの直電で数分前に叩き起こされたんだ!


 ついて来てるか~! って聞いたが実のところ俺がついていけてない!

 なんつったってまだ闘技場についてねえんだからな!


 そう闘技場コロッセオ


 深夜の闘技場に今すぐ来い! って呼び出されたんだ!


 上司からそんな呼び出しされたら君たち行くかい⁉

 絶対シバかれるかエッチな誘いだよね⁉


 ――残念! 今日はエッチな要素ゼロの暴力的な描写でお送りするぜ!


 流血が苦手な奴と子供とレミー・オロは寝る時間だ!』



 明らかに急いで走ってる画面が映っている。


 

『何のことかさっぱり分からないだろう⁉


 オーケイ! 親切にこの俺が今から説明するからな! 

【アポクリファ・リーグ】を愛好するみんなにとって闘技場コロッセオは馴染み深い場所だろ? 

 ここではキメラ種とかいうあのでっかい怪獣みたいなやつが地下に運び込まれていて、我らが特別捜査官が討伐がてら、ここで死闘を繰り広げるんだ!

 だが今日の獲物はキメラ種なんかじゃない!

 スペシャルマッチだ! 居合わせた君たちは最高に幸せだぞ!


 さあ! 俺の家から徒歩三分! 絶対嘘だろ十分以上走ったわ!

 今すぐ情報書き直せ不動産屋‼


『早く席に着きなさいよ』って来てくれてありがとうの労いの言葉もない鬼軍曹アリア・グラーツ!

 いいノリだァ! 俺は結構好きだぞМだから!

 いや……おれ……実況解説歴長いけど……初めて配信途中にこの言葉を言います……水ください……』



 数秒の沈黙のあと、ジャンルカが復活する。



『水をもらって完全復活しました! 

 さあここから気を取り直して状況を説明しよう!


【バビロニアチャンネル】が世界に誇るこの巨大トランポリンみたいなスタジアムに、

 今宵ははた迷惑な神様が降臨だ!


 朝まで絶対寝かせないつもりの凶悪な神様が連れてきたマッチアップはぁ~~~~~~~~~、なんと‼


【アポクリファ・リーグ】に君臨するシーズンMVPシザ・ファルネジア!


 まさかこんな時間に会えると思ってなかった淑女の皆さんおめでとう!

 どうぞきゃあきゃあ言って下さい!


 シザが今宵は君たちを喜ばす為だけに躍るぜ!

 

 ちょっと顔が激怒してるけどな!

 

 つい数カ月前悪漢! ノグラント連邦捜査局と正々堂々と渡り合い見事可憐な恋人を取り戻し世界中から喝采を浴びた勇敢なるペルセウスが何故こんなに激怒してるのかは追々説明しよう!


 美形は怒ってる顔も様になるねぇ~!


 

 そして!



 死闘ってのは実力伯仲!


 同じくらい強いやつが戦わなきゃ試合だって盛り上がらないもんなんだ!


 俺の本業はボクシングやプロレス実況だけど、正直狩場を荒らすこいつらを怒れない! 

 何故ならこんなスペシャルマッチを本当は見たかったからなんだ!


 シザのお綺麗なツラにぶち込む相手はどこのどいつだぁああああ~~~~~~~~~!


 悪名名高いオルトロスから我らが鬼軍曹アリア・グラーツが召喚したライル・ガードナー!


 普段【獅子宮警察レオ】特別捜査官チームの相棒として大活躍中の二人がこの深夜にこっそり殴り合っちまおうって特別番組だ!


 見れば分かるように猛獣二人はもうとっくに殴り合ってる! 

 イイ男が顔面血まみれってのはたまんねーだろ! 

 俺も全くなんでこんな二人が怪我してんのか分かんねえ第一部の殴り合いの模様は今隣にいる鬼軍曹が怒涛の勢いで編集中だ!

『あと三十分後にアップできます!』

『馬鹿野郎十五分でやれ!』

 ああ! 恐ろしいもう一つの戦いが隣接する調整室ですでに始まってるけど残念ながらこっちの方は時間が無いから実況出来ねえ!


 そちらは十五分後をお楽しみに!


 おっと! カウントダウンが始まった! あと三十秒!


 手っ取り早くレギュレーションを説明するぞ!


 殺しはナシだが半殺しはOKの問答無用の殴り合い! 

 ただしアリア・グラーツの厳命で顔への攻撃はこれ以上はナシだ!


 聞いて驚け負けた方は全ポイント没収するんだってよ!


 つまり完全無欠のシーズンMVPシザ・ファルネジアだって、

 負けて夜が明ければポイント貧乏だ!

 これだから人生は面白い!


 あれ? 試合開始ってシザが強化能力発動したら一秒で決着つくんじゃねえのとか思った奴は寝ぼけてないで顔洗って来い!


 シザは能力充電中だ! 

 誰が何と言おうと神様が何と言おうとあと二十三分間シザは能力が発動できない! 

 分かりやすいように電光掲示板に表示してあるから各々チェックして見といてくれ!

 つまり奴はもう能力使っちゃったんだ!

 俺がなんでこんなに興奮してるかそろそろ分かってくれたかな⁉ 


 そう! 戦いの申し子シザ・ファルネジアの【死のゾーン】を凌ぎ切ってこの場に立ってる奴がいるんだ!


 スペシャルなライル・ガードナーが見たい奴はあああああ~~~!


 ――今夜を見逃したら一生後悔するぞ‼


 期待と!


 興奮爆発させて決着つくまで!

 

 殴り合おうぜ! 日が昇るまで‼


 闘技場……ナイトフィーバーだああああああ――――――――ッッ‼』



 ――ドォン! 



 会場に仕込まれた花火が撃ち上がり、それを合図に、ほぼ同時に身構えていたシザとライルが地を蹴り、殴りかかる。


 拳などとっくに出血に打撲にボロボロの状態だったがそんなこと構わず、渾身の力でお互いの手首を拳がわりに叩きつけ合う。


 痛みに一瞬目を細めたが、すぐにシザは目を見開き、左のストレートをライルに向けて叩き込む。


 ここまでお互いの手を晒して戦えば中盤ともなると、相手の隙をつくためには多少の手傷は覚悟しなければならない。


 ライルはシザのパンチを見切ってはいたが、敢えて顎のあたりに受けた。

 そうすることで、シザを自分の間合いに引き込む。



「顎は、」  


   「顔だ‼」



 膝蹴りを食らわせ、肘打ちをシザの顔面に決めると、ライルは怒声と共に蹴り上げて吹っ飛ばす。

 吹っ飛んだシザも相手の威力に抗わず、力をなるべく逃がす受け方を見せた。


 その吹っ飛び方を見たスタジアムの、観客と化してしまったスタッフたちは悲鳴をあげたが、

 思い切り弾かれた方が見た目よりダメージは少ないのだ。



『ちょっとライル! 顔!』



 すかさずアリア・グラーツの警告が飛ぶ。

 吹っ飛んだところからシザは上手く身を反転させて着地したが、打たれた頬骨のあたりを押さえて「……。」と無言のまま、額にはっきりと青筋が立つ。



「うるせぇ 手が滑ったんだよ」



『あんたたち顔にそれ以上傷作ったらほんとにどっちも百万ポイントマイナスするわよ?』



「ライル‼」



 シザが激怒して、再び疾走する。


 打ち合わせる、腕、手の甲、ライルのカウンターの蹴りを跳躍して避け、

 そこから大鉈を振るうように打ち下ろす蹴りが、彼の肩に乗るように決まり、

 全体重を掛けてシザはライルの身体を吹っ飛ばす。


 ドォン!


 長身が宙に浮き、まともに地面に叩きつけられる様は、迫力があった。


 この二人は戦いが始まってからこんなことをずっと繰り返している。


 決着を決めに掛かろうとしたシザが顔をハッと上げ、後ろに飛び退った。


 音を立てて小規模の重力波がシザを追うように連なる。


 地を蹴り上げ宙返りし、着地と同時に反転して、得意の流星蹴りを放つがこれはライルが避けた。


 外して、地に降り立ったその余力でシザは地に着いた手と足を打ち、まるで素早い捕食動物のような身のこなしで逆側に跳んだ。ライルを追撃する。


 シザは単純な瞬発力や破壊力を誉められることが多いが、

 実は体術を多少なり知っている者にとっては、彼の身のこなしや、特にこういった瞬間的に見せる反射行動の動きが魅力的に見えるらしい。


 ある一定方向に進んで、その方向に惰性が加わった時であっても、シザは瞬間的にいともたやすく別の方向に切りかえて跳んだり、軽い踏み込み一つで上空に跳んだりする。

 これは身体に強靭なバネが無ければ決して出来ない動作で、よくアスリートや、彼らの身体を診るメディカルトレーナーなどが、シザの身体能力や身体の作りを例に挙げて誉めることがあった。


 彼ら曰く体幹がしっかりしていて、筋肉に柔らかさがあるため、急激な方向転換にも身体が無理なく反応出来るのだという。

 そして身体にある強靭なバネが、強い瞬発力を生み出し、あれだけの驚異的なアクションを可能にしているのだという。


 ――と、いうことで、シザの急激な方向転換は彼の得意技だ。


 身軽な豹のようにしなやかさで、凶悪な角度を飛びかかって来たシザが、跳びかかりざまにライルの首に腕を掛けた。


 勢いのまま持って行き、地面にそのまま叩きつけようとしたが、完全に決まったかと思ったライルがほとんど死に体のまま、身を捻ってシザの背を掴み、投げ技を放つ。


 結果、潰し技が相殺し合って、崩れた二人の男は別々の方向に宙を舞い、落下した。



 ドン!



      ドォン‼




 ほぼ同時に衝撃が走り、実況の興奮した叫び声が響いた。



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