第154話 事件後の影響《後編》
サン・ヴェルク大聖堂の聖女ルーネリアが偽物だった。
この事件は多くの国民に衝撃を与えることとなる。
すべては数日前。
一本の通報から始まった。
「大聖堂で事件が起きている」というメッセージが騎士団へ届き、それを知ったゴードンはすぐさま魔法兵団にも協力を要請して大聖堂を目指して王都を出る。
過去にもこのようなメッセージは何件かあり、そのすべてに黒騎士がかかわっていた。
なので、今回の事件もまた黒騎士絡みだと悟り、準備を急がせたのだ。
大急ぎで大聖堂へと踏み込んだ騎士団と魔法兵団の混合部隊が目撃したのは、顔を斬られた聖女ルーネリア――に扮していたスピアであった。
状況を理解できていなかった彼らであったが、大聖堂の壁に残されたメッセージによってスピアの部屋を調査。
その結果、彼女が偽物で、洗脳魔法によって得た隠し財産が大聖堂の至るところに隠されているという事実が発覚。
騎士団と魔法兵団はそれらを押収し、スピアを取り調べる流れになった。
また、自身を暗黒街出身者と宣言していた冒険者パーティー【銀狐】のエイダンと同じ白い竜のタトゥーが右肩に彫られていたのも明らかとなり、スピアもまた暗黒街と関連のある人物として注目された。
――が、やはり彼女もエイダンと同じく取り調べの途中で謎の死を遂げる。
魔法兵団の調べによると、やはり今回も呪術の類だろうという結論だった。
結局、今回も暗黒街につながりそうな手がかりを逃してしまったため、騎士団と魔法兵団の落胆は大きかった。
しかし、世間の評判はやがて聖域を相手にしながらも解決に向けて真摯に取り組んだ騎士団や魔法兵団を褒め称えるものへと変わっていった。
もちろん、ゴードンとブレアの両団長はこうなることを意図して部下を動かしていたわけではない。
なんとかして事件を解決しようという真面目さからくる副産物であった。
そんな両組織のイメージアップに、アエラス第一王子も喜んでいた。
「彼らがあんなに頑張っているのだから、僕も負けてられないな。例の話……厳しい道のりになるだろうけど、あれを絶対に成功させるって気持ちがより高まったよ」
城内にある自身の執務室へ呼んだロニーに力強く語るアエラス。
「あなたならきっとできますよ」
その姿に頼もしさを覚えるロニー。
――しかし、今王子が取り組んでいる案件に関しては、彼自身が口にしたようにとても厳しい茨の道になると予想していた。
「まもなくあちらから特使がいらっしゃるんですよね?」
「うん。二、三日中にはこちらへ到着する予定になっているよ」
アエラスが取り組む案件とは、とある国と同盟を結ぶことであった。
リンドレー王国から最も近い位置にありながら、これまでお互いに避けるような生活を送り続けている。
それには深い理由があった。
「緊張していますか、アエラス様」
「からかわないでくれよ――って、言いたいところだけど、さすがに今回ばかりはね」
アエラスは大きくため息を漏らしてから続ける。
「何せ相手は……あのエルフ族だからね」
新たにリンドレーが同盟を結ぼうとしているのは、大河を隔てた先にある広大な森を自治区としているエルフ族であった。
事の発端は数ヵ月前。
エルフ族の自治区であるビシャの森から使い魔を通じて送られた一通の手紙――それが事態を大きく動かした。
そこにはおよそ五百年にわたって人間との関係を断ってきたビシャのエルフ族が、これまでの関係性を一新して同盟を結びたいと書かれていたのである。
当初この話は一部の王族と政治関係者にしか明かされず、ほとんどの国民は知る由もなかった。
それもそのはず。
過去にエルフ族と交流を持った人間などいなかったからだ。
なぜ今になって突然同盟を結びたいと言い出したのか――その理由を探るべく、国王はアエラスを代表に任命して事態の究明を急がせた。
それからしばらくの間、アエラスはエルフ族側の特使と使い魔を通じながらではあるもののやりとりを重ね、ついに城へ招くことができた。
人間側からしても、エルフ族との交流を深められるのはメリットがある。
長命のエルフ族は魔草薬の扱いに長けており、独自の製法でさまざまな薬を作り出しているという。
中には治癒魔法でさえ完治が難しい難病に効果のある薬もあるのだとか。
アエラスはそういったエルフ族の持つ医療技術を円満な形でリンドレー王国内に広めたいと考えていた。
むろん、相手にとって対等の取引になるよう、要求には善処するつもりでいる。
とにかく、その特使が城へ来て話をしなければこれ以上の進展は望めないのだが――不安点もあった。
「問題なのは……純血至上主義を掲げる存在が根強く残り続けていることですね」
ロニーの言葉に、アエラスはなかなか言葉を返せなかった。
そもそもなぜ人間とエルフは五百年もの間、生活圏を完全に分断していたのか。
答えは価値観の相違によるものであった。
エルフ族の多くは、自分たちこそが世界で最も優れた種族であるという絶対的な自信を持っている。
他にも獣人族やドワーフ族など、世界には多くの種族が暮らしている――が、そのどれよりも自分たちこそが最上の存在だと信じているのだ。
しかし、特使の話では近年になってそうした価値観は徐々に薄れていっているという。
だからこそ、今回の同盟話が長をはじめとする幹部たちからあがってきたのだ、と。
ロニーとしては、何か裏があるのではないかと勘繰っている。
だが、直接特使とやりとりをしていたアエラスはまったく逆の考えで、すべて事実だと思っていた。
――が、他種族を見下す純血至上主義者が未だに存在しているのも事実。
この難題を突破することこそが、目下のところ一番の課題だと睨んでいる。
「うまくいくさ。……いや、やってみせる。そのためには君たちにも協力をしてもらいたい」
「お任せください」
アエラスは特務騎士たちを総動員してこの難題に立ち向かおうとしていた。
そしてロニーをはじめとする特務騎士たちもそれに応えようと燃えている。
――だが、そんなアエラスの期待はすでに予期せぬ方向へと傾き始めていたのだった。
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