1月3日

〇 〇 〇


 男の子の膝の上でゆったりとしている。

 男の子が何かを口ずさんでいる。

 心地よい音。


「あら、その子に子守唄を歌ってあげていたの?」

「うん。僕が唄うといつも気持ちよさそうにしているんだ」

「そうなの」


 歌い続ける男の子。

 夢心地な感じになる。

 幸せな感覚。

 ずっとこんな時が続けばいいなぁ……。



〇 〇 〇


 いつもより早い時間に目が覚めた。

 辺りを見渡す。まだ辺りは暗かった。

 ふと窓を眺めた。空がかすかに白み始めている。

 ベッドから出て、窓を開けた。冷たい風が体を通り抜ける。

 しばらくベランダの手すりに身を傾けながら空を眺めた。

世界は静かで、でも風の音が耳に響いた。

 ふとその中に混ざるように歌声が流れてきた。

 それは昨日も聴いた歌。俺を膝枕する白が口ずさんでいた歌。

 隣の部屋の窓を見る。カーテンに仕切られて中は見えないが、そこから歌が聴こえてくる。

 早起きをした白が歌っているのだろう。

 綺麗で透き通った歌声。聴いていて自然と頬が緩んでしまう。俺は白の歌うこの歌が好きみたいだ。

 空が完全に白むまでベランダの手すりに寄り掛かりながら、白の歌を聴いていた。



〇 〇 〇


 白を連れて神社へと訪れていた。

 三が日最終日だからか、参拝客の数は落ち着いている様子だった。

 巫女服姿で掃き掃除をしている夢月に鉢合う。


「どこか出かけない?」


 夢月の仕事を放棄する気満々の言葉。


「別にいいけど、参拝客の相手は良いのか?」

「いいのいいの、アルバイトがいるしお父さんもいるから」


 神社の娘がこんな横暴をして許されるのだろうか? しかし夢月の父親は娘にかなり甘い。笑顔で親指を立てている。


「じゃあ行こうか。外に出て気分転換がしたい」


 そうして夢月は着替えるために社務所へと向かうのだった。



〇 〇 〇


 訪れたのは街外れの、雪に覆われた原っぱだった。

 夢月の仕事上での溜まった愚痴を聞きながら、自然と足がこの地へと導かれていた。


「ここに来るのは久しぶり」


 感慨深く辺りを眺める夢月。

 夢月も俺と同じように、幼少の頃この場所で遊んでいた。しかし大きくなるにつれて、ここに来る機会は無くなっていった。

 俺ですら白に連れて来られるまでは、本当に久しぶりだった。


「ここでいろいろな遊びをしたよね」

「そうだな――」


 夢月と昔話に花を咲かせる。

 それを優し気な笑みで白が黙って聞いていた。

 しかし、すぐにその笑みが崩れた。

 とある一方を見つめて、目を見開き、固まった。


「あ、あぁ……」


 小さく声を上げたかと思えば、走り出した。


「白っ!?」


 駆けだした白に、俺と夢月も追いかける。

 白が止まる。追いついた俺は、白が見つめるその先を見た。

 そこには小動物が横たわっていた。

 狐だ。狐の――亡骸が横たわっていた。


「あぁ……」


 崩れるようにしゃがみ込む白に、その背中を支える。


「あなたも、いっちゃったんですね……」


 取り乱す白。狐の亡骸に手を添える。その目から涙が流れていた。


「大丈夫か、白?」

「……私の、仲間だったんです……」


 沈んだ表情の白。

 なんて声を掛けようか、言葉が出てこない。


「……とりあえずきちんと弔ってあげよう」


 優しい声で夢月が白を励ます。

 その声に白は小さく頷いた。

「シャベルを持ってくる」と言って走り去る夢月を横目に見ながら、俺は沈む白の隣に寄り添った。



 狐を埋葬した後も、白の顔は沈んだままだった。

 そして白はぽつりと口を開く。


「私たち――自然に住む者はいつも独りなんです。そして最期も独りなんです」


 語る白の表情は影を生み出していた。


「私もおそらく、死ぬときは独りきりなんです」


 そう言う白に俺は口を開く。


「俺が――」

「大丈夫。白を独りぼっちにはさせない。最期の時は私が傍にいる。絶対傍にいる。約束する」


 俺が言葉を吐く前に、夢月が言い切った。

 夢月の言葉に、白の目は見開いていた。


「そ、そうだよ。白は独りじゃないよ」


 夢月に良い所を持っていかれてしまい、俺は夢月の言葉を肯定する事しか出来なかった。

 しかしそれを聞いていた白が、安心な笑みを浮かべながら。


「はい」


 と頷くのだった。


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