第6話 着任

 「と、話が逸れましたね。要するに、存在しない場所や相手に適応出来る法律も、取れる税金も無いって話です。


 まぁ、完全に税金無しって訳にはいかなかったみたいですが」

「な、成る程……」


 【豹ヶ崎】が完全では無いが、ある程度は理解出来たと判断して【にのまえ】は言葉を続ける。


 「後は、【金】って人間にとって最も分かり易く可視化された契約の対価なんですよね。


 ほら、【三途の川の渡し賃の六文銭】や【地獄の沙汰も金次第】って言葉あるじゃないですか」

 「え、えぇ……」


 戸惑いがちに【豹ヶ崎】が応えると、【一】は呆れた様に嗤う。


 「要するに、【金】は可視化された【縁】な訳で。


 大金を継続的に遣り取りしていると云う事は、其れだけ太く長く丈夫な【縁】を繋ぐ事と同義な訳です。


 で、お偉方は其れを嫌がった訳です。【金の切れ目は縁の切れ目】とも言いますしね。ある種の保険か保身のつもりなんでしょう」

 「…………」


 【豹ヶ崎】はもはや何も言えない。税金の話一つで想定外の闇が湧き出た物だ。と云うか、逆説的に此の給料の高さは、其の【縁】とやらで雁字搦めに縛り付けると云う事なのでは?


 「……そう云えば、此の給料の元となる収入源はどうしているのですか?」

 「……呪物とかって高値付くんですよねぇ〜」


  【豹ヶ崎】のふとした疑問に、【一】は眼を逸らして引き攣った笑みで、やらかしを告白する様に告げた。


 「まさか、売っているんですか!?絶対に危険物ですよね!?」

 「いやぁ〜、一応は業務提携している相手だけですけどね?ヤバいのは流石に出せないですし」

 「当然でしょう!?」


 【豹ヶ崎】が思わず、座っていた椅子を倒しそうな勢いで立ち上がり、テーブルに両手を突いて【一】へと身を乗り出す。


 もう既に、最初の印象だった出来る若手社員とかそんなイメージは吹き飛んでいた。寧ろ、かなり巫山戯た人物とすら思っている。


 【一】は其れに対し、表情を動かす事無く落ち着いた様子で見上げて、【豹ヶ崎】の眼を真っ直ぐに見返す。


 「大分、精神が持ち直した様ですね。良かったです」

 「え、あ、はい」


 【一】の落ち着いた声が、【豹ヶ崎】の昂った感情の隙間に差し込まれる様にスッと入って、其れに呼応した様に【豹ヶ崎】も落ち着きを取り戻して椅子に座り直す。


 「さて、契約の話に戻りましょうか」


 パンッと手を叩いた【一】は控えらしき分厚い紙束を足元から取り出すと、バサリと雑にテーブルの上に置く。


 そしてペラペラと数枚捲ると、残りを退かして【豹ヶ崎】に見える様に一枚一枚をずらして広げた。


 「とは云え、殆どが後から見れば問題無いどころか、場合によっては全く使わない物が割とあるので、実際に見るべきは此の辺りの最初の十数枚程度なんですよね。


 勿論、見ておいた方が確実に生存率は上がりますが、契約だけなら必要無いんですよ。指示なので出しましたがね?」

 「成る程?」


 割と適当か?コイツ、と思いながらも此処迄の話の内容はちゃんと大事な物だったので、真剣に聞いて、聞き逃す事はしない。


 言われた書類を見れば、確かに先程見た給料等にまつわる物や、自家用車や交通機関のアレコレ、休日や其の他業務時間等についての事が書かれている。


 態々わざわざ、新しい口座を作ったりしなければならないが、先程の金銭の話を聞けば、仕方ないと云えるかも知れない。


 「必要なのはサインと捺印だけですか?一応、書類や身分証はありますが」

 「異動前に渡された物だけで良いです。


 後、私物の端末や本物の身分証等を持ち歩くのは構いませんが、少なくとも業務中はこちらが用意した物を使用する事をお勧めします」

 「其れって偽造では?」

 「えぇ、警察や政府黙認の紛う事無き偽造身分証ですね」


 【豹ヶ崎】の犯罪では?と云う疑問に、【一】は法外故に問題無いと平然と返す。


 ハラスメントだとか、長時間のサービス残業だとかの一般的なブラック企業とは別ベクトルでの黒さを隠す事無く口外する【一】に、【豹ヶ崎】は『此処迄、聞いておいて逃げられると思いませんよね?』と云う副音声の幻聴を聞いた気がした。


 と云うか、チラチラと命の危険がある事を漏らすのは本当に止めて欲しい。何なら、何も知らなかった頃に戻して欲しい。


 「後、言っておくべき事は、


 【業務中は【社員証】、【支給端末】、【ナガシビナ】、【筆記具及び手帳】は必ず所持している事】、


 【部署内や業務中には、支給された端末のみ使用し、例外を除く単独行動や、本名等の個人情報の開示は厳禁】、


 【部署内で止むを得ず単独行動をした際に、クスクスと云う嗤い声が聞こえたら立ち止まり、社員証を嗤い声が離れる迄、周囲に掲げる様に見せる】、


 【閲覧権限を持たない文書やデータは視聴しない。


 してしまった場合は、支給された端末で【#774】を押した後に繋がった事を確認して、【ナトリ様、ナトリ様、名前をお渡ししますので、お助け下さい】と言う事。


 其の後、情報管理課に出頭して待機し、全ての処理が終わった後に新たな【名前】を支給される】、


 【業務内容は可能な限り記録し、文字や絵等の視覚的記録は可能ならば紙等のアナログ的方法で直接記録する事。出来ない場合は、可能な時に書き写す事】、


 位ですかね?


 一応、異動の拒否権が無い上で、何かご質問はありますか?」

 「えっと、あの、先程の部屋の仮面……」


 其処で【豹ヶ崎】は言葉を止める。


 「仮面の事なら、問題無く収容されていると思います。


 仮面を着けていた男の事なら、今頃は死体袋の中じゃないですかね?」


 言葉の続きになるだろう【一】の二つの回答に、そうでは無いと【豹ヶ崎】は首を横に振る。


 「あの仮面は何ですか・・・・?」

 「さぁ・・?」

 「えッ!?」


 真剣に、其れこそ此処に所属する事になる上での覚悟としての問いだったにも関わらず、対する【一】の余りにも短い答えですらない返答に、【豹ヶ崎】は思わず大きな声を上げる。


 「いや、本当に分からないんですよ。


 勿論、アレがどんな事が出来るか。正確には、【発見時から現在迄に、此の施設内での実験等で確認された物】なら記録されており、其れを確認すれば当然分かりますので答えられます。


 でも、其れ以外の事、【其れ以前の来歴や起源】、【アレが秘匿していたり、閲覧者の権限不足を始めとする、何らかの理由から隠蔽された物】、【我々にとって未解の原理】等は分かりません。


 もし、貴女が求めている事が後者の事なら、此の世界の中で貴女自身が辿り着くしかありません」


巫山戯た様子の無い真面目な返答を、【豹ヶ崎】は受け入れた。


 別に、犠牲となった人事部長と特別な関係や感情があった訳ではなかったし、何ならあったのはハラスメントやらの悪評ばかりの男であったが、だからと云ってあの様な末路を辿る程の人物では……被害者からすればあったかも知れないが、兎も角、其の変死が【豹ヶ崎】が此の部署に所属する切っ掛けとなったのは間違いない。


 故に、知らねばならないだろう。


 此の世界で生きていく為にも。そして、自身を見初めたと云う【神】に抗う為にも。


 「では、最低限ですが、此れが一式です。ご確認を。


 武装等は、色々確認してから後程、支給しますね」


 【一】が足元から銀のアタッシュケースを取り出してテーブルに置く。


 「開けて大丈夫ですか?」

 「どうぞ」


 確認してアタッシュケースを開くと、中にはスポンジ状の緩衝材に嵌め込まれたストラップ型の【社員証】、某林檎の名を持つ会社の最新型の様に見える黒いタブレットとスマホ型の【支給端末】、【ナガシビナ】と思われる木材と布を組み合わせた何処か【豹ヶ崎】の様にも見える小さな人形のストラップ、黒い革の装丁の【手帳】とボールペンが入っていた。


 「では、一旦此処迄としましょうか。今日の所はお疲れでしょうし、お帰り戴いて構いません。


 因みに、【手帳】以外はかなりの突貫作業なので、後程更新します」

 「分かりました。ありがとう御座いました」

 「翌日、こちらから連絡しますので、確認次第こちらに向かうか、指示された地点に向かうか、将又(はたまた)体調不良等の理由で欠勤するかをお知らせ下さい」

 「分かりました。此処迄、改めてありがとう御座いました」

 「本日は大変、本当に大変お疲れ様でした」


 そして、【豹ヶ崎】は【一】の案内によって敷地の外へと出た。想定以上に時間が経っていたらしく、夕暮れでは無いが太陽の位置が思っていたよりも進んでいた。


 「さて、此れからどうなりますかね?」


 帰路につきながらそう呟いた。

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