第4話 【管理番号:087【嗤うデスマスク】】
・前書き:途中で視点変更有り
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【豹ヶ崎】は、暫しの放心による身体の硬直が解けて、崩れ落ちる様に其の場にへたり込む。
固まっていた故に顔を背けるが出来ず、恐怖の余りに見開いていた瞳孔周りに青と緑が交じる金眼は、骨迄露出した変わり果てた人事部長の顔を勝手に注視して、事細かに観察した情報を嫌でも脳へと送り込んできた所為で、既に視界から外れているにも関わらず、未だに鮮明に焼き付いた其れが白く発光する床に写り込んでいた。
「――ウ、ウプッ!オエェッ!」
精神的負荷が許容値を超えたのだろう。込み上げる吐き気を抑え切れずに、どうにか上体を出来る限り前へと持っていき其の場で嘔吐する。
スーツや床が汚れる事を厭わずに昼食だった物を全て吐き出して尚も締め上げる胃がキリキリと痛む中、収まらぬ吐き気に苛まれ、過呼吸となり荒い息を吐きながら大粒の涙と胃液混じりの唾液を零す。
「もう良いでしょう。【
「了解しました」
其の姿を表情は変えないものの、懐かしさと憐れみが混ざった眼で見る【
【五十嵐】は【豹ヶ崎】へと歩み寄ると横に膝を着き、彼女の背を優しく撫でて、落ち着いた声音で話し掛ける。
「大丈夫ですか?【暗猫】」
「も、申し訳……」
「無理しなくても良いです。先ずは深呼吸をしましょう。
はい、吸って……、吐い――」
「――おいおい、随分と其処の【子猫】ちゃんに優しいじゃねぇ〜か!!妬いちまうぜ、ダーリィ〜ン!!」
【五十嵐】の声を遮る様に、妙にテンションの高い嗄れた男の声が室内に響いた。
【豹ヶ崎】の背を撫でる手が止まる。無意識に【五十嵐】の方を向いた【豹ヶ崎】の眼は、未だに涙で滲んで見えずにいたが、何となく其の顔は部屋の奥へと向けられている様に感じた。
「お前にそんなに人の心みたいな物があったなんて知らなかったぜ。其れとも、流石に学習して模倣する程度の事は出来る様になったって事か?」
「煩いぞ。【管理番号:087】」
【五十嵐】を馬鹿にした様に嗤う男の声に、【五十嵐】は敬語の外れた極寒の声音で、声の主に向けて黙る様に言う。
「おいおい、相変わらず冷たいじゃねぇ〜か、ダーリン。其れとも、其処の【子猫】ちゃんに
「……フゥ……【一】君、【暗猫】を連れて退室して下さい。
【
「了解しました。
……肩を貸します。【暗猫】、動けますか?」
「は、はい……」
「【
尚も挑発的に嘲笑う声の主に、【五十嵐】は精神を落ち着ける為か、一度大きく息を吐くとそれぞれに簡潔な指示を出す。
【豹ヶ崎】は【一】に左肩を借りて何とか立ち上がると、自身を支える【一】の動きに従ってヨロヨロと歩いて部屋から出る。
「……ご愁傷様、で良いのでしょうかね?異動先がこんな場所で」
「いえ、あの、其れは……」
通路で顔を向けずに掛けられた言葉に、【豹ヶ崎】は上手く言葉を返せない。其れに構う事無く、【一】は言葉を続ける。
心底憐れむ様に、隠し切れなかった恐れと敵意の色を滲ませて、意識的に繕った平坦な声音で其れを告げる。
「でも、申し訳ありませんが嫌でも慣れて貰います。
だって、
――――――――――――――――――――――
【
【五十嵐】の眼の前で収容されている【嗤うデスマスク】は、素材が象牙質の硬質な仮面であるにも関わらず、まるで柔軟な筋肉と皮膚で構成されているかの様に口角を吊り上げ、一見歯の無い口を動かし、存在しない眼を向ける様に目元が変化する。
「お?やっと相手してくれるのか?ダーリン」
「嗚呼、だから答えろ。
【五十嵐】の凍て付いた視線と声音の問に、【嗤うデスマスク】は存在しない筈の喉を鳴らす様にクククと心底面白そうに嗤う。
「ククク、本当にあの【子猫】ちゃんは何者だ?
はぐらかす様に明言せず、逆に【豹ヶ崎】について知ろうと質問をする【嗤うデスマスク】に、其れでも【大物】と云う単語が何を指すかを理解している【五十嵐】は、質問に答える代わりに舌打ちと確認の言葉を返した。
「チッ、間違いないんだな?」
「おいおい、ダーリィ〜ン。俺がお前に嘘なんて吐く訳無いじゃぁ〜無いかぁ〜。
其れとも、本当にあの【子猫】ちゃんにご執心なのかい?」
黒い液体を両眼の穴から涙の様に垂れ流す【嗤うデスマスク】の戯けた口調の問に、【五十嵐】は苛立ちの籠もった視線を向けて沈黙を返す。
対する【嗤うデスマスク】はニヤニヤと嗤うと、先程迄とは一転した低い落ち着いた声で告げる。
「忘れるなよ。お前は既に深入りし過ぎている。もはや抜け出す事は叶わない事を」
「全く、相変わらず忌々しい」
「其れでも俺は愛しているぜ?ダーリン。だからお前
「……本当に忌々しいよ」
吐き捨てる様に放った言葉以上に、冷たく嫌悪が籠められた視線を向ける【五十嵐】を、【嗤うデスマスク】はそれを面白がる様に嗤い続けていた。
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