第37話 皇子とポチ


 ――と、そんなことから、早一年とちょっと。


「やっぱり、ノア姫にはバレたかな~」

「オマエの性格の悪さが?」


 ニーチェ=フォン=アニス。三歳。前皇帝の正当なる後継者。

 無邪気でわんぱくな愛らしい皇子として、王宮ですくすくと成長中!


 ただし、こっそりおっさん悪魔と共存中……ってね。


「正直、きみには言われたくないよね~、メイドちゃん」

「メイドじゃない。ポチはノア姫のペット」 


 ここは、ノア姫が俺を気絶させた――と思っている場所。かつてエーデルガルド陛下が母君と生活していた部屋だ。ノア姫はかくれんぼと称して今一度ニーチェ皇子にここを案内させ、暖炉から地下に繋がっていることを確認。ニーチェ皇子を気絶させ、ポチに皇子の保護を任せて地下へと向かった。


 ま、俺は手刀の寸で急所を逸らして、気絶したふりをしていたんだけど……なんで俺、紐でぐるぐる拘束されているのかな!? 


「で、きみは俺の保護と護衛を命じられていたんじゃなかったかな?」


 ちなみにぐるぐる巻きにされる前に、針で頸動脈を狙われて三回ほど避けている。致し方なく正体を明かしたら、こうしてぐるぐる巻きにされたという顛末だ。


 当然、紐には魔力がこれでもかと込められており、三歳児の身体じゃそうそう簡単には千切れそうもない。ちょっとでも動くとニーチェ皇子の身体に食い込んで傷が付くというのもある。


 ノア姫が見えなくなった途端、そんな蛮行をしたケモ耳メイドのポチちゃんが、三歳児の俺に向かって冷徹な視線を向けてきた。


「オマエにウロチョロされるのが一番危ない」

「だから~、こうして俺が表に出て、ニーチェ皇子の行動を制限してるじゃん?」

「オバケなんか信用できない」

「オバケじゃなくて、悪魔ね?」


 いつぞや隠れ見ていた決闘のごとく『キャハ、殺すぞ』のテンションで来られたらおっさんどうしようかと思ったが、意外と落ち着いて話してくれて助かっている。

ケモ耳なんて着けているからどれだけの不思議ちゃんなのかとおっかなびっくりしていたけど……今はおっさんとお喋りしながら、彼女は淡々とお裁縫をしていた。


 どうやらドレスを直しているようだ。器用だね、さすが女の子だ! 

 おっさん的に、イマドキのおなごの好感度大アップである。


 ポチちゃんの冷たい視線もなかなかそそられるものがあるしね。

 チクチクお針子さんしながら、ポチちゃんが一視もくれずに訊いてくる。


「国、乗っ取るの?」

「いんや。子どもたちが築いていく国を守ろうと、これでもおっさん善人のつもり」

「オッサンに身体を乗っ取られてる皇子が可哀想」

「それはそう! ……だけど、この子には次期皇帝として、すくすく育ってもらわなきゃなんないっしょ? じゃなきゃ、いつまでもお姫様が男装をやめられないからね」


 きっとそのときは、本当におっさんが死ぬとき。

 あっという間か、それとも長いのか。

 そもそも、どうやって死んだらいいのか。


 先のことはわからないけれど、今、俺ができることは一つだった。


「息子がすまなかったね」

「息子?」

「そ。おっさんね、生前はセベクの親父だったの」


 すると、ポチちゃんは「あーあいつか」と耳をピョコピョコ動かして。

 相変わらずの無表情で、再び針を進め始める。


「別に、アイツなりに一生懸命だっただけでしょ。今度会ったらポチがぶっ飛ばすけど」


 セベクが追放されたとき、正直、俺は嬉しく思った。

 あいつは、城のことしか知らないやつだ。

 戦争に巻き込まないために、俺がこの狭い場所に押し込めていた。


 だけど、そんな戦争は終わったんだ。

 だから、あいつには広い世界を見てもらいたかった。様々なものを見て、聞いて……俺なんかに憧れていた大切な息子には、自由に生きてもらいたかった。


 そんなあいつが、ケモ耳メイドにぶっ飛ばされるのもまた人生だ。


「そーね。そーしてやって」


 ……なんて、親のエゴにすぎないし、よそのお嬢さんの人生を壊した大人の自分が、言える筋合いはないのだけど。


 だけど、俺の手足が自由になる。どうやらポチちゃんが紐の魔法を解いてくれたらしい。


 悪魔の俺なんかを信用してくれたってこと? 

 嬉しいなぁ。戦場の兵士だったら「甘い!」って叱るところだけどね。


「ありがと」


 だけど、俺は感謝を述べる。

 ここは、エーデルガルド陛下の一番幸せだった思い出が詰まっている場所だから。

 彼女も、このケモ耳ちゃんも、戦場と無縁の場所で生きるべき存在だから。


 だから、俺もひとりのおっさんとして、ギリギリまで頑張らないとね。


 床がガタガタと揺れている。今頃地下では、ドンパチやっているのかな?

 まったく情けない話だ。肝心なところは女の子に任せるしかできないなんて。


 代わりに小さな皇子様は、元近衛団長としておっさんがしっかり守ってみせますとも。


「でも、せっかくこの世に生があるなら……」


 おっさんにも、たまにはご褒美が必要だ。

 そう――今一度、おなごの柔らかい乳に触れたい!


 今なら見た目は三歳児。

 ちょっとの好奇心で手を伸ばしても、笑って許されるかわいい年齢!


 俺がゆっくりとケモ耳娘の胸に手を伸ばすと、ドスの利いた低い声が俺を射貫く。


「殺すぞ」

「ウッス」


 ――イマドキのおなご、こわい。

 いつかあの世へ行けたなら、先に逝った友に思いっきり愚痴ってやろうと思う。

 

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