第28話 あくまで寝物語②
「正直わたしも詳しくないのですが……暗部で極秘裏に進められていた研究のひとつだと耳にしたことがあります。特に戦時中、アニス帝国の劣勢が続いたときに加速した研究なのですが……わたしが皇帝になったことで、計画の成果が表舞台にあがることはなくなったと」
戦時中は、シャルル王国でも武器や魔法の開発研究が加速した。
それと同じ流れだろうが、開発が中断した理由に、私は苦笑する。
「お強い皇帝が魔法で一掃すればいいから?」
「まあ、そういうことですね」
あっさり肯定してくるけど、けっこうなお話である。
ニーチェ皇子が持ってきた実験計画書はあくまで試用段階だったが、特殊な魔法陣により生きている人間の魂を悪魔化させる手法が書かれていた。魂を変質させることにより、理性の箍を外し、通常より強力な魔法が使えるようになるという理屈らしい。
最初は本物の悪魔同様、変質させた魂を別の人間に憑依させようとしたらしいが、やはり難しく……結果として、肉体はそのまま魂だけを変質させる方法へとシフトしていったとのこと。
なのでおとぎ話で出てくるような死後のゴーストという意味での悪魔とは似て非なる存在。悪魔化計画……なんて名前がついているようだけど、他国の人間からすれば『人間バケモノ化計画』といったほうが適切な気もする。
当然、その被験体には魔法に長けている者が集められたようだ。
しかし魂の強制的な変質なんて、通常の人間に耐えられるものなのだろうか。
その計画書には実験経過も記載してあったが、当然のように犠牲が多かったらしい。魂のみならず身体も変質し、異形の化け物となってしまうケースもあったという。それも数分もせずに死んでしまうらしいのだが。
そんな道徳面の問題もあって、現在は実験チーム自体が解散させられているのだという。
「でも解散を命じたのが、あのメガネなんだね。メガネのお父さんが長い間研究の代表者だったらしいけど……セべクのお父さんの件といい、気が利く宰相じゃない?」
「……まあ、そうかもしれないですね」
おや、どうにも煮え切らない答えだな。
皇帝の名前ではなく、彼の名前でその記録書は綴じられていたから……皇帝としては、面白くなかったりするのだろうか。
「まあ、そんな過去の悪しき計画の詳細より、由々しき問題がひとつ」
私はわざと身体を大きく揺らす。いまだ私にくっついたままのエーデルガルドを強制的に揺さぶると、お湯がちゃぽちゃぽと浴槽からあふれた。
「どうしてこんなものが皇子の目に届くところに!?」
「皆目見当もないのですが……その点に関しては弁明の余地もなく……」
エーデルガルドがわかりやすくため息を吐く。
男装していることは隠していても、彼女がまだ二十歳にも満たない若者であること、そして妾腹の子であることは知れ渡っているらしい。いかに強大な魔力を持っていても、内政は別問題なのだろう。パーティーのときに、その苦労の一部はこちらも見ている。
管理不足か。誰かの嫌がらせか。
少なくとも、そんな闇実験の詳細が他国の者の手に渡らなかっただけよかったのかもしれない。今、この城には結婚式のため、大勢の貴族が集まっているのだから。
「とりあえず、その記録書は私が預かっているから。あとで持って帰ってね?」
「ありがとうございます……」
今一度深いため息を吐いた男装皇帝が「さて」と立ち上がる。
エーデルガルドは濡れた金髪を耳にかけながら訊いてきた。
彼女の白陶磁のような肌が水滴を弾く。なので、彼女の豊かな下乳からポタポタ落ちる水滴を、私は見上げることになった。
「それでは気を取り直して、どちらからにしましょうか?」
「なにを?」
「ご奉仕です」
「はい!?」
思わず、声が裏返ってしまった。
え、ご奉仕って……そういうこと?
ベッドではなく、お風呂で?
「こういうときはどちらが正しいのでしょうか……妻が甲斐甲斐しく夫に尽くすのか、それとも男らしく夫が妻をエスコートすべきなのか……」
きょとんと、小首を傾げる姿は愛らしい。
しかし表向きはともかく、私たちは同性なわけで。
外聞のためにそういうこともしている風を装う必要は出てくるかもしれない……というか、すでに強制的に行われているわけだけど……今日もするの? お風呂で? まだ結婚式前だし……そもそも、あなたさっき私のペットをぶちのめしてきたばかりだよね? 事情が事情だし、処刑されないだけ、彼女なりの温情だとわかっているけれど。
それでも、今じゃないと思うのだ。
「経験が久しいので、先にお願いしてもいいですか?」
「……私に経験があるとでも?」
「わたし性別を偽っている以上、いつもお風呂も一人で入ってまして。作法が今ひとつわからないんですよね」
「そ、それは、ご苦労様だね……」
「でも、ノア姫はいつもポチにしてもらってますよね?」
「私とポチをなんだと思っているの!?」
思わず私も立ち上がって文句を告げると、皇帝がニコニコと私にタオルを渡してくる。
「それでは、先にわたしの背中を流してもらえますか?」
私が現状を把握するまでに、数秒を要した。
……あ、そういうこと?
その後、私たちは無事に背中の流し合いっこをした。
お風呂を出た後も、皇帝は当たり前のように私の寝室でいっしょに寝るようである。
「今夜も寝酒に付き合ってもらえますか?」
「また薬を入れたんじゃないでしょうね」
「さぁ、それはどうでしょう?」
「怖い旦那様だこと」
とはいっても、私はしょせんは敗戦国からの生け贄。
戦勝国の皇帝からの命令に逆らえるはずもない。
だから、エーデルガルドが注いでくれたグラスを一気に飲み干す。
それは喉に焼け付くほど、甘いお酒だった。
「おいしいですね」
紳士用パジャマを着た『エーデルガルド』という少女がにこりと微笑む。
その笑みがあまりにも無邪気で楽しそうだから。
私も釣られて、苦笑を返してしまった。
だけど翌朝、エーデルガルドは城のどこにもいなかった。
城内が皇帝の不在で騒然としているのが、部屋の中まで聞こえてくる。
私はベッドテーブルに置かれた一枚の書類を手にとった。
その『離縁状』には、エーデルガルド=フォン=アニスと署名が記されている。
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