最終章ー愛の記憶5

5日ぶりにわが家に帰った俺は、自動食事補給器のスイッチを切って

犬のリーに手作りの夕食を作った。

彼女のよだれの量で喜びがわかる。

こいつは相当喜んでいるみたいだ。


美味しい食事か? 久しぶりのご主人と対面か?

愚問だった。飯に決まっている。


リーのトイレ専用の部屋はもう想像通りの悲惨な状況にあったが、と

りあえず片づけた。

一階の店の郵便受けに入っていたジャンクメールをゴミ箱に捨てなが

ら、今回の事について考えていた。


その中に Three Leaves 社の緑の厚めの封筒が入っていた。 俺はこれが、悪い連絡か良い連絡かを考えた。 最悪は、パティの体に息づくレイチェル婆さんからの脅迫状だ。 まず、振り込んだ300万ドルの返還、情報封じの為の俺の暗殺の予告、

さらに、俺の情けない過去の公表だ。


前略、パティです、と、その手紙は始まっていた。

おい、本物かい。

俺はイスに座ることもできずに一気に読んだ。

そこには思いもかけなかった事実が書いてあった。


エリック、つまりパトリシアの義父が無残にも脳を摘出される前日に、

レイチェル会長とその息子以外の十二名の全役員が極秘に集まっていた。

そして、彼らは全員一致であまりにも冷酷残忍で横暴なレイチェル会

長をこの総会で辞任に追い込む事を決定した。


白紙委任という形で全権を移譲されたパトリシアは、自分の右腕を切

り落とし他人の右腕を移植するのはどうしても拒否したかったので

50%以上のアイルランド国籍の条項を次の総会で破棄する事を条件に、

全ての役員の賛同を得て次期会長になる事を確約した。


ところがそれを事前に知ったレイチェルは、首謀者のエリックを脳溢

血という形で事実上抹殺した。


実はそれこそがレイチェルの最終で最大の目的だった。

自分に敵対する異分子のリーダーを殺し、さらに、パトリシアの若く

て健康な体と自分の脳が合体されればこれから後百年以上は君臨できる

はずだった。


おいおい、ちょっと待ってくれよ。

それじゃぁなにかい、俺は自分の命もかえりみず勇敢にもあの婆さん

に会いに行ったのは、意味がなかったのかよ。


50%以上のアイルランド国籍の条項がなくなれば、誰だって代表権を

手に入れられる訳じゃあないか。

勘弁してくれよ。


そして、あの事故が起こった。

パティによれば、俺は天から降りてきた白馬に乗った救世主様だったと。

あのままでは確実に脳の移植が行なわれていた。


あの婆さんの事だから、万が一失敗しても、次のには世界中からアイ

ルランド国籍の比率の高い臓器を金に糸目をつけずに自分自身に移植す

るだろう。


しかし、一番の目的はパトリシアの若い肉体だった。

あの事故によりレイチェルは呼吸困難になり、緊急信号ですぐに病院

に連絡した。

駆けつけた Three Leaves 社の病院長はその場に立ちつくした。

そこには、瀕死のレイチェル会長、役員のパトリシアが椅子に縛りつ

けられていて、大きなガラス容器には脳が浮かんでいた。


さらに、その脳の前のスピーカーからレイチェル会長への罵詈雑言が

聞こえてくる。

そうか、エリックはまだ死んでいなかったのか。

それはよかった。


俺は少しほっとし、後にある椅子にドサッと座り込んだ。

ここまで読んで、俺は冷蔵庫から冷えたジンビーを一本持って来る事

にした。


まあ、悪い手紙ではなかったな。

こんな特別な日には二本のジンビーが必要だろう、

一本を横の古いサイドテーブルに置いた。


そして、今度はゆっくりと椅子に座った。

俺はいつものようにチビチビと飲みながら続きを読み始めた。


総会ではレイチェル会長の退陣要求は出なかった。

自ら退陣を表明し、後任に故エリックの娘で役員のパトリシアを強く

支持する短かな話をして病院からの画像と音声が切れた。

その時点で事実上パトリシア新会長が決定した。


ただその前にレイチェル会長の形式上の事案という形でアイルランド

国籍条項の棄却が即決された。

俺が思うには多分、病院長が見た事を公表されるのを防ぐために、

レイチェルはパティのどんな要求も飲まざるを得ななかったのだろう。


もし万が一、脳の移植をしようとした事実が公表されれば、巨大企業

も一夜にして倒産だからだ。


当然、この病院長も新役員に名を連らねているのだろう。

300万ドルの俺への振込みは、ライバル会社の臓器移植の市場調査

費用として総会で計上された。


勿論満場一致で可決され、その調査内容をパトリシア新会長が絶賛し

俺はなんと社外役員で市場調査委員長に推薦された。

おいおい、まじかよ。臓器移植には商売上多少知識はあるが市場調査

委員長だって。


どうせ、何処かで作成した論文を俺の名前で発表したのに違いない。

最後に手紙にはこう書かれていた。


『ヒョウ、今度の事は本当にありがとうございます。

もし、あの時に貴方がいなかったと思うと今でも息が止まりそうです。 今、最高水準のロボットを作らせているの。 そう、義父の脳を入れるためなの。もちろん以前とそっくり同じ体でね。 でも残念ながら、義父は死んだ事になっているから自宅以外には出られないけど、それでも義父はとても喜んでいるわ。 そうそう、義父からの伝言で“We are traveling in the footsteps

of those who’ve gone before(私たちは逝ってしまった人たちの足跡 を踏みながら旅をしている)”と言っていたけど、これってどういう意 味なの?

そして、もしヒョウが市場調査委員長という職に興味があるなら、連

絡してくださいね。

勿論、高給でお願いしたいの、是非考えてね。

パトリシアより愛を込めて』


エリックの伝言は、聖者の行進の歌詞だ。


昔黒人たちが葬式の時に歌った、白人の迫害を受けながら聖書の中に

ある最後のラッパを聞いて死んでいったという魂の鎮魂歌だ。

俺は、誰かが踏みしめた足跡なんかは絶対に踏まない、俺だけの道を

行きたいのだ。


また、あの時代を思い出したぜ。俺は暗い気持ちになった。

この嫌な気持ちを切り替えるために俺は一人娘にメールを送った。


今度の土曜日の夕食の招待だ。少しお金に余裕ができたから、前から

感 情 ペ ン ダ ン ト

欲しがっていた EMO PEN/emotionzpendant を買ってあげるとの、おみや

げ付きだ。

もう物か金でしか振り向いてもくれないのは情けないが、最近はそれも愛情

だと割り切っている。


EMO PENは、目の前の人の感情を判断する新発売のティーン用の玩具だ。 これで相手の感情を理解するらしい。 俺には、こんな物に頼らなければ人の感情を理解できないのが不思議だ。


最近は、相手の目を見るだけで 100%理解し合える人間関係が皆無な

おかげで、この玩具メーカーは莫大な利益を得ているのだろう。 こんな小さな物が2,000ドルもするなんて、それを親が子供に買ってやるなんて......そいつは俺か。


もちろん娘の承諾を得るために、前妻には最新タロットをちらつかせた。

400億通りの組み合わせができるらしい。


日々の使用者の体調で結果は変わるらしいが、こいつもつまらない新

商品だ。


最近はトランポリンみたいな物で空中で回転しながら射撃するスポー

ツのインストラクターと付き合っているらしいが、まあそれも半年もも

たないだろう。


メールを送った五分後に二人から承諾のメールを受け取る。

なんてげんきんな奴らだ。

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