影1

「お父様、ここにコーヒーを置きますね。お父様、ねえ、お父様、」

「あ、パトリシアか。ありがとう、すまない、少し考え事をしていたん だよ」

私は、最近よく自分の過去の人生について考える。


そう、あれは私が九歳の誕生日の一ヶ月程前の出来事だった。


かつてニューヨークと呼ばれた大都市の片隅にある小さな孤児院が私

の住居で全ての世界だった。

うらぶれて朽ち果てていくようなビル群の中にある小さな薄いピンク色の

五階建てのビルだ。

知らない人が見れば、明らかに売春宿に見えてしまうだろう。

その色の理由は単純だ。


時々やってくる、親になる事に夢と希望をもってくる人々が現実から

遠く離れるようにだ。そこはまるで小さなおとぎの国。

そこに行けば夫婦の幸せが叶えられる夢の世界だ。


特に子供を欲しがる母親役の気を引くためにこの色を使っている。

可愛い女の子、そう、お人形さんのように瞳がブルーで、長い金髪の女子

が一番の人気だ。


私は三歳の時からここに住んでいた。九歳になればもうここを出てい

かなければならない。それは一種の自立とされているが、本当は商品価

値の無くなったケーキがショーケースから他の場所に移動させられるだ

けだった。


もうすでに、私は次の機械工職業訓練が併設されている寄宿舎に決 まっていた。

一番人気の可愛い赤ちゃんは一階の特別ルーム、二〜五歳の子は2階

のお遊びルームにいる。僕たち年上のグループは、3階の図書の一室にいた。

私はその時の事をよく覚えている。


その朝は、なぜか園長先生の徹底した行儀指導が行なわれた。髪型、

服装、爪、さらに靴まで念入りなチェックがあり、これまで以上の厳し

い審査があった。


きっと特別な人の訪問か、養子縁組の予定があるに違いなかった。

でも、いつもながら私には何の注意もされなかった。

きっと私には無関係に違いないと思っていた。


図書室の奥にある、薄汚いカーペットの上に寝ころびながら、同じく

行き遅れの友達が私に元素記号について質問をしている時だった。


1階で、園長先生の大きな叫び声が聞こえてきた。


「レイチェル会長様がお越しになられました。皆さん静粛に、皆さん、

会長様のお越しです!」

その女性が毎月10,000ドルの寄付をするこの孤児院では最高の援助者

である事など私は全く知らなかった。


その後、カツカツとハイヒー ルを鳴らしながら二階へ、さらにここ三階に

その女性が上がって来た。

その後ろには園長先生、副園長、さらに各先生が続いて上がって来ら

れた。


「確か、送ってきたデータには八歳の頭の良い男の子がいたわね、どの

子?」

園長先生は私の横に立つと、薄汚れたカーペットに座って本を読んで

いた私を無理やり立たせてこう言った。


「はい、レイチェル会長様、この子です。IQが205で、この周囲の

小学校でも一番の成績です」

その女性は、私の顔を直視した。私は顔の半分がやけどでケロイド状

態だ。さらに左手が手首から無く、右足は不自由だ。


多分、100万ドル以上の高額な医療費を支払えば正常な肢体に直る

かもしれないが、そんな事をする人は誰もいなかった。

ほとんどの親候補達は、目を背けるか又は頑張ってくれと言って

さっさと私の目の前から消えていた。


だが、この女性だけは違っていた。私の目を見ながらこう聞いた。


「あんたの一番と二番とそして三番の望みはなんだい?」


私は驚いた、こんな質問を聞いた事がなかったからだ。横にいる園長

先生が私をチラリと見ているのに気が付いた。


もし、親候補に希望を聞かれたら、回答は一つだった。


それは暖かい家族、というのだった。


残念ながら、私は焼け出された飛行機の中から救出された時はたった

一歳だった。

その後、病院で過ごし三歳の時にここに放り込まれた。


両親共その飛行機事故で亡くなっていた。暖かな家族を過去に知らな

いし、それが必要かどうかは私には分からなかった。


私は一つ大きくため息をついてはっきりとこう言った。

「一番はお金です、この不自由な体を直す為に」

「二番もお金です、読みたい本を沢山読めるように」

「三番もお金です、将来大学に行けるようにです」


今度は園長先生方の大きなため息が聞こえてきた。

私はもうすでに次の行き先も決まっている。

それは多分変更も無いし、中止もないだろう。

すると、その女性が言った。


「わかった、ついておいで。今日から私があんたの保護者だよ。

ただ言っ ておくけど、あんたの親にはなれないよ」


それが、レイチェル会長との初めての出会いだった。

その時レイチェル様は76歳、私は8歳だった。


不自由な体で一階までやっと降りる頃には、全ての書類ができ上がっ

ていて、ただ私がサインをするだけだった。


まだ、9歳になっていなかった私は正式な名前がなかった。

そこに担任の先生の名前を書き、仮の後見人としてこの名前は私の先

生だと追記した。


見たことも無い大きく長い黒い車に乗った私は、ニューヨーク郊外の

広大な敷地にある巨大なお城のような屋敷に連れて来られた。


そして半年後、私はどこから見ても完璧に普通の少年の姿をしていた。

九歳の誕生日がついに来た。近くの役所へ行って自分の名前を登録す

る日がやって来たのだった。


私はこの日の為に考えて、考えた名前を入力するつもりだった。

その名は、アイルランドの聖人の名、セント・パトリックだった。


たった一人で異国に殉教に行き、その国の歴史を変えた聖人の名前だ。

しかし、レイチェル様がその朝、私の部屋に来てこう言った。


「今日は登録日ね、エリックという名にしなさい。エリック・マクガイ

ヤー、いい名前じゃない」


私は反抗ができなかった。いや、それどころか、良い名前ですねと、

お世辞まで言ってしまった。

後からこの名前はレイチェル様が小さい時に使っていた犬のロボット

の通称名だと聞いた時にはさすがにショックだった。


その後からはすごい勢いで、私の人生が大きく激変していった。

与えられた環境は望みうる最高の舞台だった。


私は常に努力を惜しまなかった。

私を選んでくれたレイチェル様の恩に報いる為だった。

当然、私立中学、私立高と首席で卒業した。いつも成績を報告する時

が私の人生で最高の時間だった。


ただ、レイチェル様は、その報告を当然のように聞いておられた。

そうすると、またさらに私は勉強に打ち込んでいった。

他の友人達の冷たい視線も気にならなかった。


私はこの国の最高水準の国立の工業大学になんなく入学した。

さらに大学院を首席で卒業した。

また人工脚の自動制御移動システムの論文で博士号を取得した。

これは画期的な発想だった。通常、人工脚はいかに脳の指示に完璧に

瞬時に応えるかが性能の全てであった。


しかし私の考案したこの人工脚は独自にコンピュータを持っていた。

万が一、脳が機能しなかった場合は、この人工脚に埋め込まれた自動

制御で体のバランスを取り、転倒せず、つまずきさえもせずに完璧な歩

行ができた。


多分、私が幼い時に航空機事故にあった事がとても起因していると思

う。

これにより、事故や火災で脳が損傷して意識が朦朧とした状況でも、

歩くという意志さえあれば通常通りに歩行ができた。


脚は上半身のバランスを制御できる全ての情報さえあれば、脚自身の

意志で停止、歩行、さらに走行が可能である事を私が証明した。


実際に試作段階の実験で私の使用している人工脚の右足での装着をし

た時は、感動をしたものだった。

正常なはずの左足の方がよくつまずく現実には私自身が一番驚いた。

この学生時代が私の最高で最後の人生だっただろう。


私を待っていたのは、レイチェル様が率いる世界の人工臓器のトップ メーカーの Three Leaves 社への入社だった。


もうその頃には、私はレイチェル様への忠誠心が完全なものになって

いた。


やっと本当にご恩をお返しできる喜びでいっぱいだった。

これで、レイチェル様に本当に喜んでもらえると。


しかし、その後に苦難の服従の生活が来る事をまだ知る由もなかった。

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