第316話 ミルロ地方の魔塔第5階層1

 体力を回復させ、準備を万端整えてから、5人で赤い転移魔法陣へと足を踏み入れた。

  シェルダンは薄暗い闇の中、目を凝らす。

 次第に目が慣れてくる。

(これも祭壇と言えば祭壇か)

 自分を納得させるかのように、シェルダンは内心で呟く。

 土がむき出しの壁面。人工物を模してはいないが、奥にはこんもりと盛り土のような祭壇が設けられている。広い、ドーム状の空間だ。

「いよいよね」

 ルフィナが言い、後方へ退がろうとする。

 クリフォードも倣う。2人とも、もう何度目かの第5階層であり、魔塔の主以外に魔物がいない、と分かっているが故の行動ではあるが。

 シェルダンは起き上がりつつある魔塔の主に視線を注ぐ。

「ルフィナ様、クリフォード殿下、私から離れすぎないようにしてください」

  前衛に近すぎると巻き込まれてしまう。自分の近くが良いだろう、とシェルダンは即座に判断した。

  いつもとは違うシェルダンの言葉に、訝しげな顔をする一同。

「どういうこと?シェルダン?」

  紫色の目を向けて、訝しげにルフィナが尋ねてくる。

  説明する暇もない。

「キシャキャキャキャ」

 けたたましい耳障りな、悲鳴にも似た、甲高い叫び声を魔塔の主があげる。 影が盛り上がって、魔塔の主が姿を晒す。

 5ケルド(約10メートル)はあろうかという砂色の巨体。4本の後ろ足が腹部から生えており、巨体を支えている。腹部の端から垂直に立つ、胸部と頭部の間から2本の前腕が生えていた。 頭部には人間の女性に似た、真っ白な顔が張り付き、自分達を睨みつけている。2本の腕にはそれぞれ太い黒色の杖を掴んでいた。

「女帝蟻。一筋縄ではいきませんよ」

 シェルダンは渇いた声で呟く。

  ここにきて、虫型魔物の中でも史上最大の難敵だ。 熱気が肌を打つ。

「よしっ、魔塔の主、女帝蟻よ。我が名はクリフォード・ドレシア!貴様を焼き尽くす者の名前だ!」  

  高らかに名乗りをあげて、クリフォードが中空に赤い円陣を生む。

 何が『よしっ』なのであろうか。

「いけっ、獄炎の剣」

  いきなりの大技だ。

(まったく、炎魔術については、ほんとうに怪物だ)

  半ば呆れながらシェルダンは女帝蟻へと向かう炎の剣を見やる。 かつては時間を稼がないと撃てなかった魔術だが。今ではわずかな時間があれば撃てるようだ。自分が巻き込まれた時よりも大きい気もする。

(これが通るなら、楽で良い)

 期待を込めてシェルダンは炎の剣が女帝蟻に突き刺さろうとするのを眺めた。

 ゴドヴァンやセニアも油断なく敵に視線を向けたままだ。

  セニアが盾と聖剣を構えたまま、壊光球を浮かべる。自分に言われずとも、ただ傍観するだけでなく準備をしたのだ。成長したものだ、とシェルダンはつくづく思う。

 女帝蟻が杖を掲げる。

 白い顔の口が動く。魔術師が詠唱しているかのような動きだ。

「なにっ!」

 驚いてクリフォードが声を上げる。

 見えない壁に獄炎の剣が受け止められ、消失したからだ。

「打ち消しの魔術だと!」

 傷1つ負わせられなかったことに、少なからぬ衝撃をクリフォードが受けている。

 シェルダンには分からないが、使われた本人が言うのなら、『打ち消しの魔術』を使われたのだろう。現に消えているのだから。

「奴はあの巨体に莫大な魔力を有し、魔物でありながら魔術を用います」

  シェルダンは淡々と説明した。

 既にゴドヴァンとセニアが動き始めている。

(正しい。殿下がだめなら、前衛が勝負を決めるしか無い)

 自身も鎖分銅を回転させつつシェルダンは思う。自分も静観していられるわけはないのだった。

「どうやら殿下に勝るとも劣らないようですね」

 更にシェルダンは付け加える。

 自分も先代達の資料で情報を知っているだけなのだ。具体的にどれほどのものかは分かりようもない。

「そういうことは先に言ってくれ!」

 人の気も知らずに勝手をクリフォードが叫ぶ。

「効くなら越したことはない、と思いました。期待の裏返しですよ」

 シェルダンは返し、自身もゴドヴァンとセニアを援護するべく女帝蟻を見据えた。

「開刃」

 セニアが壊光球に鎌のような刃を生み出して回転させる。切断力が高く、クリフォードの大技と違って仲間を巻き沿いにもしない。

(やるな)

  セニアに対しても、女帝蟻に対してもシェルダンは思う。 目まぐるしく動く壊光球5つを2本の杖で正確に女帝蟻が受け切っている。

 レナートではこういう高速の攻防は出来なかった。

「お二人ともっ!奴は炎と地、2種の魔術を攻撃に用います。杖と巨体だけに気を取られぬよう願います」

  シェルダンは前衛の2人に注意を促す。

「はいっ!」

 セニアが良い返事をした。素直さは美徳だ。

  ただ返事が良いだけではなく、盾で身をしっかり守ろうとする。

  杖2本がゴドヴァンに向かっていてなお、用心したのが良かった。無詠唱のファイアーボール、火炎球がセニアに繰り出される。

「ぐうっ」

 セニアが盾で受け止めるも苦悶の声をあげる。衝撃で壁に叩きつけられたからだ。

「うおおっ!」

 一方、うまくかいくぐったゴドヴァンが大剣で女帝蟻に斬りかかる。 ガキン、と音がして大剣が杖で受け止められた。 更に女帝蟻がゴドヴァンの身体を払い除けようとしてくる。 飛びのいて、ゴドヴァンが身を躱す。

「杖の扱いも上手い、か」

 シェルダンは呟く。

 また女帝蟻がゴドヴァンと打ち合いながらも口を動かし始めた。

 まだセニアが動けずにいる。

(ちいっ)

 シェルダンは鎖分銅を飛ばす。

 女帝蟻の白い顔面が自分の方を向く。

 ゴドヴァンの大剣と打ち合っていない方の杖で、たやすく叩き落されてしまう。 少しの間だけ、詠唱を止めただけの攻撃だった。

(そう、たやすくいくとは思ってない)

 シェルダンは鎖分銅を手元に戻す。

 ゴドヴァンに逃げる間を与えたかっただけだ。

「キキャー」

 耳障りな声とともに炎の壁がセニアとゴドヴァンに迫る。 間一髪、ゴドヴァンがセニアを抱えて下がってきた。

「くっ、炎に炎は。まして、私の前で炎を使うなんて」

  悔しげにクリフォードが唇を噛んだ。 もどかしい気持ちもわかる。

 魔塔攻略をこなし、古く強力な魔塔となるにつれて、階層主や魔塔の主もクリフォードの一撃で倒しきれなくなった。 本人も、難しさやもどかしさを感じているはずだ。

「簡単に勝負を決められる相手ではありません。殿下がしくじっているわけではない。好機を、働きどころを待つのです」

 シェルダンは肩に軽く触れて、クリフォードに告げる。

 クリフォードが嫌な顔をした。

「出来ればそういう素敵な助言はセニア殿から愛を込めて貰いたかったな。私に触れて良いのもセニア殿だけだ」

 冗談を言う余裕があるならば大丈夫だ。この燃やしたがりもまたセニアと同じ人種であり、土壇場に強いのである。

 忌々しくなってシェルダンは舌打ちした。

「私もそれなら、こんな厄介者は、皆さんにお願いして。1市民としてカティアとの新婚生活を楽しみたかったものです」

  憎まれ口を返してやった。 魔塔の主との戦い中ではあるが。

(まだ、戦いの序盤だ。敵も遊んでいる)

 杖と炎魔術だけしか未だ繰り出してこない女帝蟻を前に、シェルダンは一人思うのであった。

 虫型最大の難敵と言うのは尋常なことではないのである。

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