第314話 挿話〜魔塔の外での密謀(カティア)1
夫のシェルダンが出征してしまった。
が、カティアの気持ちを安心させるかのようにシェルダンからはマメに手紙が届く。かなり犠牲を出したと聞くカムロス平野での戦いの後も。『無事だった』との報せがすぐに届いた。シェルダンの生真面目な顔が、手紙越しに想像できてカティアはつい微笑ましく思う。
(さすがに魔塔攻略着手から後は、手紙を出す余裕も無いみたいだけど)
カティアはちょうど昼食後、私室にてぼんやりしているところだ。することがなくて若干眠い。
(あの人のことだから、何も心配は要らないのだろうけど、結局、魔塔を上るのね。あの人たちと)
どうとでも取れる文脈で、シェルダンからは『のぼるよ』とだけ知らされたのであった。
(確かにあの人はもっと報われて良いとは思うけど。実質、シェルダンのおかげで魔塔を攻略出来てるようなものじゃないの)
前回、ドレシアの魔塔での働きには多額の金貨を勝ち取っている。
(でも、あれだって、死んだふりをして勝ち取ったわけで、あの人の働きに報いるものではなかった)
かたやゲルングルン地方の魔塔攻略で活躍したというペイドランとイリスが、多額の援助を得てあれだけの結婚式をしたことを、カティアは思う。
(あの子たちは1本か、せいぜい2本?シェルダンは派遣している人たちのも込みなら、ここまで全部じゃないの)
不幸せではない。幸せなのだが、夫の報われなさにはカティアも思うところが無いでもないのだった。そもそもペイドランにせよメイスンにせよガードナーにせよ、送り込んだのはシェルダンだ。
「せっかく、結婚したのに、私、まだここにいるのよね」
実家の自室を見渡してカティアは呟く。
魔塔攻略もなくなり、アスロック王国との問題も解決して、自分たちも本当の意味で落ち着けたなら。
「どこかで間借りしても、小さくても新居を構えて、って言うのでも私は楽しいのに」
カティアはポツリと、ここにはいないシェルダンの顔を思い浮かべて呟く。具体的に話し合う時間もなく、夫が遠征に出てしまったのだ。
(それに、生まれてくる、この子の準備だって)
カティアはまだあまり大きくなっていない、自分の腹を撫でて思う。赤ちゃん用の衣類もおむつも揃えなくてはならない。 シェルダンと赤ちゃんとの新たな生活に向けて、相談したいことはいくらでもあった。 些細なことや参考になることなど、特に出産についての知識は母のリベラからも聞けるのだが。どうしたいか、などの願望の部分については、どうしてもシェルダンが一緒でないと始まらない。
シェルダンからの手紙を読み直している内に、両親から午後のお茶に呼ばれた。
「アスロック王国との戦に大勝したらしいね、軍隊は」
父のラウテカからの第一声だ。 シェルダンからの手紙よりも新聞のほうが情報としては遅い。 なにか言いたげな顔である。
「ええ、シェルダンも大活躍したのよ」
自慢するつもりでカティアは父に告げた。細かい働きまでは知らされていないが。手紙の些細な内容にすら、かなり用心してシェルダンが書いて寄越すからだ。
「そうか。なら、彼は素直に出世すればいいのに。結婚して子供も出来て、お金や身分なんて、いくらあっても困るものじゃないだろう」
シェルダンとカティアが結婚してから、何度目かになる愚痴を父がこぼした。
「第1皇子殿下にまで、顔と名前を覚えられて。評価もされているんだから。いくらでも出世出来るんじゃないか?」
更に小声で『私だって没落する以前ですら、皇族の方と個人的に知り合う機会なんてなかったのに』などと付け加えている。 ラウテカの目には実力だけで皇族に知られている、と映るシェルダンについて、つい夢を抱いてしまうらしい。
(確かにすごい人だ、とは思うわよ。だから、好きになったのだし)
シオンの来訪時から、折に触れては父のラウテカが零すのだった。母も稀に同調する。両親の目には自分とシェルダンが大きな好機をふいにしているように、見えるのだろう。 元々のんびりと構えていて、欲の深い人たちではないから、あくまで好機が来たから気になってしまうのだろう。最初から何もなければ口にも出さない両親だ。
(でも、2人ともシェルダンのことをちゃんと理解してないんだわ)
カティアはため息をついた。
分不相応な身分につけば命を落とす。シェルダンの言っていた、ビーズリー家の家訓だ。出世しないことで生き長らえてきた、先祖からの家訓を大切にしようとするシェルダン。その思いを、カティアも尊重したいのであった。
(私の貯金もあるし、魔塔攻略で手にした金貨もある。私も、生まれてくる子供も、ひもじい思いをせず、十分に生きていけるんだから)
自分に言い聞かせる。
経済面で大きな問題もない以上、カティアとしてはお互いが心地よく幸せになれるかが大事なのだった。
「ちゃんと仕事をしていて。人柄も良くて、私と気持ちも繋がっている。愛されているの、私。それで十分ではなくて?」
カティアは両親を見比べて告げる。 両親は贅沢を言っているのだ。シェルダンがあまりに優秀だから、勝手に夢を見て。が、現状でももっと良い相手などいるわけもないから、両手を挙げて結婚を認めた。
「私たちが言っているのは、もったいない、ということだよ。わざわざ分隊長で甘んじているなんて。少し聞くだけでも、その枠におさまらないんじゃないか?彼は」
いつになく父がしつこい。
ただ、カティアも言いたいことはわかる。正当に評価されていれば、とっくの昔に分隊長ではなくなっていただろう、とちょうどカティアも思っていたところだからだ。
「そうよ、妻になったんだから、あなたがもっとシェルダンさんの気持ちをもり立てないと。夫にやる気を出させるのも、妻の大事な勤めなのよ?」
母のリベラまで同調してきた。
自分に落ち度があるようなことを言われては、カティアも面白くない。
「彼は、家系の歴史に誇りを持っているし、ご先祖に敬意を抱いている。家訓に逆らわせて、自分を責めるようなところは見たくないの」
口では反論しつつもカティアも内心は揺らいでいることを自覚する。 揺らぐのは、シェルダンへの愛ではない。そこはまったく揺らがないのだが。 確かに本気を出したシェルダンがどこまで出世出来るのか。そっちは気にはなるのである。
(それでもし、出世することが私とこの子のためだって言われてしまったら?うふふ、確かに私、すんごい幸せかもしれないわ)
つい惚気けたことを考えてしまうカティア。 だが、すぐに首を横に振る。 ありえない、夢想なのだとカティアは思う。
(シェルダンが出世を呑むわけがない。血筋を残すことへの責任感が強い人だもの。出世話が出ても拒むだろうし。私は昇進して、また、自分を責めるあの人をみて、本当に幸せな気持ちになれるの?)
やはり、シェルダンの希望する通りにさせてあげたい、という気持ちがカティアの中では勝った。
もう一言、ダメ押しの言葉を両親へカティアは叩きつける前に、騎乗した人物たちの来訪を察知する。 窓の外を横切る人影が3つ視界に入ったのである。
「あら、お客様だわ」
母のリベラも告げて。カティアは両親とともに来客への対応をする準備を始めるのであった。
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