第301話 聖騎士の特訓2

 千光縛で七色ビートルを捕えたセニア。

  たっぶり10秒ほど考えてから、攻撃に移る。

「光集束」

 セニアが聖剣から眩い光線を放つ。

(まったくなんだって言うんだ)

  なんとなく及び腰であり、チラチラとこちらの反応を窺いながら放つのである。 が、選択としては間違っていないので、頭から七色ビートルが光線に貫かれて絶命した。 ただし一匹に対して一発ずつ。

(この人は一発で数匹を倒そうという発想はないのか?)

 呆れさせられてしまう。シェルダンはまた深いため息をつかされた。

 せっかく逃げられないようにしているのだから、自分の立ち位置を少し調整すれば一撃で何匹かを仕留められるというのに。 しかも一匹一匹に全身全霊で放つのだ。 さすがにかなり疲れたらしく、10匹を倒し切ったところで、セニアがふらつく。首を横に振って、なんとか耐えようとしていた。

(なぜ、こうも真剣な顔で愚かなことが出来るんだ)

 つい、シェルダンは首を傾げてしまうのである。なんなら自分も疲労を感じていた。

「シェルダン、私の目から見ても、セニア殿の戦い方は極めて効率が悪い。似たようなことの繰り返しで、進歩もまるで見られないと思うんだが」

  ためらいがちにクリフォードが言う。

 見て取れて、かつ口に出せるだけ成長したものだ、とシェルダンは思い、頷いた。 自分がいない間、魔塔の中で聖騎士セニアを本当の意味で助けていたのはクリフォードなのだろう。

「私も同感ですので。少し、休憩です」

 シェルダンは告げて、セニアを座らせる。

  ただ単に休ませるつもりはない。助言をしてやろうというつもりだ。無防備な状態だが、魔物に襲われるようならゴドヴァンが戦えばいいのである。

(まったく、少しは働いてください)

  呆れるシェルダンを尻目に当のゴドヴァン本人は呑気に大欠伸の真っ最中だ。

「セニア様、あなたは、法力を一体、何だと思っているのです?」

 もっとも基本的な問いを、セニアへシェルダンは叩きつけた。自然、咎めるような口調となってしまう。

「それは、その、神聖術を使うための、燃料で」

 セニアがためらいがちに答える。改めて聞かれると自信が持てないのだろう。

「神聖術を使うために法力があるのではありません。法力をどのように活かすのか、そのために練り上げられてきたのが神聖術なのです」

  あまりに基本的すぎて、教練書にすら、いちいち書いていない内容だ。 シェルダンは立ったまま腕組みして告げる。

  対するセニアが首を傾げた。分からないらしい。

「別に、法力でもって戦うのなら、神聖術でなくても良いのです。メイスンを思い出してください。やつは、神聖術とは違う戦い方を独自でどんどん繰り出していたでしょう?」

  丁度よい実例がいたことを思い出して、シェルダンは説明する。 短い時間だったが、法力による障壁に、剣の切っ先に法力を纏わせる技など、神聖術ではない技術をシェルダンにも見せてくれた。

  セニアが、あっ、という顔をする。魔塔でもやはり独特の技もあわせて使い、戦っていたのだ。

(まったく、『あっ』ではないのですよ)

  法力が何か、という最も基本的なことを理解しないまま、応用を覚えようとしたから、セニアの場合は駄目だったのだろう。結果、負の連鎖で戦い方もどんどん頭が悪くなった。

「法力とは瘴気を払う力です。究極的には、ただ相手を倒す気概でもって、それを叩きつけるだけでも、十分戦えるし、武器になるのです」

 シェルダンは考え込むセニアの頭頂部をなんとなく見て説明した。考え込んでいるせいか、セニアが俯くのである。

「そうですね、神聖術じゃなくても、別に。私は私なりに我流で」

 もっとも、説明の初期段階ですぐ早とちりするのもセニアである。こういうところは変わらない。とんでもないことを言い始めた。

  シェルダンは苦笑させられる。

「ただ、先人の聖騎士様たちが編み出した、効率の良い戦い方ではあるのでしょう。オーラしか使えない私には分からない感覚ですが」

  肩をすくめてシェルダンは告げる。結局は元のところに戻るは戻るのだ。神聖術を修得するのが早道ではあるし、間違いのないことではあると思う。

  セニアが顔をあげて、考える顔をした。

「シェルダン殿にとって、法力とはどういうものですか?」

  真面目に聞いてはくれるのであった。

 しっかりとした質問が飛んでくる。 さすがのシェルダンも少し嬉しくなった。

「水のようなものだ、と思っていますよ。奔流にして叩きつけても良し、氷のごとく硬めて壁や刃にしてもよし。レナート様やセニア様のように、湖のような量を有している方もいれば、私自身のように貯水量の少ない、水たまり程度の者もいる、と」

  必ずしもピタリと一致する表現ではないかもしれない。特に回復光や快癒などは水のようでもないのだから。 だから、自分のもつ法力への印象がどこまでセニアの役に立つかは分からない。少しでも助けになれば良いとは思う。

「そうなんですね、とっても、分かりやすいです」

  セニアがゆっくりと頷いた。

「必ずしも、完全に一緒ではないが、魔術とも通じるものがあるね。私にとっては、魔力とは油のようなものだけどね」

  本当に燃やすことしか頭にない、ドレシア帝国第2皇子が口を挟んできた。完全に魔力を言葉通り燃料、と捉えているのではないか。

「殿下のせいで、かえって混乱してしまいました。シェルダン殿の説明が台無しです」

  ムスッとした顔でセニアも言う。

「いや、すまない。そんなつもりじゃ」

 たじろいでクリフォードが謝罪した。

「私の千光縛がベトベトしたら、殿下のせいです」 なかなか面白いことを言うセニアである。

(それはそれで捕獲する技としては、ありではないのだろうか)

 シェルダンは耳を傾けながら思うのだった。

 クリフォードのせいばかりではないのかもしれないが。ただ、直後からセニアの戦い方はさらに悪化してひどくなった。 神聖術の選択は悪くないのだが、とにかく撃ち損じが増えたのだ。

(最初はこんなもんかな)

 頭と身体がついてきていないかのような印象をシェルダンは抱く。 一旦、状況をしっかり見極めようとしてから攻撃に移るので反応も鈍い。

「一見すると不格好だが、結果さえ良ければ、という戦い方じゃなくなってきたように見えるね?」

  たまたま1列に並んだトビツキグモに光集束を放つも、撃ち遅れて数匹に避けられたセニアを見て、クリフォードが言う。

  悪い判断ではなかった。ただ、どうしようか、と考えたので避けられたのである。 クリフォードも一途にセニアを見続けてきて、物事がよく見えるようになってきたのかもしれない。 シェルダンはただ頷く。

「意味のない訓練をいくら積んでも無駄です。無駄なものはただ、無駄なのです。後戻りしてでも、意味のあるものを積み直したほうが良いと、私は思います」

 自分とて、アスロック王国時代から何人もの部下を育ててきたのである。

 シェルダンはじっとセニアの戦いぶりを見つめていた。 ただ、戻った分の遅れは間違いなくあるので、ことに期日がある場合には急がなくてはならないということでもあって。

(間に合うのかな?)

  シェルダンは首を傾げる。 ミルロ地方の魔塔攻略などではない。

(レナート様も成せなかった最古の魔塔攻略に、セニア様は間に合うのだろうか)

 ドレシア帝国が軍を動かすのにも金と国力がかかる。また、魔塔を倒そうという民意を維持していられる時間も無限ではない。

  とりとめなく考えながら、シェルダンは数匹の七色ビートルを光集束で纏めて倒したセニアの奮闘を眺めるのであった。

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