第161話 聖騎士のもとへ2

 辺りはまだ明るい。まだ夕方という時間帯だ。

 ちらほらと軍営の中を歩き回る兵士たちをシェルダンは眺める。

「しかし、よろしいのですか?」

  メイスンが遠慮がちに尋ねてくる。

  シェルダンは視線をメイスンに戻す。やはり聖剣オーロラを大事そうに抱えたまま直立している。

「自惚れに聞こえるかもしれませんが。私が抜けても?第7分隊は今の精強さを保てますか?」

 今のメイスンでなければ、脛を蹴り飛ばしてやるところだ。 シェルダンは苦笑した。正直、痛い上に残念でもある。だが口に出して、メイスンに迷いをもたせたくはなかった。

(正直、困るが敢えて言わない)

  だから言葉を呑み込む。せめて迷惑をかけたこの部下を心置きなく聖騎士セニアの元へ送り出してやりたい。

「すまんが、既に腕利きを回してもらえる話になってる。心配は無用だ」

 シェルダンはあえて素っ気なく言った。 腕利きを回してもらえるのは本当だ。

 第1皇子にして次期皇帝のシオンから直接、約束してもらえている。 聞けば、第3ブリッツ軍団の指揮権すらもクリフォードから自分自身へと移していたらしい。クリフォードには魔塔攻略へ専念させる、という方便を用いて、だ。

「やはり、また、どなたか貴人と繋がっているのですな?」

  今度はメイスンが皮肉な苦笑いを浮かべた。 答えられるわけもない。シェルダンは黙ってメイスンの視線を受け止める。

「ブランダード家の生き残りであることから、多分お前は離れられないと思う」

  代わりにシェルダンは切り出した。

「間違いなく軍人としては最高の部下になってくれた。志願してここに来てくれたのも本当に嬉しい。ただ」

 シェルダンは言い淀む。名残惜しいのである。

「えぇ、私も短い期間でしたが、とても良い時間を過ごせました」

 メイスンが頷いて後を引き継いでくれた。目が涙ぐんでいる。やはりセニアを選ぶつもりでいるのだろう。

「家族を失って私は強くありたいと願うようになりました。それが視野を狭め、人に辛く当たることへ繋がっていたのですが。ガードナーやリュッグ君などを見て、また生き生きと活躍する姿を見て、私も変わりました」

  メイスンの言葉が素直に嬉しい。 シェルダンも目頭が熱くなるのを感じた。

「今の私なら確かにブランダード家の生き残りとして、セニア様の前へ立つのも恥ずかしくはありません」

  ややもすればセニア本人より立派な人間かもしれない。シェルダンは余分な一言を呑み込んだ。口に出せばまた叱られてしまう。

「寂しくなるな、本当に。前評判はなんの冗談かと思うぐらいよくやってくれていた」

 代わりにシェルダンは本当に思うところを伝えた。

「ありがとうございます。では、私は心置きなく、セニア様のため力を尽くすこととしましょう」

 具体的にメイスンがどのような形でセニアに仕えるつもりなのかは知らない。

(俺は身勝手だな)

  シェルダンは自嘲する。

  ペイドランがセニアの元を去った。二度と戻りたがらないだろうし、気持ちはよく理解できる。イリスのこともあるから、このまま縁を切ってしまった方が良いと思うぐらいだ。

(そこへ代わりにこのメイスンがいくであろうことに、俺は安堵している)

  セニアや魔塔攻略の進捗が心配なら、自分も参加して忠義を尽くせば良いという考え方もあるのだろうが。 だが、一方で死んだふりをしてでも、セニア達から距離を置きたいという気持ちも間違いなくあるのであった。 レナートへの借りを返しきれたと感じている、この気持ちのせいだろうか。

(あぁ、シオン殿下から紹介状でも口利きでも。何かしらかメイスンのためになることも依頼しておかないと)

  自分が焚き付けてメイスンをセニアの元へ行かせるのだ。ある程度の助力もまた、しておいてやりたかった。 物思いに耽っていて、シェルダンは束の間メイスンの存在を忘れていた。 顔をあげると、まだ物言いたげに立っているメイスンと目が合う。

「どうした?そっちからもまだ、なにか話があるのか?」

 シェルダンは訝しく思い、尋ねた。すでに話は終えた気でいたのだ。

「隊長、いえ隊を離れる身ですから、あえて友人のつもりで言いましょう」

  改まった口調でメイスンが切り出した。 友人と言われてしまうと、また、グッとこみ上げてくるものがシェルダンにもある。

「なんだ?」

  友人となればメイスンのほうが年長である。口調を改めるべきかシェルダンは迷うも結局これまでと同じにした。かえっておかしなことになりそうだ。

「少しは自分を変に縛り付けず、気の向くままになさってはいかがですか?」

 胸のどこかを剣で一突きにするような言葉だ。 とっさにシェルダンは返事を出来なくなる。

「なんだと?」

 ようやく言葉を絞り出す。

「悪巧みには向いていないように見えますよ」

  メイスンが微笑んで言う。ふざけ半分に言っているのではない、とシェルダンにもわかる。

「本当は自分でセニア様を手助けしたいのでしょう?どういう事情かは分かりかねますが。だから私やペイドラン君を送り込むのでしょう?」

  メイスンに言われて、客観的には自分の行動はそう映るのだろうか、と自問する。 イリスに糾弾されたとおり、自分が戦いたくないがゆえの生贄にしてしまっている方が正確なのではないか。

「セニア様から離れて、俺の私生活は順調だ。カティア殿とも結婚するだろうし、鎖鎌も良いものを買った」

  無理に笑ってシェルダンは告げた。

「そういう話ではないと分かっているでしょう、ご自分でも」

 メイスンが苦笑いをして返す。

  シェルダンは自分を今一度見つめた。

「メイスン、俺は先代のビーズリー家のこれまでを無駄にしないためにも、無責任に死ぬわけにはいかない」

  思っていたよりも低い声でシェルダンは切り出した。

「セニア様について魔塔攻略に向かうなど、あってはならないことだ、本来。だが、情にほだされて、功名心もあって一度それをした」

 シェルダンはかつてレナートとともに最古の魔塔へ上ったことを思う。すべての誤りは、レナートの光刃を目の当たりにし、人柄に懐いてしまったことから始まっている。

「失敗だと思っているようですが、世間的には称賛されるべき行いですよ」

 メイスンに言われて、シェルダンは気付く。本当につっかかっているものに。

「そうだ、その世間だよ」

  シェルダンは忌々しくなって告げる。

「俺は死ねない。次の世代が仕上がるまで、俺の命は無上なものだ、ぐらいに教えられてきたさ。だが、世間の中で俺の命など他の誰とも変わらない」

 自然、吐き捨てるような口調となった。

 カティアにすら、これほどの激情を見せることはないだろう。軍務につくようになり、抱き始め、今も少しずつ澱のように溜まってくる思いだ。

「世間での功績、これはうちの家訓じゃ失敗だ。うちにはうちのルール、価値観がある。多分、世間じゃ能力、実力は使うものだが、うちでは隠して引き継ぐものだ」

  一気にまくし立てる。 メイスンが驚いた顔をしていた。すぐにいたわるような不思議な笑みを浮かべ直す。

「シェルダン殿」

  静かに呼びかけてくる。完全に年長者の口調だ。

「いろいろ、私の想像とは違った大変さを背負っているようですな」

 メイスンに言われて、シェルダンはしょうもない愚痴を叩きつけてしまったことに気付く。生まれた家など誰も選べず、皆それぞれ苦労しているのだから。

「いや、すまん。見苦しい真似をした。こんなのは苦労でも何でもない」

 恥ずかしく思いつつシェルダンは謝罪した。

「あなたの本音の全てではないにしろ、少し分かりました」

 メイスンが微笑んだまま告げる。

「あなたの分まで、私がこの剣でセニア様の助けとなってきます」

 言っているメイスンが腰に下げているのは、支給品の片刃剣である。大事に手入れして使っているようだが、聖騎士セニアの元へ馳せ参じる剣士の物にふさわしくないような気もシェルダンはするのであった。

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