第145話 追跡開始

 ハンターたちにシェルダンが『魔塔上層への補給任務の特命が来た』と嘘を話している。

  ハンター始め、残されることとなる分隊員5名は心配し、不安そうだ。魔物襲来の波も侵入当初に比べて随分落ち着いてはいるのだが危険なことに変わりはない。

「まぁ、出来る人が分隊長だとそういうこともありますか。くれぐれも、お気を付けて。死んでカティアさんを泣かせないように」

  心配しつつも、最後には快く送り出してくれるハンターを見て、メイスンは胸が痛んだ。

  対するシェルダンは苦い顔だが、いつもの仏頂面とあまり変わらない気もする。

「当然、そのつもりだが。前回に続いてまた、離脱してしまってすまん、苦労をかける」

  特に今回は自分の蒔いた種だから、苦い思いもひとしおなのだろう。 意地の悪い思いをメイスンは抱いた。 素直に『聖剣を取り戻し、聖騎士セニアを救った』としていれば賞賛されこそすれ、こんなことにはなっていない。自分も尊敬しかしていなかっただろう。

(勲章すら貰えていたかもしれないというのに)

 メイスンはともに陣営を後にしようとするシェルダンの背を見て思う。

(そもそも、自らの死をセニア様達にだけ偽装した、というのも意味不明だ)

 まるで子供の八つ当たりだ、とメイスンは聞いていて思ったのだった。

 もう上りたくないのであれば、スパッとセニア達に直接言えば良いのに、とメイスンは思う。

  第1階層の山道を2人は休まずに駆ける。

  森の中、時折、スケルトンやバットと出食わすぐらいであった。無論、自分とシェルダンにとっては物の数ではない。

「よし」

  シェルダンが赤い光を立ち上らせる魔法陣の前に自分を案内した。初めて見る魔塔の構造物にメイスンはただ呆然とする。

「これが第2階層への転移魔法陣だ。ここの中に足を踏み入れれば第2階層へ飛ばされる」

 淡々と説明するシェルダンだが、一向に足を踏み入れようとしない。それどころか荷物を下ろしている。

「行かないのですか?」

  メイスンは焦れて尋ねてしまう。

「お前には法力がある。オーラぐらいはすぐ出来るようになるだろう。第2階層より上は瘴気が濃いからな。使い方を覚えておいて損はない」

  薄く笑ってシェルダンが言う。

「まぁ、セニア様たちがどこまで進み、浄化されているか未知数だがな」

 シェルダンがさらに呟くも、魔塔上層へ上ったことのないメイスンにはよく分からないことだった。 地面に胡座をかき、更には聖剣を抱えさせられる。

「本来なら、自力で法力を自ら感じ取り、その流れを使うわけなんだが。今回は急ぎだし、せっかく聖剣もあるからな」

  シェルダンが楽しげに言う。

  感情の起伏がメイスンにはまるで理解できない。 ただ、確かに聖剣を抱え、その力、光を感じ取るにつけて、自分の内側にも力を感じた。

「その、今ある力を身に纏う姿を思い浮かべろ」

 しばらくシェルダンに言われるまま、オーラの訓練を小一時間ほど続ける。だいたいオーラというものの纏い方は分かった上、出来るようにもなった。

「大したもんだ。しかも、それだけの法力なら、あと数人にはかけられる」

 心底嬉しそうに笑ってシェルダンが言う。 ガードナーに魔術を勉強させようと思った時も、似たような感じだったのだろうか、とメイスンはちらりと思った。

(つくづく、聖剣を奪ったこと以外は素晴らしい人なのだが)

  メイスンはため息をついた。

  意にそぐわぬことをさせているはずの自分にも、親身になって有用な技術を教えてくれる。ただ教えるだけではなく、習得も喜んでくれているようだ。

(しかも、私に今、手を貸している動機も、部下である我々への借財感からだという)

  そこだけ捉えると素晴らしい上官なのだとメイスンは思う。

(セニア様たちには悪いと思えないのは不思議な人だが)

  特に許せないのは、聖剣のこともだが、縛り上げられたセニアを馬車に放り出してきたことだ。長く発見されないでいたら、死んでいたかもしれないというのに。

(まぁ、この人も人間だ。何がしかの感情の爆発がこの人なりにあったのかもしれんな)

  思えばシェルダンからして、自分より7つか8つ年下のはずだ。立ち居振る舞いでつい誤解してしまうが、シェルダンという男は若いのである。

「よし、準備は万端整った。ここからは急ごう」

 シェルダンが立ち上がり、背嚢を手に取った。聖剣オーロラはメイスンに持たせたままである。

「そのうち、もっと使えそうな神聖術をいくつか教えておく。セニア様ほどではないが、お前にもかなりの素質があるんじゃないか?」

  笑顔でシェルダンが言い、口元に指を当てる。

「オーラ」

 シェルダンの体が薄い金色の光に包まれる。自分のものよりかなり薄い。

「まぁ、俺なんかはこれが限界だがな」

 いくつか疑問が浮かんで答えられずにいるメイスンを置き去りにして、シェルダンが転移魔法陣に足を踏み入れた。

(なぜ隊長は、私に神聖術を教えられるほど、造詣が深いのだ?)

 話しぶりからして自分が使えるわけでもないらしい。だが、教えることは十分に出来るほど知識があるようだ。 首を傾げつつも、今はそれどころではないことをメイスンは思い出す。

「ええい、ままよ」

 当然、メイスンにとって、転移魔法陣を潜るのは初めてのことだ。緊張して足を踏み入れる。 一瞬で光景が変わった。

「これが、魔塔上層」

 青空を見上げてメイスンはこぼした。ただ、短い草の生えた丘がどこまでも広がっている。魔塔という名前とは裏腹の、穏やかな光景だ。

「瘴気を失って青空となるのは既に階層主を失った証だ。階層主さえ討てば他の魔物も消える。気を抜いても大丈夫だぞ」

  笑ってシェルダンが言う。ただ手には得物の鎖鎌を手にしていた。 瘴気も立ち込めておらず、オーラも不要とのことだ。

「少なくともここでは、セニア様達は無事だった、ということですな」

 メイスンは確認する。

「まぁ、そういうことだ。急ぐぞ」

  そっけなくシェルダンが答え、メイスンを急かしながら駆ける。 体力の限界まで駆けて、第2階層にて休憩を取った。 遠くには赤い光が立ち上っているのが見える。第3階層への転移魔法陣だろう。

「隊長、かなり急いでいませんか?」

 メイスンは水を飲み、小麦で出来た携行食の兵糧を取りつつ尋ねる。

「ああ」

  シェルダンも燻製肉を齧りながら認めた。

 陣営を後にしてから、かなりの時間が経っている。メイスンとしては急ぐのは、今回の目的が目的なだけに大歓迎だが。

「なぜです?」

  メイスンは端的に尋ねる。 会うのを嫌がっているシェルダンが急ぐのは意外であった。

「第1階層の魔物がかなり減っていたからな。セニア様たちはもう、かなり上の方にいらっしゃるのだろう」

 シェルダンが言葉を切った。 既に魔塔の主と激闘を始めているかもしれないから急いでいる、ということだろうか。

「そして、セニア様達が魔塔の主を倒してしまった場合、この階層は崩れる。第3、第4階層も一緒だ」

 予想と違う説明が帰ってきた。 メイスンは首を傾げる。

「しかし、ドレシアの魔塔のとき、我々は外へ飛ばされましたが」

  自分も当時、第6分隊で参戦していたのだ。急に前触れ無く魔塔の外へ出されたときはかなり驚いたのだが。

「第1階層はな。中途半端な階層にいると、出してもらえず潰される」

 シェルダンの知識には驚かされるばかりである。

  話していると必要なことは全部前もって知っているのではないかと思わされるほど。

「隊長、もっと、その知識、経験を活かせば」

 出世出来るのではないか、とメイスンは言いかける。世間にも貢献できるのではないかと。 死にたくないがゆえに、活躍の場を自ら狭めておかしなことを繰り返している奇人にすら見えてきた。

「そういうことには、興味がない。だが、軍人として上司としての責任なんかは絶対に蔑ろにはしない」

 シェルダンがまたニヤリと笑った。

 ハンターやハンスたちから縁起が悪いと嫌がられている笑顔だ。

「絶対に約束通り、無事にお前と聖剣をセニア様のもとへ送り届けてやるさ」

  やはり良い上司であるのだ、とつくづくメイスンは思うのであった。

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