第32話 「ファミレス勉強会」

『今度のテスト、悠斗はどれくらい勉強してるの?』


 夕方、透華からそんなLINEが届いたのは、ちょうどベッドでゴロゴロしてたときだった。


『ん? まぁ、そこそこ。赤点回避くらいには』


 送って数秒、既読がついたあと、すぐに返事が返ってくる。


『悠斗って、勉強教えるの得意?』


『……どうだろ。普通だと思うけど』


『なら、ファミレスで一緒にやらない?』


 思わずスマホを持つ手が止まった。

 何が『なら』なのかは分からないが。

 不器用な彼女なりの誘う流れのようなものだろうか。


 にしても透華から、そんな誘いが来るなんて。

 しかも「一緒に勉強しよう」なんて、ちょっと前の透華なら絶対言わなかった。


 でも、それ以上に、どこか嬉しい。


『別にいいけど……御影のやつらとか大丈夫か? 噂とかされんじゃね?』


 俺は軽く念のために送ってみる。

 御影学園の“茨姫”が男とファミレスで勉強なんかしてるのを見られたら、また何か言われるんじゃないか。

 実際前は両校で噂になっていた。


 だけど、透華の返事は意外にもシンプルだった。


『そんなこと、別にいいわ』


 そして彼女は続ける。


『だって、私とあなたは“友達”でしょ?』


 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。


 ああ、そうか。

 透華はもう、“茨姫”じゃなくて、“透華”として俺と話してくれてる。


『わかった。じゃあ、明日放課後、駅前のファミレスな』


『ええ。楽しみにしてるわ』



 


******



 


 翌日、待ち合わせ場所に着くと、透華はすでに先に来ていた。


 御影の制服姿で、テーブルの端に教科書とノートを広げて、ちょこんと座っているその姿は、どう見ても“普通の女子高生”だった。


「よっ。早いな」


「当然でしょ。こういうのは、先に席を確保した者勝ちなんだから」


「へえ。透華さんもファミレスよく使いこなしてんだな」


 少し茶化すように言うと、


「……それは初めてだけど、勉強するには悪くない場所って聞いたから」


 ちょっとそっぽを向いて言う透華が、どこか可愛らしい。


「とりあえず飲み物を持ってきてから始めようぜ。ドリンクバーついてるし」


「……じゃあ、私はホットティーにするわ」


「気取ってんな」


「うるさい。そっちは?」


「俺? カルピスとメロンソーダ混ぜるかな」


「子供か」


「うるせぇ」


 そんなくだらないやり取りも、透華となら楽しかった。


 テーブルには英語と数学の教科書。

 透華は賢いはずなんだけど、どうやら応用問題で苦戦しているらしい。


「ここの英語長文、設問3つ間違えたわ」


「珍しいな。どこだよ?」


 ノートを覗き込むと、確かに引っかかる内容だった。


「えっと、ここの‘although’って逆説だから、文の流れが変わるんだよ」


「……なるほど。そういうことだったのね」


「その顔で悩んでるの、ちょっとレアだから見てて面白いな」


「見ないで」


 そう言って、ノートで俺の顔を隠そうとする透華。

 その仕草がやけに柔らかくて、つい笑ってしまう。


「でもなんか、俺たち普通に“勉強会”って感じだな」


 まぁそりゃそうなんだけど。


「“友達”なら、こういうのもするんでしょ?」


「まぁな。友達ってのは、こうやって面倒見たり、逆に教えてもらったりするもんだし」


 その瞬間、透華は小さく、ふっと笑った。


「……なんか、変ね」


「何が?」


「私が今、こんなふうにファミレスで男の子と勉強して、しかも“友達”って言葉を自然に使ってるなんて……少し前の私が見たら、驚くと思うわ」


「……後悔してる?」


「後悔?どういうことかしら?そんなのするわけないじゃない」


 即答だった。


 それが、やけに嬉しくて、俺は返事もできなかった。



 


***



 


 勉強がひと段落して、ドリンクバーに飲み物を取りに行くとき。


「……あ」


 透華が立ち止まった。


「ん? どうした」


「あのぬいぐるみ、前に取ったやつに似てる」


 彼女が指差したのは、店の片隅に設置されていたミニクレーンゲーム。


 景品は、前に透華が取ったのと同じ、丸っこい動物のマスコットだった。


「取るか?」


「……今日は、やめておくわ。今は……これだけで十分だから」


「“これだけ”?」


「……“友達と勉強して、笑ってる”ってことよ」


 そう呟く透華の顔が、ほんの少しだけ赤く見えた。




 

***




 


 帰り道。


 ファミレスの前で別れようとしたとき、透華が小さな声で言った。


「今日は、ありがとう」


「おー。何だよ、改まって」


「……言ってみたかっただけよ」


 その横顔は、どこか誇らしげで、それでいて恥ずかしそうで。


 たぶん俺も、にやけた顔をしてたと思う。


 友達。


 たったその一言の関係だけど——俺たちは、ちゃんと“進んでる”。


 

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