第29話 「とっくに友達」
放課後の教室。
クラスのほとんどが帰り支度を終えて出て行ったあと、私はゆっくりと立ち上がった。
そうすると窓際の席に、光華さんがひとり残っていたのが目に入った。
開いた文庫本に指を挟んだまま、ページをめくるでもなく、ただ外を眺めている。
普段の光華さんは人に囲まれていることが多いのに、今日は珍しく静かだった。
(……話してみようかしら)
私が彼女に歩み寄ると、光華さんはすぐに気づき、こちらを見上げた。
「……珍しいわね、透華。あなたのほうから来るなんて。何かいい事でもあったの?」
「……少しだけ、話せるかしら?」
光華さんはうっすらと笑みを浮かべて、席の横を指さす。
「どうぞ」
私は隣の席に腰掛けた。夕日が差し込んで、教室の床に長い影を落としていた。
……かと言って何を話そうと思ってしまった。何かを話したい、とは思ったが何かが分からない。
そんな中しばらく沈黙が続いたあと、光華さんが静かに切り出した。
「最近……風間くんと、よく会ってるんでしょう?」
「……ええ」
私は頷いた。
否定する理由もないし、隠すようなことでもなかった。
光華さんは少し視線を外して、淡々とした声で続けた。
「楽しい?」
私は……少しだけ考えてから、口を開く。
「……少しだけ」
「少しだけ、ね」
光華さんがくすっと笑う。その表情が、ほんの少しだけ優しく見えた。
「でも……」
私は自分の言葉に迷いながら、それでもちゃんと続けた。
少しだけ……いや、そうじゃない。
「少しだけ、じゃないかもしれない。……ううん、ちゃんと楽しい」
光華さんはその私の言葉に少し驚いたように目を見開き、そして笑った。
「ふふ……それはよかったわ」
私はその笑顔に、少しだけほっとする。
でも、胸の奥に引っかかるものは、まだ消えなかった。
「でも……」
「ん?」
「……私、本当に“友達”になれてるのか、分からないの」
光華さんは驚きもせず、静かに「そう」とだけ返した。
「そもそも、“友達”って何なのかも、まだよく分からないし」
「でも、気になるのね?」
「……ええ。気づいたら、そう思ってた」
光華さんは微笑みを浮かべたまま、本のページを閉じた。
「だったら、聞いてみたら?」
「……誰に?」
「その風間くんに」
「……聞いてもいいかしら、そんなこと」
「聞きなさい。あなたは今、ちゃんと“人と繋がる”ってことを始めたんだから」
私は、光華さんのその言葉を黙って胸に刻んだ。
それはまるで、背中を押されたような感覚だった。
******
夜、自分の部屋のベッドに腰掛けてスマホを開いた。
ディスプレイの明かりが、部屋の静けさをわずかに照らす。
(……どうやって聞けばいいの?)
言い方に悩んで、何度も文面を消しては打ち直す。
「これでいいかしら……」
ようやく送ったメッセージは、こんな内容だった。
『次に会ったとき、聞いてもいいかしら。“私はちゃんと友達になれてるか”って』
自分でも訳の分からない質問だとは思う。しかしこれが今できる私の精一杯だ。
そうすると、やはり彼の返事は早いもので数分後、悠斗からすぐに返信が来た。
『なんでわざわざそう回りくどく聞こうとするんだよ笑』
一言目からもう笑われていたけど、その“笑”がついてることに、なぜか安心した。
そのあと、続けてメッセージが届く。
『――もうとっくに俺たち、友達だろ?』
画面に表示されたその言葉を見た瞬間、胸がじんわりとあたたかくなった。
(……もうとっくに)
いつの間に、そんなふうに思ってくれていたんだろう。
(私、ちゃんと“友達”って呼ばれてる)
まるで、それはずっと欲しかった何かをようやく手にしたような気分だった。
私はスマホを胸に抱きしめるようにして、ベッドの上にそっと身を沈めた。
(……これが“繋がっている”ってことなのね)
今日、光華さんに伝えられた「楽しい」という言葉。
あれは、たしかに嘘じゃなかった。
でも、今——
悠斗の言葉を読んだ今のほうが、もっとはっきりと分かる。
(……ちゃんと、楽しい)
そして、思わず心の中でつぶやいた。
(もっと知りたい、あなたのことを)
(もっと一緒にいたい、あなたと)
……これって、友達って言葉で済むものなのかしら。
その疑問に答えが出るのは、もう少し先になるかもしれない。
でも——今の私は、ほんの少しだけ自信を持って言える。
「私は、ちゃんと“変わってる”」
そして、こうして誰かと関わることが、少しずつ——とても、愛おしいものになっていっているのだと。
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