第7話 鬼の攻撃

「夢幻回航」7回 こみつ


 事件の進展がないままに、一日が過ぎていった。


 神憑世機と夜羽沙都子は今日は表の仕事で忙しかった。

 裏の仕事を始めるのは、表の職業であるテクニカルライターの仕事が終わってから取り掛からなければならない。

 テクニカルライターと言っても、本を出すようなことはなく、Webライターと言われるネットで記事を発表するライターだった。


 日本呪術師連盟と呪術師協会は、呪術者育成の他に生活サポートをするための学校を運営していた。

 学校では呪術も教えるが、一般人として生活できるように、普通の学校と同じような勉強も教えてくれる。

 そして最終学年まで終わらせて卒業できれば、大卒の資格さえも得られる。

 規模は小さいが、そういった教育機関もかなり充実している。

 世機や沙都子も連盟の学校を卒業していた。


 奨学金制度というか、呪術師となると言う条件付きで、食費以外はほとんど無料で就学できた。


 世機にも沙都子にも工業用的な素養があったらしい。

 数学などが得意だったが、呪術師にならなければいけないという成約があったから、普通に企業に就職したり、研究機関に入ったりということが出来なかった。


 よって、ライターなのだ。


 特技を活かして生計を立てたいと思っていた二人は、テクニカルライターとして生きる選択肢をとった。

 もっと違った人生もあったのではないか?

 世機にしろ沙都子にしろ、そう思わない日はなかった。

 命のやり取りを楽しむような変態的な精神状態になどなれるはずもなかった。

 ほかと違った生活を送っていると、子供の頃はよく虐められたものだ。

 師匠が女性なので、身なりはそれなりのものを用意してくれたし、食事も食べさせてもらった。

 気が向いたときにはビデオゲームやおもちゃを買ってやろうかと言い出すこともあった。

 沙都子や世機や槇が遠慮して、おもちゃやお菓子をねだることが無かったからだが、先生はそれを不憫に思ったのか、子供達に気を使ってくれた。

 今思えば優しい先生だったのかも知れないなと、世機は思うことがある。

 修行は大変だったなと、思い出して苦笑した。



 いつものトレーニングを取り止めにして、早朝3時から仕事を始めたので、12時には終わってしまった。

 助手の役目である沙都子はと言うと、こちらは12時まで眠っていた。

 連日遅くまで何か調べ物をしていたようなので、疲れがでたのだろう。


 世機は仕事については何も言わずに、「おはようさん」とだけ言った。

 

 沙都子はボサボサに寝癖の髪を直そうともせずに、冷蔵庫のドアを開けて、炭酸水を取り出してラッパ飲みをする。


 「おはよう」気怠い声である。


 「すげー!」

 いつものことだが、世機は沙都子の様格好を見て、感想をもらす。

 寝間着の裾がはだけて、実に色っぽい。

 「何?」

 沙都子が面倒くさそうに応える。


 「いや、目のやり場に困ってね」

 世機が言うと、沙都子はふ~んと言いながら胸を張り、目を細めて世機を見下ろす。


 「いつもじっくり見ているくせに」

 この場に他の人間が居たら赤面するかもしれない様なことを言ってくれる。

 まあ、じっくり見ているというのは確かなのだが。


「 なにか分かったか?」

 世機はパソコンの電源を落とす動作をしながら尋ねた。


 「里神翔子について調べていたの」

 「里神?」

 「彼女の関与した事件について、連盟のデータベースにないかってね」

 「あったのか」

 「数は少ないけれど、いくつかあった」

 沙都子はつばを飲み込み、更に続けた。

 「1番新しいのは3年前の爆弾テロね」

 「リニアモーターカーの爆破事件か」

 「そう」

 「わからんな〜、なんか目的でもあるのかな」

 「一応テロリストなんだから、目的はあるんでしょうけど、あの時の声明は仲間の開放だったっけ」

 沙都子は3年前の事件と今回の事件がなにか関連があるのではないかと思っているようだったが、本当にそうなのだろうか?


 世機はパソコンの脇に置いたコーヒー入りのカップに手を伸ばした。


 遅い朝飯兼昼食を食べ終わると、2人は出掛ける事にした。


 「小林さんの所へ行ってみようと思う」神憑世機はそう言うと、いつものタクシー会社に連絡した。

 沙都子も頷くと、世機の電話が終わるのを待たずに、玄関でスニーカーを履いてから外へでた。


 世機も電話を切ると、すぐに後を追った。


 外へ出て暫くすると、いつもの黄色っぽいタクシーが、世機と沙都子の近くへ来て止まった。

 運転手が窓を開けて手を振っている。

 「ん?」

 世機は顔を向けると、吉住猶が顔を覗かせて笑顔で見上げていた。


 沙都子は猶を見て驚いた様子で、声をかけた。

 「偶然?」

 「偶然ですよ」

 猶は微笑んだ。

 「嘘でしょう?」

 沙都子の問に、猶は素直に頷く。

 「はい、また割り込みました」

 「気に入られたのかな?」

 沙都子は肩を竦めてみせた。

 出会ってからすぐに仲良くなれるタイプというのも居るものだなと、世機は2人を見て思った。


 吉住猶は2人が乗り込むと、車をスタートさせた。


 「山田さんから例の端末の件が正式に依頼が来ました」

 猶が運転をしながら言う。

 「山田さんから?」

 沙都子も世機も、猶から山田の名前が出てくるとは思わなかったので、少しだけ驚いた。

 「山田さんも若い子が好みなのかな」

 口の悪い沙都子らしい批評に、世機は少々山田が気の毒になった。

 「いや〜、山田さんとは仲良くさせてもらっています」

 猶の答えにどういうふうに反応すればいいのか戸惑いながらも、沙都子は思わずに吹き出してしまうところだった。

 これは山田をよく知る人の反応だろう。

 山田は言動と見かけから人に誤解されがちだが、かなり真面目な男である。

 真面目すぎて浮いた話は聞かない。

 中村紅葉とのことも知っているだけに、猶のひょうけた答えが沙都子の感性に触れたのだろう。


 「なにかわかったの」

 「発火の原因ですが、バッテリーが原因です。ごく普通の原因ですが、変なんだそうです」

 「なにがへんなの」

 「特殊なウイルスが入っていたらしいのです」

 「ウイルスが・・・」

 猶の話だとウイルスの正体まではわからないということだが、いくつかの発火事件に関係があるらしいというのが調査をした結果らしい。


 猶は普段はチームで動いているという。

 彼女はまだ見習いであるために、助手や補助的な仕事しか与えられない。

 今は紅葉の下で働いているらしいのだ。

 中村紅葉の調査チームで見習いをしているらしい。

 それで、山田のことも知っていたのかと、世機も納得した。


 それにしても人嫌いで有名な中村がチームを持っていたなんて知らなかったな。

 世機は中村紅葉とはそれほど深いつながりはない。

 沙都子の方も、紅葉とは山田を通してしか繋がりはない。

 だが、中村紅葉については術師ならば誰で見知っていると言うほどの有名人なのだ。


 中村が術師になった経緯などは、山田やその師匠である   がひた隠しにしていたから、知れ渡ることは無かったが、中村紅葉の才能については早い段階からかなり有名だった。

 呪術師試験はトップ合格で、潜在能力テストも規格外のランキングだった。

 それだけの才能を持ちながら、本人は極度の人見知り(知らない人にはそう見えた)と言うか人嫌いであった。

 実戦にと望む者も多かったが、それらをすべて振り切って、調査の仕事を受けている変わり者とレッテルがはられるようになったのだ。


 容姿もかなり話題だった。

 彼女は当時、モデル事務所や芸能事務所の類がかなりの数スカウトに来ていた。

 山田はそれらを追い払うのに、かなり苦労していたのだ。


 年齢の同じ沙都子などは羨んでいる訳ではないのだろうが、あんなロリッ子よりも自分の方がよっぽど良いのにとボヤいていたものである。

 世機はと言うと、密かに紅葉を可愛いなと思って見ていたが、沙都子の前ではそれを隠していたものである。


 中村紅葉はそれほど話題性のある人物なのだ。

 吉住猶はその紅葉の元で修行をしているのである。

 紅葉と言えば、もう一つ噂がある。

 彼女の生い立ちや、呪術師になった切っ掛けの事件を知る者ならば納得できる事なのだろうが、女性の助手しか雇わないのだ。

 だから、彼女が同性愛者なのではないかと言う噂がある。

 彼女は友達と言える者も女性誌か居なかった。

 山田正広との関係は、ほとんど例外的なものだった。


 「チップの中に仕掛けがあって、安全性がやばい商品ってことなの?」

 「そうなんですよ。なんだかわからんけど、チップにセキュリティーホールがあるんだとか」

 「でもそれだと、山田さんが別の機種を持っていたら実行できないんじゃないの」

 「それがそうでもないんですよ。この機種に使われているチップって、業界標準っていうか、どの機種にも搭載されているようなメジャーなものなんですよ」

 個人の端末を特定するには、どうやるのか、など興味のあるところだな。

I Pアドレスからは住所や場所など個人情報は特定できないと言われているけれど、通信しているんだから端末は特定できるのじゃないかな。

 世機などはその様に考えている。

 何らかの方法で端末を特定したのだろう。

 通販サイト?あるいは山田さんも独身男性だからアダルト動画サイトにでもつないでいるときにウイルスでも打ち込まれたか?

 おそらくそんなところだろう。

 世機の推理はおそらくあたっている。だがどうやってやるかだ。


 サイトに協力者が居たとは考えにくい。

 世機は通信の監視も方法としてはあるのだろうけれど、現実的ではないなと思っている。

 本当にただの偶然ということも考えられる。


 IPアドレスの仕組みだと、コンピューターや端末のある国や国内の地域が特定できる。

 つまりネットに接続すると、市区町村までは特定されるのだ。

 そこからさらにローカルな番号が割り振られて、家庭などの、例えばWiFi ルーターなどに割り振られる。

 個人情報はわからないと言っても、接続している場所は特定されるのだ。

 端末にはGPSも付いている。

 まあ、接続しているところが家だとわかるのだから、あとはそれが山田さんの家かどうか調べるだけなのだが、これは通信会社やサイトの運営者などと手を組まないとわからないはずなのだ。


 通信会社やサイトの運営者にだって、個人情報を漏らすことを禁じる法律だってある。

 まあ、決まりは破られるためにあるのだと宣う者もいるが、大多数の者がこの義務を守っているとすると、こちらから攻めるのは難しいかな。

 世機は腕を組んで首を傾げる。


 「神憑さん、中村に任せておいてください」

 吉住猶は言った。

 「中村さんって、噂通りにできる人なの」

 沙都子が猶に尋ねる。

 「それはもう請け合いますよ」


 言っている間に小林陽太郎さんの家に着いた。


 小林陽太郎邸は立入禁止のテープが貼られていた。

 入り口に貼られたテープが風で舞っている。

 鈍い光が揺らいで見えた。


 まだ冷たい風が頬をすり抜けて髪を巻き上げる。

 沙都子は邪魔な前髪を片手で払うと、テープを剥がさないように注意深く中へ入った。

 玄関には鍵がかかっていたが、この間予め手に入れておいた合鍵を使って開けた。


 沙都子がポケットから鍵を出したとき、世機は肩をすくめて笑った。

 猶もいつの間にか車から降りてきて、沙都子の様子を見て口笛を鳴らした。


 沙都子は何食わぬ顔でドアを開いて中へと侵入してゆく。

 こんなところを誰かに見られたらどうなるかなどとは考えていなかった。

 それよりも事件の真相が知りたかった。

 山田からは手を引けと言われているんだぜ、と、世機は内心呟いて、溜息をついた。


 猶はこういった行為に興奮してしまったらしい。

 沙都子の次の行動に、一挙手一投足に熱い眼差しを向けている。

 教育指導としては良くないな、世機は更に深く溜息を漏らした。


 3人が中へ入ると、先客が居ることが分かった。


 赤い顔をした異形の鬼がなにか見つけたらしく、拾い上げてズボンのポケットにしまうところだった。

 猶が鬼との遭遇に驚いて、低く声を漏らした。

 その猶の声に反応して、鬼が3人の方向に向き直る。


 人間以上のパワーと攻撃力を持つ鬼だからだろうか、3人の敵を認識しても身構えることもなくじっと見据えている。

 そして、ニヤリと笑う。


 この前の一体だなと世機には分かった。

 鬼にもそれぞれに違った気のようなものがある。

 鬼たちから受けるエネルギーが、人間のようにそれぞれに違いがある。

 世機はこの鬼から受けるエネルギーから、この前戦ったうちの1体であることが分かったのだ。


 「この前はどうも」

 世機は言ってみた。

 「この前のガキか」

 鬼は更に顔を歪めて、嬉しそうに笑った。

 獲物を見つけた獣の様に、ゆっくりと身構える。

 一線交えるつもりらしい。


 「猶ちゃん、戦えるか?」

 下がって居ろと言わないのが沙都子らしい。

 だが世機は猶に戦わせる気がないらしい。

 「下がって見学していなよ」

 世機は猶を庇うように、彼女の前に立つ。


 「私だって戦えますよ」

 猶の怯え一つない声に、沙都子は感心して「へぇ」と、声を漏らした。


 3人は玄関を背にして、ゆっくりと身構える。


 沙都子も世機も戦いやすいように立ち位置を変えながら、攻撃の構えをとる。


 立ち合いの睨み合いもなく、鬼がすばやく動いた。

 相手の狙いは世機だった。

 世機は受け身を取るのがやっと間になった。


 後ろに居る猶にぶつからないようにこらえることが出来たのは、世機の反射神経の賜物だった。

 普段からの鍛錬が役に立った。

 世機が盾になってくれたので、沙都子と猶に反撃をするチャンスが生まれた。


 沙都子は気合を込めて手のひらで一撃を鬼に当てる。

 沙都子の攻撃の後に、猶は隠し持っていたご信用のスタンガンを取り出して鬼の首元を狙う。

 意外なことにこれが効いてくれた。


 鬼が怯んだ隙に世機は思い切り体重をかけて、鬼を突き飛ばした。

 その際に呪力を送り込む。


 「何を隠し持っているんだい、Mr.」

 冗談のつもりではなかったが、ついこのような言い回しが出てしまった。

 鬼は「フン」と鼻を鳴らして、それでも世機の問に応じてきた。

 「お前に答える必要はないな」

 悪役お決まりの答えに、猶でさえも吹き出しそうになる。


 「口の達者な鬼ね」

 沙都子がいつもの札を、ポケットから取り出した。

 「口の達者なのはお互いだな」

 鬼は素早く間合いを取り、世機に1撃を放った。

 3人は狭い部屋の中、上手く避けきれた。


 しかし猶は実戦慣れしている2人とは違って、テーブルにスネをぶつけてしまった。

 猶は顔を歪めたが、流石に痛がっている余裕はなかった。

 鬼は空かさずに猶を狙ってきた。


 沙都子が猶のカバーに回って、世機が鬼を攻撃する。

 狭い部屋で、障害物がある中での攻撃は、動きが制限される。

 戦いが長引けば、障害物ごと破壊できるパワーのある鬼のほうが有利になってくるだろう。

 一撃で決められるか?

 世機は一瞬で狙いをつけて、気をのせた掌打を当てた。


 鬼は呻きながら吹っ飛び、壁にぶつかり跳ね返ってくる。

 だがしかし、鬼はタフだった。

 咄嗟に体制を立て直した。


 沙都子が瞬間に札を1枚放った。

 青い閃光が走り、鬼はさらにダメージを受けた。


 前回と違って今回は鬼のほうが部の悪い勝負となった。

 しかしこの程度でやられてしまうような鬼ではなかった。

 それどころか、まだまだ余力があった。

 だが今回の任務はもうすでに終わっている。


 鬼は戦いに興じていたい気持ちを抑えつつ、隙を伺って受けに徹した。

 逃げ出すタイミングを狙っていた。


 世機も沙都子もそのことを察したから、逃すまいと、鋤を見せまいと、攻撃の手を緩めなかった。


 鬼は猶に狙いを定めた。

 鬼の能力の一つに、相手の精神を乗っ取ってコントロールする力がある。

 精神波の一種で、自分の精神力で相手の行動を奪うのである。

 呪術師ならばメンタル面も鍛錬しているし、このような攻撃に耐性も出来ているのだが、猶はまだ未熟である。


 鬼は猶に意識を飛ばす。

 沙都子と世機の攻撃を避けながらやってのけたのだ。


 猶は精神に流れ込んでくる鬼の意識に抗ったが、数十秒でコントロールされてしまった。

 鬼のコントロール能力は、効果がほんの数分しかない。

 だが、この数分で活路を開くこともできる。


 猶は世機に向かってスタンガンを突き立てた。

 世機は虚を突かれたようになり、うずくまってしまった。


 沙都子の視線も席の方に向いたのを確認してから、鬼は素早く玄関のドアを突き破って外へ逃げ出した。


次回に続く

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