【KAC20255 三題噺】ミル・フルール・フェスティバル

羽鳥(眞城白歌)

箱庭の片隅で


 おつかれさま、あとは俺に任せて。

 優しい声が微睡まどろみのふちへ溶けてゆく。ふんわり重たいお布団は肌に馴染んで心地よい。このひとと一緒に生きると決めたときに、自分で選んだお気に入りだ。


 今日は昨日より、頑張れただろうか。明日も、頑張れるだろうか。

 わたしに、いつも通りの明日は――くるだろうか。



  ***



 どこからか甘い香りが漂ってくる。ぼんやりとした意識のまま、お布団にくるまって二度寝を決め込もうとして、ハッとした。

 ここはどこで、これは誰のお布団だろう。わたしに帰る家などないはずなのに。


「おや、目が覚めたか? おはよう、そしてようこそ」


 低く穏やかな知らない声に驚いて、お布団をはねのけ飛び起きる。声のしたほうへ恐る恐る目を向けて思わず震えあがった。

 褐色の肌に白黒ツートンの長髪、ゴツゴツした翼と尻尾を生やした男性……っぽい、がわたしを見ている。


「あなたは地底湖の近くで力尽きていた。今にも死にそうな声で『お布団……』と呟いたきり意識を喪失したから、驚いたよ。布団を恋しがる風の精シルフィードに会ったのははじめてだ」

『地底にくる風精なんて滅多にいないわ。地上では流行っているのかも。ようこそ地下迷宮へ、からだは大丈夫?』


 男性の陰からするりと姿を現したのは、小柄な女の子だ。ふわふわセミロングのピンクブロンド、左右色違いの目、背中の白い翼とエンジェルリング……たぶん、いやほぼ間違いなく、天使さんだよね。


「わたし、覚えてなくて。今は、どこも痛くないし苦しくないのですが」

「ふぅむ……。、かもな」

えにしが断絶し掛かっているのだと思う。早くに会えるといいけど」

「なるほど。布団を恋しがるということは」

『かつては人だったのね』


 わたしの前で不思議な会話を続ける、竜のひとと天使さん。自分のことのはずが何ひとつ実感を持てず、わたしはすがる気分でお布団をぎゅっと握りしめた。天使さんが振り向き、ふんわりと微笑む。


『風に連なるあなたには、私のが聞こえるのね。それなら導くわ。あなたの魂に紐づいたえにしの切れ端を、辿ってあげる』


 近づいてきた天使さんはわたしの頬に手を添え、額をコツンと合わせた。その仕草に懐かしさを覚えてぼんやりしている間に、すぐ離される。


「ここに迷い込むような縁、といえば」

『ええ、おそらく』


 わたしがわたしのことをわからずにいる間に、ふたりは何かに気づいて頷き合った。所在なく布団を抱きしめていると、天使さんがわたしの手を取る。


『あなた、ダンスの仕方は知っている?』

「ダンス……? フォークダンスなら……」

『お祭りだからそれも悪くはないけど、はねがあるのだもの。風に乗って踊れるように練習しましょ』


 え、え、と戸惑っているうちに手を引かれ、わたしはお布団から連れ出された。肩越しに背中を見て翅があったことを思い出す。半透明で、天使さんのとは違う四枚翅が。

 

「でも、なぜ、ダンスを?」


 ふたりの考えがわからなくて、尋ねた声は思った以上にか細かった。ふたりは顔を見合わせて頷き合い、竜のひとが口を開く。


「昼と夜の時間が等しくなるこの時節は、世界を隔てる境界も曖昧あいまいになる。あなたがここへ迷い込んだのはそのせいだろうし、ここに縁があったからでもある」

「……縁?」

『三日後に地上で大きなお祭りがあるの。そこであなたが会うべきひとに巡り会えれば、ほつれ掛けた縁が結び直されて、世界から流されずにすむかもしれないわ』

「わたし、誰かを捜してなんて……」


 何のことだろう。頭ではそう考えているのに、心がずっと寂しさにうずいている。

 名前も姿も思い出せない誰かを捜すなんて、できるだろうか。自分が何者か、名前すらも思い出せないのに。


『大丈夫。精霊の舞いには力があるの。きっと、見つけてもらえるはず』

「あなたが会うべき相手はおそらく……彼だ。戦狼と呼ばれ、天下無双の軍人だと噂されているが、礼儀正しく親切な人物だよ。不安に思わずいってくるといい」

「そんなすごいひとに、どうしてわたしなんかが」


 ふたりとわたしは初対面なのに、なぜ確信を持てるのだろう。わたしはまだ、どう立ち振る舞ったら良いかもわからないのに。


「彼がここに挑んだのが昨日のことだから、残滓ざんしが強く残っていて、あなたを引き寄せたのだろう。彼も何かをさがしていたようだしな」

『天使には運命が見えるのよ。でも、不安なのもわかるから、一緒に行くわ』


 天使さんの言葉に竜のひとが頷く。説明のすべてに納得できたわけではないけど、ふたりの笑顔は明るくて、胸に居座る冷たい寂しさを押しやってくれる気がした。



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