第43話 似てるけど、似ていない

青くそびえる山脈にぐるりと囲まれた田園風景。

緑の濃い田んぼの真ん中の農道を、乗用車が走っていく。助手席には北見。


神楽が後部座席から窓の外を眺めていると、


「ほたる神社はこのへんかなー」


夏美が言って、車を止める。スマホで位置情報を確認すると、赤い点がほたる神社のすぐ近くまで来ているのが見えた。


「結構、観光名所っぽいね。私も来れて良かった」


夏美が屈託なく笑う。


民宿を出発してから、いくつかのスポットを回った。


流れの速い川べりのアカシア林。


車でしか寄れないおやきの有名店。

青空の下でベンチに並んで食べるおやきは美味しくて、夏美と、少しだけ北見にも感謝した。


それから、長野の家の近くの公園や、郷土資料館も見た。


だが、どこも北見の記憶にひっかからなかったらしい。そろそろ昼時という頃


「ほたる神社に行ってみたいです」


スマホで地図を見ていた北見が、突然言い出した。

すぐに夏美も検索して、「よさげ。行こ」と言い、今に至る。


神社に着くと、北見は高く生い茂る杉の木を見あげていた。


「さすが、空気が澄んでるねえ」


夏美は感心している。北見はそれには答えず、あたりを見回している。


神楽も、小学生のころまでは、この神社でよく遊んだことを思い出した。


ほたるーー穂足神社。豊作祈願の神社だけれど、「ほたる」の響きに合わせるように、夏には蛍も飛ぶ小さなせせらぎもある。 地域の子どもの遊び場だから、子どもの頃の北見が来ていても不思議じゃない。


北見は歩いて、せせらぎの縁に立っていた。


「……こういう綺麗な小川って、蛍いそうだよな」


思い出したのか?!

神楽は妙に嬉しくなる。北見はそのまま


「ちょっと一人で見て回りたい」


と言い、神社の境内に消えていった。


神楽が水を飲もうと木陰のベンチに腰掛けると、夏美も隣に座った。

ベンチの近くには小さな鉄棒があった。小さなころは友達とよく遊んだことを思い出す。


さわさわと緑を抜けた風が肌を撫でる。夏の暑さはあるが、盆地のカラリとした空気に不快感はない。

夏美が、話しかけるタイミングを伺うように、ちらちらと見てくる。神楽が顔を向けると、


「チャンスだから聞いちゃおっかなぁ」

神楽の顔を見ていたずらっぽく笑った。


「ね、玲くんって、苗字、北見じゃない?」


「!」


不意打ちだった。夏美はさぐるように神楽を見つめて続ける。


「なんか、北見先生に似てるなって、思って」


北見先生は、父のテレビ番組でのあだ名だ。

神楽は平静を装って笑ってみせた。


「よく似てるって言われるみたいです」


そう答えたものの、一瞬の躊躇いで見抜かれてしまったらしい。

夏美は満足げに頷いた。


「そっか、やっぱり。そっくりだし、ネットに、北見先生、かなり大きなお子さんがいるって書いてあったからもしかしてって。前に、北見先生が大学の講演に来て下さって、少しだけお話させてもらったことがあるんだ。その時以来ファンなの」


「そうなんですね、凄いご縁……」


神楽は動揺を隠して言った。

まさか、父と会ったことのある人だとは。

ファンと言うくらいだから、個人的な接点はないだろうが、ヒヤッとする。


「でも、アイツ本人は、あんまり……」


神楽が言いかけると、それを夏美が遮った。


「お父さんのこと、触れられたくないんでしょ? 親が有名人だと大変だよね。でもあんなに似てたらバレるでしょ」


「ええ、そうですね」


言いながら、神楽はそれを心の中で打ち消していた。


似てない。

北見は父に似ていない。

顔や声はそっくりだけど、中身は全然違う。


北見はもっと……。


「あ、でも」


夏美がふと、気がついたように言った。


「見た目はそっくりだけど、雰囲気は違うよね。なんていうか悪い意味じゃなくて、不器用というか……あ、玲くん戻ってきたよ」


夏美が手を振った。


そのあと、三人で参拝をして神社を後にした。駅前のそば屋でざるそばを食べて別れた。


夏美は車の窓から


「じゃーね! またどこかで会えたら!」


と、明るく笑いながら手を振っていた。

神楽は隣に立つ北見を振り返る。


不器用、ねぇ……。


会ったばかりの夏美の信用を勝ち取って、車にまで乗せてもらって。

夏美がどのあたりを見て「不器用」と言ったのかは分からない。

器用に生きているように見える。


……でも、頼ったり甘えたりは苦手そうだな。


いつも自身を律して、完璧を目指す。失敗したっていいのに。

ホテルの予約がダブルルームになったことも、一緒に寝るのが嫌というより、自分のミスが許せないように見えた。


そういえば、今日一度も「玲」と呼ばなかった。


……呼んでみるか。


「じゃあ帰ろ、玲!」


声をかけてみた。


「はぁ?」


北見に、気持ち悪そうに言われた。

神楽が笑うと、北見はそれを無視して横をむいた。


昼、夏の太陽がてっぺんで輝いている。

荷台にコンテナを載せた軽トラが横を通りぬけていく。


二人は長野の家に向けて昨日通った道を歩き始めた。

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