第19話 取り消された投稿

北見はスマホを眺めていた。

足を組み、椅子をぐるりと回転させる。


ーーここまでか。


動画が削除されたところで、新しい投稿は途絶えた。

単に満足したのか、もしかしたら皆「取り消しました」を見て何か察したのかもしれない。


まあいい。

収穫は十分だ。後でじっくりパソコンで見よう。


『おやすみ』


北見はスタンプを押して、スマホを机に置く。

立ち上がり、風呂に入るためにクローゼットの扉を開けた。



*  *  *



神楽は、スマホに表示されたサムネイルを見て青ざめていた。

動画を再生したいのに、手が震える。


ーーなんで動画撮るのを止めなかった!


送信元の女子から電話がかかってきて心臓が跳ね上がった。

明るい声を意識しながらでると、突然


「神楽くん、ごめん!」


と謝られた。


「え、ごめんって?」


とぼけて言うと、女子が申し訳なさそうに言った。


「あの、写真のこと……。嬉しくてついスマホで撮っちゃって。本当に本当にごめんなさい」


「写真?」


意表をつかれた。心あたりがない。


ーーどういうことだ?


聞こうとした途端、女子に遮られる。


「あー折り返し来た。ごめん、一旦切るね。〇子にも電話してて、さっき出なかったから。佐藤と北見にも電話して、ちゃんと消してって言っとくから。元データも消すね。本当にごめんなさい」


……電話を切られてしまった。

神楽の心に不穏な影が広がっていく。


自分が気づかない間にどこかに写真が飾られていたとか?

さすがにそれはないだろう。

動画を見れば分かる。


神楽はスマホを置いて、PCを起動した。

同期された動画をPCの大画面でしっかり確認するつもりだ。

息を詰めて、再生ボタンを押す。


一瞬ベランダのオリーブの木が映ったあと、包丁を持つ手元が映った。

サラダ用のキュウリを切っている。トントントン、トン、と不規則な音が続いている。


『オレ下手すぎ?大丈夫?』

『口に入れば同じだよー』

『キビシー』


何気ない女子との会話も録音されている。

新婚っぽい会話だが、これがタイトルの「新婚」なんだろうか。


映像が切り替わる。

コンロと、その横の調理台の奥に置かれたスマホが映っている。

そのスマホに、神楽は一瞬声を上げそうになった。


オレのスマホ……!


そうだ。


女子に「パエリアのレシピ探してくれない?」と言われて、スマホでレシピを出した。そのレシピを表示させた状態で料理をしていた。


心臓がドクン、ドクンと脈打つ。冷や汗が出る。


……スマホが鳴った瞬間が映っているかもしれない。


そのとき自分はその場にいなかった。


動画の中のスマホは、まだ鳴らない。調理台の奥におかれ、時折画面が消えないようにタップされている。


『コンソメって、チキンとビーフどっちがいいの?両方買ってきたよ』

『顆粒のほうが楽じゃない?』


他愛のない会話が続いている。

神楽は息を詰めてPC画面を見つめる。


また画面が切り替わった。


『もうすぐ出来上がりでーす。蓋を開けてみましょう!』


女子のアップが映る。自分がいないときだ。

洗面所にタオルを取りに行って……戻ってきたら、父からの着信が残っていた。

覚悟を決めて画面を見つめる。


ピピピ


動画の中でスマホの鳴る音がした。


『神楽くんの鳴ってるぅ』


そんな声が入った、次の瞬間


「きゃ、これ、何っ。結婚式の写真?!」

「このちっちゃい子、神楽くんじゃない? 可愛い!」

「隣の子も可愛い!」


女子がカメラを向けたのだろう。PCの大画面に、女子が撮った神楽のスマホの着信画面が大きく映しだされた。


そこには、父から着信した時に表示される画像がーー


教会の前で、タキシードに身を包んだ北見の父親とウェディングドレス姿の神楽の母親、正装をした小さな神楽と北見が一緒に映った写真が表示されていた。


ーー最悪だ!


この写真から北見家との関係がバレる。そう思ったからいつも肌身離さずスマホを持ち歩いていたのに、どうしてこの時に限って!


結婚式なんて出たこともないのに、勝手に作られた合成写真。それを着信画面に設定された。パスワードがかけられていて変更も出来なかった。


あのとき、自分が洗面所から戻ると、女子二人は既にリビングにいた。


『着信画面を女子に見られたかもしれない』と思わなかったわけじゃない。


でも、女子は「神楽くんのスマホ鳴ってたよ」と、リビングで音だけ聞いたような言い方をしていた。それに、もし見られたとしても、顔も鮮明に写っているわけじゃない。そんなに興味を引くこともないだろうと……そう思って…。


きっと女子たちは、この動画を撮ったことを黙っているつもりだったんだろう。

それを、北見が引きずり出した。



*  *  *



風呂を出た北見は、キッチンに寄りペットボトルの水を冷蔵庫から出す。

冷たいシャワーを浴びて、深夜ではあるが頭を冴えさせた。


ーー少し丁寧に動画を確認するか。


そう思いながら自室のドアを開け、思わずペットボトルを落とした。


「…………!!」


水がごろごろと床を転がっていく。

驚きと恐怖のあまり、数歩後ずさる。


北見の椅子には父が座り、足を組んでいた。手には北見のスマホを持っている。


そしてPCには、これから見ようと思っていた動画ーー神楽の、包丁を持った白い手が表示されていた。

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