出題編:12
調査続行。
考えてみれば、横澤さんは騒ぎのその瞬間、その場にいながら無事だった唯一の人物だ。
その時の様子を聞かせてもらうことにしよう。
横澤さんは気まずそうに俯いていたが、いつき先輩に促されて話し始めた。
「…一週間前。ちょうど夕方になった頃のことよ」
「ちょうど夕方に…6時過ぎくらいですか?」
「ええ。私はその時…」
横澤さんの話は、概ねいつき先輩から聞いた内容と同じだった。
教室で何が起こったのか、直接見た横澤さんからより詳しい話が聞けるかと期待したのだが。
熱心に絵を描いていた後輩たちが、突然倒れた。
自分は慌てて先生を呼びに教室を飛び出し、たまたま廊下で知り合いの生徒に会ったので、いつき先輩を呼んでくるよう頼んだ。
いつき先輩の話と違う点…というか矛盾点を挙げるとすれば、横澤さんの話には呪いの絵は一切出てこなかったことだ。
いきなり人が倒れるという状況で気が動転した横澤さんが、絵のことに気づかなかった可能性もあるけど…本当に呪いのような異常な力が働いたとしたら、気づかずその場を抜け出すなんて、あり得るのだろうか。
いつき先輩が教室に駆けつけた時、後輩の一人は譫言のようにぶつぶつと呟き続けて、明らかに普通ではない様子だったというが、
「いや…悪いけど私は気づかなかったわ。私もいつきと同じで、自分で思ってる以上に焦って注意力散漫になってたのかもしれない」
そして別に悪いことなど何もしてないのに「すまないね」と言った。
横澤さんの態度の変わりように少し驚く。
さっきの会話が、横澤さんの頑なな態度を想像した以上にほぐしてくれたようだ。
「あん?何見てんのよ。○すわよ」
…そうでもなかった。
むしろ発言がより直接的になっている。
まあしかしそれでも、これもまた横澤さんのツンデレ的なアレだと思えば、つい先ほどまでとはやはり印象が変わって見える。
「…………」
その証拠に、横澤さんは照れたようにぷいと横を向き、ぶつぶつと小声で何か呟いているが、昨日と違い教室を出ていくようなことはなかった。
「やれやれね」
いつき先輩も、少し呆れたような声を出しているが、その視線は優しい。
それはともかくとして。
せっかく横澤さんが協力的になってくれたのだから、色々と話を聞いて、調査を効率的に進めたかったんだけど…。
今のところ、あまり聞けることもなさそうだ。
どうしたものか、と思ってる横で、なっちゃんが横澤さんのところへツカツカと歩み寄っていく。
「…横澤ちゃん。照れ隠しがバレて赤くなるのは構わへんけど、鼓太郎くんはあたしのものやから惚れたらあかんで」
「はあ…?なんで私があんなのに赤くならなきゃなんないのよ、火ヶ崎なつみ。寝言は寝てから言いな」
なんか勝手にバチバチしてるので(ていうか誰が誰のものだって?)ここはなっちゃんに任せて、僕は美術室の中を見て回ることにした。
「モテモテね」
いつき先輩がニコニコ笑いながら、僕のうしろをついてくる。
「何をお探しかしら?」
「いや…ええと…」
特に何か確信があるわけではないけど…これが見つかれば、というものはある。
教室の片隅にある木製のテーブルの上には、同じデザインのカバンが乱雑に置かれている。
おそらく美術部で支給されているカバンで、画材を入れて持ち歩くためのものだろう。大きめで道具がたくさん入りそうだ。
(流石にこれを勝手に開けて中を覗くわけにはいかないな…)
カバン置き場を離れて、大きな棚の前にやってきた。
こちらは、先ほどのテーブル以上に雑多だ。
出しっぱなしになった絵の具や筆、彫刻刀。空のお弁当箱、お菓子の空き袋、漫画の単行本やボードゲームなんてものも置かれている。
大きなクーラーボックスまで。何に使うんだろう。
「片付いてなくて、お恥ずかしいわ。みんなに何度注意しても、ちっとも改善されなくて」
いつき先輩が少し恥ずかしそうに髪を掻きながら言った。
「いや、探偵部の部室も似たようなものですから」
とはいえ、探偵部と美術部じゃ所属してる生徒の人数にはずいぶん差があるわけで、乱雑に置かれた私物や資料も、結構な量になっている。
なっちゃんが部室にキープしてるお菓子やおもちゃの類も、これと比べれば可愛いものだ。
「ええと…美術部の皆さんって結構、だらしない感じ、なんですかね…?」
「ごく一部の部員だけよ」
いつき先輩はピシャリと否定する。
「私はもちろん、横澤もきちんと整理整頓しているわ。でも後輩たちにはちょっとそういうのが苦手な子が多いわね。注意するとうるさがったりするから手を焼いているわ」
そして、ふと思い出したように付け加えた。
「そういえば、今回の被害者…と言って良いかわからないけど、あの後輩たち3人は特にひどいわね」
そう言って、いつき先輩は積まれているお菓子の袋や遊び道具を、うんざりと眺める。
「こっそりお菓子やゲームなんかを持ち込んで遊んでるだけなら可愛いもんだけど、こうやって片付け忘れて置きっぱなしにするもんだから散らかっていくのよね…」
いつき先輩の独り言のようなボヤきを聞きながら、僕は物色を続ける。
そして、ようやく目当てのものを見つけた。
(やっぱり。あると思ってた)
「これじゃないでしょうか…後輩さんたちが倒れた直接の理由は」
僕は見つけたもの…テレピンの缶を指して言った。
いつき先輩の表情が、わずかに強張る。
「これって、油絵の具を描きやすくするための調整に使う、ペインティングオイルってやつですよね」
「…そうよ」
「特にテレピンは揮発性が高くて、扱いを間違うと人体に有害だったと思います。長時間使っていると、眩暈や吐き気を催す…後輩さんたちは当日、学内展の作品作りで長い間、教室にこもって作業をされてたそうですね」
「ええ」
「その間、換気をするのをうっかり忘れており、気分が悪くなって倒れたり、目眩を起こして机の角なんかに体をぶつけて怪我をする、ということもあり得るんじゃないでしょうか」
「………」
いつき先輩はしばらく黙っていたが、残念そうに首を振って言った。
「それはないわ。私は普段から後輩たちに、揮発性油を使う時は必ず換気に気をつけるよう、口酸っぱく言っているし」
「しかし、この私物の山を見る限り、後輩さんたちがいつき先輩たちからの注意を重く受け止めてるとは、あまり思えないんですが…」
「そうね。それは認めるわ…でもありえない」
いつき先輩はどこか申し訳なさそうな口調で言う。
「ごめんなさいね、でも推理はハズレよ。その日、この教室にいたメンバーで油絵を描いてる人はいないのよ」
「…確かですか」
「全員、学内展の作品の仕上げにかかっていた時期よ。各自の作品の内容はすべて私が把握してるわ。間違いない。私の知らない作品を描いてるような余裕は、あの子たちにはないわ」
「そっか…そうですよね、納得しました」
僕は頭をかいた。悪くない線だと思ったけど、当てが外れたな。
なっちゃんが慰めるように声をかけてくる。
「さすがにその辺りのことは、美術部の人の専門やからね…真っ先に調べてたんかな?」
「ええ。私も実は最初にそれを考えたわ。念の為に翌日、部室に来て確認したけど、やはりテレピンを使用していた形跡は見当たらなかった」
横澤さんもやってきて、僕の手元にあるテレピンの缶を見ながら言う。
「まあ、当然よね。美術部で人が倒れたら誰でもまず換気の不備を疑うわよ。残念でした、探偵部」
揶揄うような口調で笑う横澤さんを、いつき先輩が横目で嗜める。
なっちゃんが無言で頭を撫でてくる。…いやいや、ちょっと待ってよ。
「あの、言っとくけど…僕、そんなに落ち込んではいないよ?まだ確かなことがわからないから、あくまで網羅的に可能性の一つをつぶしただけで、ひとつ推理が外れたからって気にするようなことじゃないんだから」
「そうやね…うんうん、そうやね」
妙に優しく頷かれると、だんだん本当にちょっと落ち込んでくるな…。
「負け惜しみを言うだけの元気があるなら大丈夫そうね」
「大丈夫よ、鼓太郎くん。推理が一つ外れたくらいで、私はあなたたちに調査を頼んだことを後悔したりしないわ」
明らかに気を遣われているな。
早いところ、次の可能性を考える方向に切り替えた方が良さそうだ。
「あの、いつき先輩。ほんの参考程度に、後輩さんたちが当日描いてた絵って、見せてもらえませんか?」
「だから、油絵じゃないのよ」
「いえ、それはわかりました。本当にただの参考です」
当日、絵を描いてる状況で事件が起こったのだ。その時描いていた絵に関連がある可能性は、そんなに低くないだろうと思う。
というか、どこにヒントが転がっているのかわからない状況なのだ。実際のところ藁にもすがる思いで、念のため絵を見ようというくらいの気持ちである。
それなら、といつき先輩は、美術室の反対側の壁際に歩いていった。そこには、布を被ったとても大きなキャンバスがある。
横澤さんも近寄ってきて、協力しながら布を取り去ると、横幅2メートルはあるだろうか、巨大な風景画が現れた。
「あの子たちが共同制作している水彩画よ」
それは、冬の朝の海を描いた絵だった。
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