第6話「合理的な捕食者①」

震える私を、ロイドはじっと観察していた。

その視線が、まるで私の心の中を覗き込むかのように感じられる。

少しだけ顔を背けたくなるが、ロイドの目は私から離れることはなかった。


「どうした、ネロ?怖いのか?」


ロイドの声には、冷たさと興味が混じっている。

何かを確認するように、私の反応を見ているのがわかる。


私は震えながらも、ロイドに問いかけた。


「なんで私を生かしているの?」


ロイドはしばらく黙っていたが、やがて冷静に答えた。


「君は他のネズミとは違って賢いからだよ。」


彼はその言葉を、まるで当たり前のように口にした。


「僕の指示通りに的確に薬を調合できていた。」


その言葉に私は驚き、しばらく言葉が出なかった。

ロイドが言っていることは本当だ。あの薬の調合を、

私は自分の知識を駆使してきちんとこなした。


でも、それだけで生き残れる理由にはならないはずだ。


「それは…」


私は少し迷いながら、言葉を続けた。


「私は医者の家系で、戦争が始まる前は薬学について勉強していたんです。」


ロイドの目が、わずかに興味を示してきた。

彼の冷徹な表情が少し変わり、私に向ける視線が鋭くなる。


「薬学か…」


ロイドは静かに呟き、私を観察する目が一層深まった。


「君はそれを学んで、何を目指していたんだ?」


私は少し戸惑いながら答えた。


「医者として、人々を助けることが目標でした。戦争前は、家族や周囲の人々と共に、薬学の研究をしていました。平和な世界で、人を助けるために薬を使いたかったんです。」


ロイドはその話を黙って聞いていたが、やがて口を開いた。


「なるほど…君は医者として、人を救いたかったと。

でも、今はどうだ?君の理想は、どこに行ったんだ?」


その言葉に、私は少し言葉を詰まらせた。


確かに、今の私はかつての理想とは全く違う場所にいる。


ロイドの言う通り、今私はただの実験体で、薬を使って人を救うことはおろか、自分を守るために生きているに過ぎない。


ロイドは私の反応を見て、さらに追求するように言った。


「君は何のために人を救いたいのか?それとも、ただ他人の意志をなぞっているだけなのか?」


その問いは、私にとって非常に重く感じられた。


かつての私が持っていた「人を助ける」という純粋な願いが、

今ではただの過去の話になってしまっている。


私は何のために戦っているのか、救いたいのは誰なのか、

それすらも曖昧になってきているような気がした。


「私は…」


私は答えを見つけられず、言葉を続けることができなかった。


ロイドの目は、私の言葉を待っているように鋭く、そして冷静だ。彼は私の心の動揺をしっかりと見ている。それが彼の目的なのだろうか、私を追い詰め、何かを引き出すことが。


その瞬間、私は自分が何を求めているのか、

もう一度考え直す必要があるのだと感じた。


ロイドが問いかけていることは、私の心の中で深く響き、その答えを出すことができない自分がもどかしく思えた。


悲しげな目で、私はロイドを見つめた。感情が抑えきれず、声が震えてしまう。


「戦争さえ起きなければ、私は医者を目指してた…全部、この世界が悪いのよ!」


その言葉が、心の中で溢れ出した。

私の過去、理想、すべてが戦争によって打ち砕かれた。


あの戦争がなければ、今も私は薬学を学び、人々を助けることに情熱を注いでいたかもしれない。


その言葉をロイドに向けて、思わず叫びたくなった。


「ねぇ、ロイド…あなたはこの世界をどうしたいの?あんな薬を広めて…」


私はその問いを彼に投げかけた。

ロイドがどんな冷徹な答えを返すのか分かっているはずなのに、

それでも、心のどこかで彼が私に何かを教えてくれるのではないかと思っていた。


ロイドは一瞬黙っていたが、やがて冷徹な目を向けて、静かに答えた。


「感情論だな…。戦争なんてただのきっかけにすぎない。」


その言葉は、私の心に鋭く突き刺さった。


「私は研究に没頭していただけだよ。ゼクスならまだしも、

自分から争いや堕落をけしかけたことはない。」


その冷徹な声に、私は一瞬言葉を失った。

ロイドは、戦争の原因やその結果に対してまるで無関心のように話す。

彼にとって、戦争も薬も、すべては「研究」の一環に過ぎないのだと感じた。


「どういうこと?」


私はそれでも声を絞り出した。

目の前で、ロイドがあまりにも無感情に話していることに、混乱と疑念が渦巻く。


「だってあの薬はあなたが広めたんじゃ…」


ロイドは少しだけ目を細め、無表情のまま答えた。


「作ったのは私だ。」


その言葉は、まるで事実を淡々と告げるだけのようだった。


「試作品の段階でかつて仲間だった奴に薬を持ち出されたんだ。」


その言葉に、私は驚きとともに深い疑問を抱いた。


ロイドがあの薬を作ったという事実は知っていたが、

それを持ち出したのがかつての仲間だと言われると、何か大きな裏がありそうな気がした。


「仲間だった…?」


私は思わず呟いた。


ロイドがそれまでの友人や仲間たちをどれほど無関心に切り捨ててきたのか、少しずつ理解し始めていた。


ロイドは静かに頷いた。


「ああ。薬は私の研究の一部だったが、まさかそれを広められることになるとは思わなかった。あの薬が広がったのは、私の予測とは全く違う方向に進んだ結果だ。」


その言葉に、私は少しだけ理解を深めたような気がした。

ロイドが薬を広めたのは、彼の意図ではなく、結果的に起きたことだ。


しかし、それでもあの薬が引き起こした惨状を前に、私はロイドがどれほど冷徹で無情な存在なのかを改めて実感していた。


ロイドが作り出したものが、彼の手を離れて勝手に広がり、戦争と混乱を引き起こした。そのことに対するロイドの無関心さが、ますます私を冷徹な現実へと引き戻していった。


「じゃあ、何のために人体実験を…?」


私は言葉を絞り出すようにして問いかけた。


ロイドがあまりにも冷静で無感情に答えているのを見て、私はその理由を知りたかった。どれほど冷徹で無情な理由が背後にあるのか、それを理解したいと思った。


ロイドはその問いに一瞬の間も無駄にすることなく、静かに答えた。


「平和には犠牲がつきものだ。」


彼の声はまるで機械的で、感情を一切交えず、ただ真実を告げているかのようだった。


その言葉に、私は一瞬言葉を失った。


平和を手に入れるために、犠牲が必要だというのか?

その理論がどれほど冷酷で非情であっても、ロイドにはそれが正当化されているように感じられた。


ロイドは続けた。


「僕はね、自分の創ったものには責任をとるつもりだよ。それが他人の命を代償にする行為であったとしても。」


その言葉には、何の迷いも、何の後悔もなかった。彼にとって、全ては


「研究の一部」であり、その結果がどれだけ犠牲を払ってでも、

最終的には「正しい」ことだという信念が根底にある。


私はその冷徹な言葉に、心の中で反発しながらも、

同時にその理論の重さを感じずにはいられなかった。


ロイドは他人の命を、研究の結果として必要な代償だと見なしている。

その考え方が、私にはあまりにも理解できなかった。


「人の命を、そんなふうに扱うなんて…」


私は小さな声で呟いた。


ロイドは一度も目を合わせることなく、無表情で私を見つめていた。

その目には、私の感情がまるで意味を成していないかのように、無関心が漂っている。


「感情的になっても仕方ない。」


ロイドは淡々と続けた。


「僕はただ、与えられた役割を果たすだけだ。全てが計算された結果であり、これもまた進化の一部だ。」


その言葉に、私は胸が締め付けられるような気がした。


進化のために、犠牲を払うのが当然だと考えているロイド。

その理論が、私にはあまりにも冷酷に感じられた。


「でも、どうしてそんな冷徹な道を選んだの?」


私は思わず口に出してしまった。ロイドに対して、心の底からその疑問が湧き上がった。


ロイドはようやく私に目を向け、冷ややかな視線を投げかけた。


「選んだのは僕じゃない。ただ、そうするしかなかっただけだよ。」


その言葉が、また私の心に重くのしかかった。

彼は、全てを運命として受け入れているようだった。

選んだのではなく、そうする運命だったと。


その言葉を聞いて、私はさらに混乱し、理解できなくなった。

しかし、ロイドにとってはそれが真実であり、

彼の中でそれが最も理にかなったものなのだ。


ロイドは静かに口を開き、私を見つめながら言った。

その声には、これまでにない冷徹さと、どこか暗い感情が込められていた。


「僕はね、過去に家族を疫病で失った。」


ロイドの言葉は、突然私の心に重く響いた。

予想もしていなかった過去の話に、私は一瞬言葉を失った。


「この世界が荒廃する前に、未知のウィルスが猛威を振るっていたのは、君も知っているだろう?」


その言葉が、私を一瞬で過去に引き戻した。

確かに、世界が崩壊する前、いくつもの疫病やウィルスが蔓延していた。


私もその影響を受け、薬学を学ぶことになった一因でもあった。

だが、ロイドがその話を持ち出すとは思ってもいなかった。


ロイドは続けて語る。


「無知な人々は、病の存在を恐れから認識しようとはせず、

また信仰などという無意味な行為で救われると信じている者

…とにかく現実を見ようとしない者達にうんざりしていたんだよ。」


その言葉には、深い怒りと、長年の失望が滲み出ていた。


「僕の家族もその中の一人だった。」


ロイドの声が少しだけ震えた。私はその言葉に反応しようとしたが、ロイドは続けて語り始めた。


「祈れば救われる…そんな希望的観測で命を落としていった。実に憐れだったよ。」


彼の声は冷徹で、無情そのものであり、過去の悲しみと怒りが混ざり合っているようだった。


その言葉に、私は思わず胸が締め付けられた。

ロイドの家族は、無知と信仰にすがり、命を落としてしまったのだと。

彼にとって、それがどれほど深い傷となっているのか、少しだけ理解できたような気がした。

しかし、それでもロイドの感情はただの恨みや憎しみではないように感じられた。


彼の言葉には、何か別の感情が混じっている気がした。


私は少しの間、言葉を探していたが、

ロイドの目は冷徹で、私に何も期待していないようだった。


彼の過去の苦しみは、私には到底理解できないものだった。

けれども、彼が抱えている怒りと絶望は、私が想像する以上に深いものだと感じられた。


「だからこそ、僕は薬を作り、無知な者たちに対して実力で示すことが必要だと思った。」


ロイドはその目を私から外さず、再び冷徹な声で告げた。


「信仰や希望にすがることなく、現実を見て行動することが、真の救済だと考えている。」


その言葉に、私は胸の中で何かが引っかかるのを感じた。

ロイドが言う「現実を見ろ」という言葉が、私にはただの冷徹な理論にしか聞こえなかった。


だが、彼にとってはそれが正義であり、方法だったのだ。


ロイドの過去、そして彼が今に至るまでの歩み。


私はそのすべてを理解することはできなかったが、彼が抱えている深い傷が、今の冷徹さに繋がっていることだけは分かった。

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