皐月五月雨
高倉アツシ
第1話 チャイム
四月。心地良い春風に包まれて眠気交じりの目を指で擦る。
俺は布団に寝転がりながらスマホの画面を見つめていた。
高校の裏掲示板では、クソつまらない書き込みが羅列されている。
B組の誰それはサッカー部のキャプテンと付き合ってるとか、教育実習生の坂崎が女子生徒とヤリまくってるとか、バスケ部の丸井副部長死ねとか。
まあ、便所の落書きがオンライン化しただけで、学校という閉鎖された空間ではよくあるストレス解消方法の一つだ。
「うへ、またかよ」
とある一つの書き込みを見て呟く。
画面に書かれていたのは、二年B組の
今度はヤリチンで有名な野球部キャプテンの
定期的にこの手の下ネタの書き込みがされている道明寺だが、俺が家に引きこもって便所の落書きを眺めるようになった原因もこの女だったりする。
「何人セフレいんだよこの女」
布団の中で寝返りを打つ。
スマホの画面を変えて一枚の画像を見る。
——道明寺花凛の卑猥なコラ画像だ。
くそ、くそ、くそと言いつつも、頭の中では綺麗な顔をぐちゃぐちゃに汚したくて悶々としてしまう。
実際、あいつの泣いて謝る姿を見たらどれほど気持ちいいだろうか。
考えただけで高まる気持ちに、俺の下半身が限界を迎えようとしていたときだった。
ピンポーン。
家のチャイムが鳴った。
両親は昼間仕事で留守だし、専門学生の姉貴も夕方まで帰ってこないので家には俺一人しかいない。
面倒だから声を我慢して居留守を決め込む。
……ピンポピンポピピンポピンポピン、ポーン。
だー、うっせー!
思わず起き上がって玄関に向かう。
思春期男子のお楽しみ中にジャマしやがって!
不機嫌を隠さずに力強く玄関扉を開けると、紺色の剣道着を着た道明寺花凛が扉の前に立っていた。
「やっほ♪」
思考が停止した俺は玄関扉を閉めた。
ピンピンピンピンピンピンピン!
「連打すんなよ!」
「じゃあ閉めないでよ」
うるさい音を止めるために渋々扉を少しだけ開ける。
道明寺がすかさずぐいっと足を扉の隙間に差し込んできた。
「うち営業はお断りなんですけど」
「あはは、こんなカワイイ営業マンだったら売り上げトップ間違いなしだね!」
「その横ピースと舌出し止めろよ腹立つから」
「うんうん。相変わらず思ったことまんま口に出すねえ。羨ましいよホント」
「あ"あ"?」
これ完全に喧嘩売られてるよな。いいよ買ってやるよ、今ならオマケで男女平等パンチもつけて二千円で買ってやるぞ。
俺が世紀末なヒャッハー思考をしている間に、ぐいぐいと左腕と左肩を扉に押し込めてくる変質女が一名。やだこわいこの人。
「なんで入ってこようとすんだよ!?」
「なんで入れてくんないのよ!?」
質問に質問で返すンじゃあない!
親はどういう躾けをしてんのかね本当に!
「あのさあ、俺がお前を家に入れると思う? 頭湧いてるんじゃない?」
病院行ったら?
俺が扉を閉めようとするが、同じく道明寺が扉をこじ開けようと踏ん張っている。
「ちょっと、さあっ! お願いがっ! あっ、てっ! あっ、 ……指挟めそ」
「意外と力つええなおい」
「うぅ~。これで閉め、られたら。あんたの、親が、帰ってぇ、くる、……ぁぁ、まで、扉の、前で、泣き続けるからぁっ」
「止めろよ! 迷惑過ぎんだろっ!!」
バン、と扉を開けてツッコむと同時に、今まで押し入ろうと力んでいた道明寺が前のめりに倒れこんで覆い被さってくる。
バタン、と背中が硬い玄関のタイルにぶつかる。いてえ。
それと同時に何か柔らかい感触が胸の辺りに感じた。
ああ、そう言えばクッションとかってこういう柔らかさだよな。
俺が真顔で見上げると、エロく、間違えた。エラく息を切らした道明寺が少し汗を流しながら俺の体の上にのしかかっていた。
ラッキースケベなんて普通起こるわけねーだろっていうそこの君。
ラッキースケベはいつも突然に
「ごめんね。今起きるから」
慌てて謝って起き上がる道明寺。
いや、別に名残惜しくはない。絶対。ゼッタイニダ。
でも今日だけはお風呂入るの止めるよ母さん。
だってさ、俺は思春期だからね。
―――――――————
道明寺をリビングのソファに座らせて、俺は床に体育座りしていた。
「あのさ、別にここは
「そんなことしたら温もりが逃げてしまうだろ」
なるべくこの胸の温もりを逃したくないんだ。
「……よくわかんないけど、それなら、まあ」
首を傾げながらも無理やり納得してくれる。
さっきまで玄関で扉を押し合いへし合いしていた相手とは思えないくらいに聞き分けが良くて思わず二度見した。
ずっと思ってるんだけどやっぱその剣道着変だよ。
「それでさあ、本題なんだけど動画撮ってほしいんだよね」
同じくソファの上で体育座りをした道明寺が俺の方を見ながら言う。
「どう、が……?」
「そ。動画。私さあ、歌舞伎が好きだから家で自分の踊ってるとこカメラで撮ってみたんだけどさー、全然上手く撮れなくて。それで他の人に撮ってもらおって思って来たの」
今宇宙人と会話してる気分だ。言語は何とか理解できるんだけど文化圏が違い過ぎて頭に情報が何にも入ってこねーや。
「いや、ていうかそれで俺んち来るのもわけわからんし、ましてやその格好も意味わからんて」
「鐘居君なら笑わずに手伝ってくれそうだったからだよ。この格好はホントは衣装用の着物着たかったんだけど、持ってなくてさー。一番それっぽいから剣道部から借りてきたの」
「マジ意味わからん」
聞いてもわからんかった。俺が病院行きたい。精神安定剤がほしい。それぐらいSAN値ピンチ。
そんな感じで目がぐるぐるしている俺の目の前で合掌してお願いポーズをしてくる道明寺。
マジで意味わかんねーよ、何でこんなことになってんのか……。
頭を掻きながら道明寺を見る。
「あのさ、確認なんだけど、なんで俺なの? 一番選択肢としてないだろ、俺。だって先週お前の体操着を……」
「あ!! れは私もパニくって叫んじゃったけど実際せいえゲフンゲフンじゃ、なくって、ヨーグルトだったしというかあの場面じゃ普通はみんなびっくりするしいやでも確かに私もちょっとだけ酷いこと言っちゃったかなってあの後思ったんだよ、だけど翌日から鐘居君来なくなっちゃうしだからそのー、あのときはゴメンッていうかあ、とゆーか、鐘居君たちにも非はあると思うんだうんゼッタイそう、そうだよっ! 鐘居君も私に謝ってそれで両成敗で良くない? どう? どお、Do?」
「いいえ、あれはケフィアです」
ああ、十日経ってようやくやりたかったネタができて満足した。
それじゃ目をパチクリさせながら「え、ケフィ……?」と口ごもってる道明寺はさておき。
部屋に戻ってさっきの続きするか。温もりが冷めないうちにな!
「——てちょっと! 部屋に戻らないで、手伝ってよぉ」
ドアの近くまで行ったら呼び止められた。
コイツ帰ってくれないかな、頼むから。
「あー、はいはい(笑) なるほどォ、つまりオイラの弱みにつけ込んで動画撮影を手伝わせたいってことですよね? でもオイラがあなたに罪悪感あるっていうのはー、あなたの感想ですよね。それってえ、なんかデータとかあるんですか?」
「え、悪くないと思ってるなら普通は引きこもらなくない?」
ドン引きされた。
もうやめてえ! 鐘居君のライフは0よ!
てか論破王が論破されてんじゃねーよハア使えね〜。
俺はさっきの続きを渋々諦めて、引き攣った笑みで道明寺に向き直る。
「今日一回こっきりだぞ」
「笑顔キモっ!」
あ、やっぱコイツキライだわ俺。
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