魔法使いの唄
乃村石
第1話 教室にて
ある夜の空に唄が鳴った。それはどのラジオにも流れないようなどこかの民謡によく似たその曲は、とある高校生に力を与えた。
「君は魔法使いを信じるかいっ⁈」
特殊能力研究部の三浦恭太は不機嫌になるほど大きな声でクラスメイトに質問した。
「は~…はいはい、信じる。信じる」
質問された久我隼人は慣れた様子で質問をあしらった。久我隼人が通うのは宮城県にある太平洋の見える高校。窓を開ければ潮風が教室中に広がる。この日も真夏日で窓を開けていたからか教室に海の香りがほのかに香っていた。
「久我はいつもそうだな、本当に信じているのかっ!」
夏の気温よりも暑苦しい口調で三浦は隼人に話しかけた。
「恭太、お前の非公認部活に俺を巻き込むなよ」
「非公認は余計だ。見てろよ、いつか認めさせてやる…あの職員室にいる井坂をっ」
「私がどうかしましたか?三浦君」
「ひゃっ!い、井坂先生…なんでもないっす!」
三浦の背後からすっと顔を出し耳元に話しかけたのはこのクラスの担任で部活関係の総括をしている井坂瑠偉先生だ。教科は社会で授業中もよく自分の行ったことのある国の話で生徒たちから人気を得ている。
「三浦君ね、何度も言ってるけど君の部は公認できないんだよ。部の目標だって不透明だし」
三浦が部長を務める特殊能力研究部(仮)は三浦が1年の三学期から立ち上げた部活だが学校からの公認がもらえていない非公認部活である。三浦と井坂は部活の公認をめぐって度々対立している。
黙り込む三浦を横目に隼人は井坂に話しかけた。
「そいえば、先生。坂登、また遅刻だそうです」
「え~、またか…久我君彼女と家近いでしょ。家行って連れてきてよ」
「いや~、俺行っても無理無理。あいつぜってー起きねえもん」
会話に出てきた坂登とは坂登澄香のことである。坂登は隼人の幼馴染であり家も近所にある。坂登は遅刻魔だが授業態度はまじめであり、部活動の空手にも本気で取り組んでいる。その甲斐あってか空手の東北大会で優勝している。
「でも、1時間目の途中には来れるっぽいですよ。あいつの母親が言ってました」
「じゃあ、そのまま連れてきてよ…」
夏の蒸し暑い気温と朝からの三浦のうっとおしさであまりいい日にはならないだろうと直感した。その直感は現実となったのだ。
1時間目が始まり少し経った頃、廊下を勢いよく走る音とゼェゼェとした声が近づいてくるのを感じ、井坂や隼人がやっと来たかと若干のため息をついた。
「ず、ずいません!遅れましたぁ」
「はいはい。いったん席ついて落ち着いてね。後で話聞くから」
「は、はい」
息を切らしながら隼人の隣の席に着いたのは遅刻魔の空手家坂登澄香だ。母親の言った通り一時間目の序盤で学校に着いた。
1時間目が終わり井坂からの軽めの説教が終わった坂登は少し頬を膨らませ、隼人に近づいてきた。
「なんで起こしてくれなかったの!隼人来たんでしょ?」
「人のせいにすんなよ。お前の責任だろ」
「ぐぬぬ…あっ。じゃあいいんだ。あのこと言っちゃおうかなー」
「馬鹿っ、お前駄目に決まってんだろ!」
坂登と隼人が話していると、三浦が話しかけてきた。
「何してんだ、二人して。この後移動教室だぞ」
「おぉ、そうだった。ありがとう。坂登、あのことはもう口にするな」
「へーい」
「ん、何のことだ久我?」
「あー、いや何でもない」
隼人は適当にはぐらかしその場をやり過ごし、三浦と坂登とともに教室を後にした。
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