第五話:酒場の光と仲間たち
夕暮れの修道院。クララは新しいワンピースの裾をつまんで呟く。
「呑みに行くなんて……マリテ様に叱られないかしら?」
ひるがえるワンピースの裾を見て、アイリーンは満足そうに言った。
「貴族のあたしがついているのよ? 酒場なんて高貴なあたしには似合わないけど、クララのためについてってあげるわ。それに、少しの息抜きくらい、マリテ様も許してくださるわ」
相変わらず上から目線だが、その言葉にクララは安心した。
「そうですね。アイリーンがいて下さると私も心強いです」
ネッカチーフの端を弄りながらクララは微笑んでいた。
「お二人とも、準備は出来ましたね。お美しい二人を先輩がエスコートしましょう」
修道院の外で待機していたラッセルがうやうやしくお辞儀する。
「ラッセルったら、ご機嫌ね。でもお辞儀の仕方が全然ね」
アイリーンが鼻を鳴らし、腕を組む。
「酒場なんて初めてで、よろしくお願いします」
クララは緊張のあまりぎこちない。その様子に二人は吹き出した。
「クララ、もっとリラックスして! ほらっ!」
バンッと背中を叩き、緊張をほぐすアイリーン。
しかし、クララもアイリーンも緊張と好奇心でソワソワしていた。ラッセルは二人を見ながら赤くなった石畳の上を、進むのだった。
酒場『
扉を開けるとレオがこちらを見つけて叫んだ。
「遅いゾ、ラッセル!」
ジョッキをガンと叩きつけた。
「まぁまぁ、女性の支度は時間がかかるものですよ」
ラッセルがレオをなだめていると、リリスが長いポニーテールをかき上げ、笑う。
「ラッセルが寄り道してたんじゃないの? 二人とも、座って。エルフの歌について語らいましょう」
「リリスさーん、わたしもいるんですよ? 仲間はずれにしないでくださーい」
ラッセルが大げさに泣くと、テーブルは笑いに包まれた。
「ガッハッハッ! 修道服もいいが、私服もめんこいのう! どれ、駆けつけ一杯じゃ、呑め呑め!」
ガルドも上機嫌に酒をすすめる。ドワーフ向けの火酒なので、二人は呑めない。
クララは目を丸くし、呟く。
「すごい賑やか……!」
アイリーンは酒場の雰囲気に耳をふさいだ。
「まったく、うるさいったらありゃしないわ!」
二人が着席し、ラッセルも座り『風詠みの
「市場の勝利に乾杯ダ!」
レオがジョッキを掲げ、一行も続く。ラッセルはガルドがすすめた酒を呑み、シスター二人はぶどうジュースを飲んだ。火酒の度数にクラクラしたラッセルがレオに絡む。
「いいれすかぁ、わらしが かずぇよみのリーダーなんれすからねぇ」
その様子にアイリーンが悪態をつく。
「うっわ、品がないわねー」
クララは両手にジョッキを持って目をぱちくりさせている。
「ラッセルさん、酔うとああなるんですね」
そんな二人にリリスが近づく。
「二人とも、エルフの飲み物に興味はない? これはミード。ハチミツが入ってて美味しいのよ」
琥珀色の飲み物を差し出し、飲むように促す。
「これって……お酒よね?」
「確かに甘い香りとお酒の香りがしますね……」
アイリーンは「いただきます」と豪快にミードを流し込んだ。直後に咳き込み、リリスに苦情を言った。
「強すぎじゃない! リリスって上品なのにこんなイタズラするのね!」
クララもジョッキに口をつけ、一口、二口呑む。
「甘いですね! でも……頭がクラクラします」
そんな二人の様子にイタズラっぽく微笑むリリス。
「僧侶は祈りの力が重要なんでしょう? お酒を呑むと何かのきっかけになると思ったのよ」
お酒初心者らしい反応に酒場が笑いに包まれる。
ガルドは酔いが回ったのか席を立ち、「ドワーフの酒豪を見せてやろうぞ!」と息巻いていた。
ジョッキを一気飲みし、『ファイア!』と叫ぶ。口から小さな火の玉が飛び、暖炉に命中し、火が燃え上がる。その様子に客が「すげぇ!」と拍手を送った。
だが、次の瞬間、ガルドは目を回しテーブルに突っ伏した。
「ちーっとばかし、呑みすぎたわい……」
「人間、ああはなりたくないわね」
リリスが冷たい視線を送った。
レオはジョッキを片手にチビチビ酒を呑んでいる。時たま、肉をつまみ、一行の様子を観察していた。その観察は酒場全体にも目を向けている。――主にこちらをじっと見つめる、目深にフードを被った黒ずくめの男に向いていた。
(あいツ、怪しいナ。風詠みのメンツを見ていなイ……。シスターたちを見ていル?)
その予想は正しく、黒ずくめはシスターたちを観察していた。外套の奥に光る
手元の羊皮紙には人相書が記されており、とある女性が描かれている。
(……見習い聖女か。面白い逸材だね)
レオは好奇心に満ちた人の目に、微かでも悪意が混ざってないか、様子を見ることにした。しかし、隣のテーブルのいざこざで諦めざるを得なかった。
「俺のジョッキを飲んだだろ!」
「お前こそ、人の肉を食いやがって!」
テーブルを叩き、殴り合い寸前で酒場がざわつく。
レオが剣に手をかけるが、黒ずくめの口元が三日月型に歪むのを見て、気が逸れた。その瞬間、クララが祈りの言葉を口にした。
「女神マリテよ、かの者を癒やし、人々に安寧を!」
すると、両手から小さな光が溢れ、二人の酔っ払いを包む。怒りがスーッと消え、一人がもう片方に笑いながら呟いた。
「なぁ、仲直りの乾杯でもしねぇ?」
酒場が拍手喝采し、クララは「良かった……」とホッとする。
だが、力を使いすぎてよろけた。アイリーンがクララを抱きとめ、泣きながら声をかける。
「だから言ったでしょ! 無理しないでって。でもすごいわ、クララ!」
ラッセルが酔いながら「これぞ、百合……」と言っていたが、アイリーンに意味は分からなかった。
「これが僧侶の仕事れすよー! わらしは 別の意味で癒やされましたー!」
呂律の回らないラッセルに杖でポコンと頭をぶつガルド。リリスもこれにはお手上げのようだ。
レオは喧嘩の仲裁が出来なかったことに少し後悔したが、真っ赤な顔のラッセルを見て笑った。
「スマン、クララ。助かっタ」
ちらりと黒ずくめの方を見ると、その姿は消えていた。テーブルにお勘定とメモが置いてあった。
『シスターを守る勇敢な獣人さんへ。ボクに敵意はないから安心してほしい』
レオはメモをクシャッと丸め、その場に捨てた。
「あいツ、気付いていたのカ……」
クララを休憩させ、歩けるようにあった頃、飲み会は解散となった。
修道院の門の前で一同は声をかけ合う。
「楽しかったわ。今度は女同士ゆっくりおしゃべりしたいわね」
リリスが微笑むとラッセルが「わたしも混ぜてくださーい」としゃしゃり出る。
「魔法も祈りも努力じゃぞ! 今夜はゆっくり寝るといい」
ガルドはすっかりシスターの親のようだ。
「ラッセルを頼ム。酔うとメンドクサイ」
レオはラッセルの肩を叩き、シスター二人に声をかけた。
「風詠みのみなさんもご心配おかけしました。今日は楽しかったです」
「あたしも! こんな楽しい時間は初めてよ。また集まりたいわね」
クララとアイリーンは風詠みのメンバーと別れ、修道院に戻っていった。
ラッセルはその後、修道院長の雷が落ち、二日間の謹慎処分となった。
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