ハルカくんの正体【いつかきっと、あの宇宙から】

水涸 木犀

1、ハルカくんのご先祖さま

 わたしは、真っ暗なハルカくんと並んで歩いている。塾を出てから数分経つけど、おたがいに無言のままだ。


 少し前、わたしとハルカくんはちょっと仲たがいをしていた。友だちのアユがわたしとハルカくんの仲をからかったせいで、わたしが距離をとるようになったのだ。でも、地球人じゃないハルカくんにはその意味がよくわからなかったらしくて、思い詰めてしまった。自分の母星にこっそり帰ろうとするくらいには。


 いろいろあって、それは思いとどまってくれたのだけれど、今日はそんな「いろいろ」があった次の日の帰り道だ。話したいことはたくさんある気がする。でも、わたしから口を開くことは、なんとなくためらわれた。


「やっぱり、チハルさんのことをわかるのは、難しいです」


 ハルカくんはぽつりとつぶやく。


「それはあたりまえだよ。だってわたしたち、会ってからまだ五カ月しか経ってないし。そもそももっと長い知り合い……お父さんとかお母さんのことだって、わたしはよくわからないことのほうが多い。他人のことなんて、かんたんにはわからない」

「でも、僕たちの種族にとっては、こんなに難しいことではないのです」


 視線を足元に向けていたハルカくんは、銀色の瞳をわたしに向けた。


「少しだけ、僕の話を聞いてもらってもいいですか?」

「いいよ。今までもそうしてたでしょ?」

「ですが、それは塾の中で、でした。外は寒いですし、やはり日を改めて」


 確かに今は十一月。外で立ち話をするにはちょっと、いやだいぶきつい季節だ。でも、いまこのタイミングを逃したら、ハルカくんの大事な話が聞けなくなってしまう気がした。だからわたしは、ハルカくんの左の袖を強く引いた。


「いいって。その話、いま話すことに意味がある。そんな気がするから。ほら、駅のベンチとかはどう? そこであったかい飲み物とかを飲みながらだったら、なんとかなるよ」

「……はい」


 今のわたし、ちょっと強引すぎただろうか。ハルカくんはちょっと困っているときの顔をしていた。でも、話を聞いてほしいと言ってきたのは彼のほうだ。わたしに引っ張られるようにして一緒に駅まで向かい、途中の自販機でホットココアを二つ買って――ハルカくんは、まだ自販機の買い方に慣れていない――青いベンチに並んで腰かけた。


「僕たちの種族は、前、チハルさんには宇宙人だと説明しましたよね」

「うん」

「それは嘘ではないのですが、ニホンのヒトが考える宇宙人とはちょっと違います」


 ハルカくんはココアが入ったペットボトルで両手を温めて――そういう仕草はすごく人間っぽい――言葉を続ける。


「僕たちは、旧人類、つまり今のチハルさんたちの先祖が生まれるずっと前に、地球に生まれた存在なのです」

「えっ? でも、地球の歴史って、海から生き物が生まれて、それが陸に上がって、恐竜とかが出てきて、それが絶滅して、それでやっと人類の祖先が生まれたんだよね?」


 思わず学校と塾で学んだ知識を使って反論すると、ハルカくんはゆっくりと首を横に振った。


「それは、地球に残った人間たちが、地球の大地に残された史料を調べてわかったことですよね。僕たちのことは、それで読み取ることは不可能なのです。僕たちの祖先は、生きた痕跡をその場に残すことがありませんから」

「ありえるの? そんなこと」

「僕たちの存在がまだ、人間たちに知られていないのが、その証拠です」


 ハルカくんの言葉に、わたしは黙るしかない。今の話が本当かはわからないけど、彼がわたしとは違う存在なんだっていうことは、これまで経験したことからよくわかっている。


「旧人類……僕たちの祖先は、当時の地球で敵うものはいない状態でした。すでに相当の知識があり、ほかのあらゆる生物は敵ではありませんでしたから。そういう状態のことを、日本語では天下無双というそうですね。でも、地球そのものが起こす災いには敵わなかった」

「地震とか、火山の噴火とか、そういうこと?」


 確か恐竜は隕石の衝突で滅びた、っていう話だった気がするけど、隕石は「地球そのもの」が原因ではない気がする。それで問いかけたら、ハルカくんはあいまいに頷いた。


「そうですね……地球の内側からの大きなうねりが起きて、地球全体で大きな地殻変動が起きたのです。ざっくりいうと、ありとあらゆる場所で大きな地震と、火山の噴火と、それらに伴う大津波が発生しました。その後に残った地球はもはや、旧人類が住める場所ではなくなっていました」


 わたしは世界中で地震と、火山の噴火と、津波が起きるのを想像してみたけれど、うまくいかなかった。ただ「人が住めなくなった」というところだけわかればいいのかなと思い、話の続きを待つ。


「旧人類には地震や火山が恐ろしいものだという知識はありましたから、それらから身を守るためのシェルターをあらかじめ用意していました。しかし、その時起きた災害はそんなものでは防げなかった。いえ、正確には防ぐことはできたのです。シェルターの中に被害は及びませんでしたから。しかし、シェルターそのものが成層圏の向こう側に放り出されてしまうことまでは、想定していなかった」

「え、ええっと、ハルカくんのご先祖さまたちは、シェルターに入ったまま宇宙に放り出されちゃったってこと?」


 ハルカくんの言葉は難しいけれど、成層圏というのは理科の教科書で読んだ記憶がある。だからきっとそういうことだと思って口にした確認に、今度ははっきりとした頷きが返ってくる。


「そのとおりです。おそらく火山噴火の勢いで跳ね上げられてしまったのだろうと言われています。ともかく、結果的にシェルターは長い間宇宙を漂流しました。シェルターの入り口は、旧人類が安全に降り立てる土地に到着するまで開かない仕様になっていましたから、旧人類は長い長い年月を、シェルターの中で過ごしました」


 そんな長い間閉じ込められて、ご飯はどうしたんだろうというのが気になってしまったけれど、きっと「旧人類」をわたしたちと同じ存在だとおもったらだめなのだろう。ハルカくんはなおも語り続ける。


「ようやくシェルターの入口が開いたとき、そこもう、地球は全く見えないくらい離れた場所でした。しかし地球が住めない以上、シェルターが導いてくれた星で生きていくしかない。旧人類は覚悟を決めて、その星を開拓することを決めました。そうして自分たちの生活を継承して、長い年月が経って、生まれたのが僕です」

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