第22話 詩乃の部屋
今年も残すところあと三日。何事もなく一年が終わると思っていた十二月二十九日、校内には人気がなく、冷たい風が廊下をすり抜けていた。
昨夜、「生徒会室、大掃除するから。明日、二時に集合」
詩乃からの突然のLINEに、遥斗は内心うんざりしながらも、琴音に会えるかもしれないという期待で参加した。
だが、琴音は「家の用事で行けません」とメッセージだけを残し欠席。
結局、詩乃・美羽・遥斗の三人で掃除をすることに。
「大掃除っていってもあんまりやることないですね」
「ふだんから掃除してるから当然よ」
美羽と詩乃の会話を聞きながら、窓を拭いていた遥斗も思わず苦笑する。
二時間ほどで作業は終了し、校門前で駅に向かう美羽と別れた。
「美羽ちゃん、バイバイ!よいお年を」
「桐島先輩、陽香先輩も〜!」
手を振って去っていく美羽を見送り、ふたりきりになった帰り道。
詩乃がふいに口を開いた。
「べ、別に深い意味はないんだけど……あんた、宿題まだ終わってないんでしょ?」
視線をそらしながら、少しだけ頬を赤らめる。
「まあ、そうだけど」
冬休みの宿題として大量に出された課題は質量ともに多く、まだ三分の一も終わっていなかった。
「しょうがないから、私の家で見てあげてもいいわよ」
「えっ、ほんと? 助かる~!詩乃って、やっぱ優しいな」
このままだと正月も宿題に追われそうだった遥斗は、満面の笑みを浮かべた。
自宅に立ち寄ってカバンに宿題を詰め込み、急ぎ足で玄関へ戻ると、詩乃が腕を組んで待っていた。
「遅い」と小声で呟く詩乃の隣に並び、ふたり並んで歩き出す。
冷たい風の中、五分ほど歩いて詩乃の住むマンションに到着した。
詩乃とは小・中・高と同じ学校に通っているけれど、実は彼女の家に行くのはこれが初めてだった。そもそも場所すら知らなかった。
ちょっと年季の入った五階建てマンション。エントランスを抜け、エレベーターで四階に上がった。
402と書かれた玄関のドアが開くと、こぢんまりとした6畳ほどのリビングと、その奥に並ぶ二つの引き戸が目に入った。
「おじゃまします」
靴を脱いで上がると、詩乃が右側のドアを開けてくれる。その奥は6畳ほどのシンプルな洋室。
勉強机とベッドがコンパクトにまとまり、壁際にはちょこんと並ぶぬいぐるみ。整った部屋には、どこか女の子らしい柔らかい雰囲気が漂っていた。
「まぁ、そこ座ってなさい。今、あったかい飲み物入れてくるから。カフェオレでいいでしょ」
「え、うん。ありがとう」
「コートはここにかけておいて」
詩乃は手早く自分のコートを壁のハンガーにかけると、そのままリビングへと出ていった。
陽翔は言われた通りコートを脱ぎ、ローテーブル前に並んだクッションのひとつに腰を下ろす。ほんのりとした暖かさが部屋に満ちていて、肩の力がふっと抜ける。
数分後、戻ってきた詩乃の手にはカフェオレと、白い小皿に乗ったチーズケーキがあった。
「ケーキまで……いいの?」
「たまたま昨日食べたい気分だったから焼いただけよ。これは、その……残りもの」
そっけない口ぶりとは裏腹に、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。
詩乃はカフェオレをテーブルに置くと、ブレザーを脱いでさっきのハンガーにかけた。暖房が効いているからだろう、制服のシャツ姿になると、次の動作に移ろうとする。
そして、まさかの行動に陽翔の手がぴたりと止まる。
「ちょ、ちょっと待って……着替えるの?」
「当然でしょ?プリーツスカートは帰ったらすぐ脱がないとシワになるのよ」
そう言いながらスカートのホックに手をかける詩乃。
妹の奈津にも同じことを言われ、陽翔も家に帰るとすぐに着替えるようにはしているが、それを目の前でそれやられても困る。
「女の子同士なんだから、別に気にしなくていいでしょ」
詩乃はなんでもないような顔でスカートをスルリとおろしはじめ、陽翔は大慌てで目線を逸らした。顔が熱くなるのは、暖房のせい……だけじゃない。
「一応、男なわけなんだし」
「あら、男なの?だったら、か弱い女子高生の部屋に押し入った女装した変態がいるって通報しなきゃ」
詩乃はニヤリと小さく笑いながら、脱いだ制服のスカートをハンガーにかけ、代わりにジャージ素材のスカートに履き替えた。落ち着いたグレーの色味に、ふんわりとしたシルエット。動きやすさと可愛さを両立した、いかにも冬の女子高生の部屋着といった雰囲気だった。
――けれど、詩乃の着替えはそれで終わりじゃなかった。
制服のリボンをすっと外すと、彼女はためらいなくブラウスのボタンに手をかけ、ひとつずつ外し始める。
「ま、待って、詩乃……!」
思わず視線を下に落とす陽翔。けれど理性と本能のあいだで揺れる心は、たった一瞬、誘惑に負けてしまった。
そっと目を上げると、ブラウスの下にのぞく白いキャミソール。その奥――かすかに透けて見えたのは、深いワインレッドのブラジャー。奇しくも、今陽翔が着けさせられているものと、まったく同じ色だった。
(まさか、偶然……じゃない?いや、でも……)
心臓が跳ね上がるのを感じながら、陽翔は再び慌てて目をそらした。まるで自分の中の何かを見透かされたようで、どうしようもなくドキドキが止まらなかった。
――その瞬間、背中にふわりと柔らかくて温かい感触が触れた。
びくりと肩を震わせる陽翔の耳元に、優しく、それでいてどこか艶のある声がそっと囁きかける。
「女の子同士なんだから、気にしないでって言ったでしょ」
気づけば、詩乃がすぐ背後にいた。まるで生徒会室で見た“あの時”のような、百合モードの詩乃に――なっていた。
距離の近さと声の響きに、陽翔の胸はドクドクとうるさく脈打ち始める。背中越しに感じる体温が、やけにリアルだった。
詩乃の唇がふいに陽翔の耳に触れたかと思うと――
「んっ……!」
ぬるりと濡れた舌が耳をなぞり、次の瞬間には、耳たぶをそっと、でも確かに噛まれた。
「ひ、ひぃーっ……!」
思わず変な声が漏れて、陽翔の背中をぞわぞわとした感覚が駆け抜ける。寒さとは違う、何か熱を帯びた感情がこみ上げてきた。
詩乃の手がそっと伸びて、ふわりとスカートの裾をめくるように触れてくる。
「ダメじゃない。女の子が……こんなとこ、大きくしちゃ」
耳元で囁かれるその声に、陽翔の理性は限界寸前。
――ダメだ、ここで詩乃に反応したら、もう戻れなくなる。琴音にも顔向けできない。人生、詰む。
必死に自分を押しとどめていたそのときだった。
ふいに、詩乃の手がピタリと止まった。
「べ、別に本気じゃないから! か、勘違いしないでよねっ!」
バッと立ち上がると、頬を赤く染めたまま教科書を開く詩乃。
さっきまでの百合モードはどこへやら、すっかりいつものツンデレ生徒会長に戻っていた。
「……で、どこが分からないの? 教えてあげるから」
その声は、少しだけ震えており、ページをめくる手も震えていた。
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