第13話 メイド服
放課後の教室が、今日はいつもとまるで違っていた。
普段なら机の並んだ静かな空間のはずが、明日の文化祭を前に、クラスメイトたちの声と笑いが飛び交うにぎやかな空間へと早変わりしていた。
陽翔のクラスがやるのは「アニマルカフェ」――つまり、動物をモチーフにしたコスプレ系のコンセプトカフェだ。
殺風景だった教室は、造花やガーランドで飾りつけられ、パーティー用の紙皿やプラスチックのカップが運び込まれてくる。
カフェといっても、用意するのはドリンクと、出来合いのケーキやシュークリームくらい。だけど、それっぽい雰囲気を出すことが大事なのだ。
接客担当の女子たちは、動物の耳がついたカチューシャやかぶり物を取っかえ引っかえ試しては、鏡の前でポーズを取ったり、スマホで撮影しあったりと楽しげだった。
一方、陽翔はというと、調理係としてテーブルクロスを一人せっせと敷いていたのだが――
「篠原さん」
不意に名前を呼ばれて振り返ると、そこには男子コンビの花田と渡辺が立っていた。
二人とも、やけに意味深な笑みを浮かべていて、嫌な予感しかしない。
「どうしたの?」
訝しげに問い返すと、花田が何やら紙袋を差し出してきた。
「あの~、これ、男子たちからのプレゼント」
言いながら渡された袋の中身を見て、陽翔は思わず固まった。
――黒地に白フリルの、メイド服。しかも、ガチのやつ。
「……は?」
思考が追いつかず、声が裏返る。そんな陽翔に、花田が続けざまに説明する。
「明日、これ着て欲しくてさ。男子みんなでお金出し合って買ったんだよね。俺はバニーガール派だったんだけど、多数決でメイド服になった」
なに勝手に話まとめてんの……。陽翔の眉がピクピクと引きつる。
怒鳴りたい気持ちは山々だったが、周囲を見ると、男子たちが教室のあちこちからこっちを見てニヤニヤしている。
やけに期待に満ちた目で――完全に面白がっている。
「ちょ、ちょっと、なんで俺がそんなの……っ」
「いいじゃん。調理係くらい、私が代わってあげるから。それ着て、接客係やりなよ」
さっきまで動物耳選びに夢中だった松中さんが、ニヤリと笑って言う。
「私も見たい。メイド服に猫耳、絶対かわいいわ」
詩乃までもが猫耳カチューシャを手に、陽翔に差し出してきた。しかも妙に楽しそうだ。
その顔を見た瞬間――陽翔は察した。これ、逃げられないやつだ。
「……え、いや、それは――」
「着替えてきて」
詩乃がピシャリと命じるように言う。反論の余地など与えない口調。
まわりはすっかりその気で、陽翔が断る隙もなかった。
「……わかったよ」
そう言うしかなかった。陽翔はため息まじりにメイド服を抱え、更衣室へと歩き出した。
更衣室で着替えを終えた陽翔は、意を決して教室の扉を開いた。
――次の瞬間。
「きゃーっ!カワイイーっ!」
教室が割れんばかりの歓声に包まれた。
ざわついていた空気が一転して、全員の視線が一斉に陽翔に突き刺さる。
黒地に白のエプロン、フリルたっぷりのメイド服。
そして、頭には詩乃から無言で押しつけられた猫耳カチューシャ。
「な、なんでこんな……」
恥ずかしさで頬が一気に熱くなり、陽翔は思わずうつむいた。
が、その背後で、男子たちがやたら満足そうな顔で頷き合っていた。
「やはりメイド服で正解だったようですね」
「うむ、やはりメイド服こそ正義。バニーガールなど邪道に過ぎん」
「まぁ、俺も最初はバニー派だったけど……これはこれで全然アリだな」
花田、渡辺、斎藤の三人が、うんうんと感心したように腕を組んでいる。
お前ら、何と戦ってるんだよ。
「おーい、篠原さ~ん、笑って笑って~!」
スマホを構えた松中さんが無邪気に声をかけてきた。陽翔の同意を待つことなくシャッターを切った。
こうなったら、もう誰も止められない。
「こっち向いて~、笑って~!」
「猫耳触ってみていい? ふわふわ~!」
「陽翔ちゃん、まじ天使!可愛すぎるってば!」
陽翔のまわりには女子たちが群がり、まるで撮影会のような賑わいになっていた。
最初は気恥ずかしさで縮こまっていたものの、何度も「可愛い」と言われているうちに、少しずつその気になってくる。
(う、うーん……案外、こういうのも……アリかもしれない?)
スカートがふわっと広がる感覚も、猫耳のカチューシャも、思っていたよりしっくりきていて――
ちょっとだけ、鏡で自分の姿を見てみたいかも、なんて思ってしまっている自分がいた。
そんなときだった。
「……ちょっと、調子に乗らないでよ」
背後から鋭い一言が突き刺さる。思わずビクッと肩が跳ねた。
振り向くと、そこには詩乃が腕を組んで立っていた。
表情はツンとすましたままだが、微かに耳が赤く染まっている……ような気もする。
「し、詩乃……?」
「別に、目立ってて羨ましいとか、そんなのじゃないから。クラスの一員として注意してるだけ」
「え、う、うん……ごめん?」
謝るべきなのか分からず、陽翔が戸惑っていると、詩乃はなぜかスマホを取り出した。
「……その、今しか撮れないから。一応、記録としてね。ほら、あんたも写りなさいよ」
「え、あ、うん……?」
わけも分からないまま、陽翔は隣に並ぶ。
詩乃は微妙な距離感で立ちつつ、ちゃっかり陽翔の肩のあたりにそっと近づいてきた。
「ちゃんと撮ってよ、松中さん」
「はーい、詩乃ちゃんもこっち見てー、ハイチーズ!」
パシャリ。
画面には、メイド服と猫耳の陽翔と、その隣で微妙に嬉しそうな顔をしている詩乃の姿が並んでいた。
「……これ、保存しておきなさいよ。消したら承知しないから」
「え? あ、うん。うん?」
陽翔は戸惑いながらもスマホを受け取る。
……怒ってるのか、喜んでるのか……どっちなんだ?
詩乃が何を考えているのか、結局よく分からず立ちすくんでいると――
「おーい篠原! そろそろ俺たちのターンだろ!」
男子たちがぞろぞろと陽翔のまわりに集まってきた。
その中心には、例の渡辺と花田、そしてオタク仲間の斎藤の姿もある。
「今のうちに写真撮っとかないと、明日は混むからな!」
「それな、それな! メイド陽翔、マジで可愛いってばよ……!」
「バニー派の俺でも認めざるをえないこの可愛さ……くっ、敗北を知りたい」
「お、おい……あんまり近づかないでよ……?」
戸惑う陽翔の両脇に、さりげなく腕を回してくる男子たち。
……肩に触れる手が、ちょっとだけあったかい。
男子のはずなのに、妙にドキッとするのはなぜなんだろう。
(……なんか、悪くない……かも)
ひやりとする距離感の近さ。
ちょっとだけ優しくされるのも、女子扱いされてるのも、ほんのりくすぐったい。
「おーい、次は陽翔を囲んで全員で! センターな、センター!」
男子たちのテンションがどんどん上がっていく中、
陽翔はなぜか、その真ん中で――
ぽかんとしつつも、口元がふと緩んでいた。
女の子みたいに扱われるのが、こんなに嬉しいなんて。
自分の“境界線”が、ゆっくり滲んでいく気がした。
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