第16話 楽観的

16話 楽観的

 今日も朝は皆で食事をし、スーツに着替え出社する。いつも通りビルに入り仕事をし、疲れた時には窓から町を眺めた。自分は仕事は好きで、この綺麗なビルやオフィスは居心地が良く。仕事内容もキツイ時はあれど基本的には定時であがれる。休憩時間になれば同僚や後輩、先輩など沢山の人に話しかけられ、それを快く笑顔で対応していく。

「ソウマさんっていつもそれ飲んでますよね~。」

 同僚の一人がそう言って自分のカップを指さす。

「たまには市販のもの飲みたくありません?」

「うーん。この味に慣れてるから逆に別のものだと違和感の方が強くなっちゃうかも。」

「あ~コーヒーって結構味違いますもんね~。」

 毎日、朝にコーヒーを淹れ水筒で会社に持って行く。いつもの味がとても心地良い。砂糖やミルク入れずにブラックで飲む。勿論、コーヒー豆の種類や煎り具合、挽き具合もいつも同じ。全て完璧である。

 休憩時間が終わりその日も卒なく仕事を終え、帰路につく。

「えー今日もすぐ帰っちゃうんですか?」

 部下の女性が一人そんな事を言っていたが申し訳無い顔を作り、さっさと帰る。

 家に姉とペットが待っているのだから興味のない女性に引っ付かれてもうざったい。今日はペットと遊ぶ時間を増やしてあげないとなと考えながら車を走らせる。家のゴールデンレトリバーは体が大きい分一緒に遊ぶのは大変だがお利口なので、最近あまり遊べていないのとご褒美を兼ねて甘やかしてやろうと考える。

 そんな事を考えていると、何があったのか渋滞が起きている。前の方が詰まっており、つい苛つきが出てくるが一旦心を落ち着かせ辺りを見渡す。

 すると、車のナンバーがここら辺でないものがあったり、道を歩く人々は同じTシャツを着てる。確か、この先にイベント会場があったはずだ。今日はそこでライブか何かあるのだろう。しかもちょうどその参加者が集まってくるだろう時間帯に合ってしまったらしい。

「なんでこんな遅い時間なんだ。」

 ため息をつきながら迂回するため繁華街の方へ行く。イベントのせいかいつもより活気のない繁華街のチカチカ眩しい道を通る。

「騒々しい……。」

 スピードをあげながら突っ切ろうとしたが、ふと買い物があったことを思い出しまたもやため息をつくことになる。買い物と言っても歯磨き粉は切れそうで買っておこうと思っていた程度だった。勿論そのついでにドラッグストアで予備の日用品や薬品を買おうと考えていたが、この先にドラッグストアがあったかどうかなんて普段使わない道のことは覚えてない。

 仕方なく諦めて車を走らせているとコンビニの看板がある。先程までケバケバしい色使いの変なフォントの店の看板が所狭しと並んでいた中に見慣れた看板を見つけ、そちらにハンドルを回す。

 今どき、コンビニは何でも売ってるからと入って店内を見渡す。若者がちらほら居て騒々しい。歯磨き粉を持ってレジに行きさっさと帰ることを心に強く思いながら車に戻る。

「すみません。ちょっといいですか?」

 ふと、後ろから話しかけられる。

「なんですか?」

 宗教勧誘か、客引きだろうと車に乗り込みながら聞き返す。

「あ、あの、こんな人知りませんか?」

 小柄な男はオドオドしながら携帯を見せてくる。睨みつけてやろうとそちらに目をやると、画面には見たことのある犬が映っていた。いや、見たことのある人物が映っていた。

「あの、この人のこと。ぼく探していて……。最近連絡が取れてなくて……。」

 男の顔を見る。身を屈め車内にいる俺に必死に語りかけてくる。着ているものは普通。安っぽい、そこら辺にいそうな風貌。目の下に隈ができてる。でも、この辺りにいるような感じでもないな。などと男を観察して考えた。実のところ焦りを誤魔化すために見て分かることを一つ一つ頭の中で整理していったにすぎない。

「あ、あの……。」

 何も答えないでいると男が俺の顔を伺おうと首をかしげる。

「写真、よく見せてもらえません?なんか見たことがあるような……。」

「あ、はい!勿論です!」

 男は顔を明るくさせ手を伸ばす、窓の中に腕が入る。

「ユズキっていうですけど、どうですか?見たことありますか?」

「あー、この人。見たことありますよ。」

 そう言って男の携帯を取るフリをして、男が手を緩めた時携帯をはたき落とす。

「あっ!す、すみません!」

「ああ、いえ。大丈夫ですよ。あ、後ろの方に滑っちゃったかな?」

 本当は真下にあるのだが適当なことを言って車から出る。男は後に下がりキョロキョロしながら車や俺を見る。

 後部座席の方からしゃがんで下を向き探しているふりをする。

「うわ、俺の腕じゃ挟まって届かない。」

 座席を揺らして音を出す。

「あ、ぼ、ぼくが取ります。」

「ほんと?いや、すみませんね。人の携帯落としておいて取ってもらうだなんて。」

「い、いえ。大丈夫です。えっと、どこらへんですか?」

 何も疑いもなく男は車内に入りしゃがんで下を見る。

 俺はちょうど車にあった鉄のシャベルで男の後頭部を殴りつけた。


 ――――


 本当に今日のぼくはツイてない。朝から靴紐が何回も解けるし、夜に色々話を聞いて回っても得られる情報がなかった。話かけた人らにこの見た目から子供扱いをされたりもした。

 しまいには誰か知らない人に連れ去られた。携帯を落として拾おうとしてしゃがんだことは覚えてる。今は真っ暗などこかで揺れてる。頭がズキズキと経験したことの無いくらい痛む。

 時々止まったり、動き出したりするからきっと車の中にいるのだろうと思いながら必死にもがく。腕は後に回され固定され、足も同様に結束バンドらしきもので固定されている。

 さっきから何かうるさいなと思っていたら、それは自分から出てるうめき声と呼吸音だった。ガムテープか分からないがテープで口を塞がれながらも声を漏らしている。背中には嫌な汗をかき、心臓の音が耳の間近で聞こえる。

 そこでぼく自身がパニックになってることを自覚する。

 すると、車が止まりガチャガチャと何か聞こえてくる。急に視界が明るく照らされる。

「うるさいですよ。静かに。」

 黒い影がそう言ってぼくを引きずり出す。半ば落ちるようにして外に出る。襟を引っ張られ無理矢理立たされ歩かされる。

 頭が痛い。頭が痛い。視界が揺れてる。二重に見える。

 黒い影が扉を開けそこの中にぼくを入れる。玄関だ。黒い影はぼくに靴を脱がせ廊下を歩かせる。途中で口や腕に巻いたテープを無理矢理外されながら、徐々に目が慣れ黒い影がどこにでもいそうなサラリーマンのように見える。浅い息をしながらもたつく足を前に出す。これからどうなるのか何されるのか嫌な妄想が進み目が眩む。

「ただいま。今日はプレゼントがあるよ。」

 男はそう言ってリビングの電気をつけて誰かに話しかける。

 明るくなった部屋に何か蹲ってる。なんだろうかと思っていたがそれが何か分かり目を見開いた。

「ユズキ……?」

「ユウジさん……。」

 崩れるように彼のもとに駆け寄り抱きついた。

「ユズキ!ユズキ!」

 所々に痣がある。右頬が赤くなってる。

「泣いてるの……?」

 ユズキがぼくの目元を優しく撫でてくれる。また会えたことが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

「……!頭に怪我してる?」

 ユズキがぼくの頭を撫でて言う。そういえばそうだったと感じる。今は痛みなどなく。ユズキをしっかりと抱きしめる。しかし、ユズキはぼくの後ろを見て震えていた。

「よし!決めた、それじゃあこれからお父さんの役をしてもらおう。」

 背後にいた男は明るい声で言い、手を叩く。

「なら、お父さんらしい格好しないといけませんよね?ほら、立って。」

 ぼくをまた引っ張り起こしどこかへ連れて行く。

「まって!お願いします!この人は解放して!」

 ユズキが男の足にしがみつきながらぼくの腕を掴む。その手はガッシリと掴まれており少し痛い。

 ユズキは長い金髪を揺らしながら必死に彼に懇願する。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら何度も叫ぶ。

「っ、邪魔なんだよ!クソ犬!」

 男がユズキを蹴り上げる。

「なっ、やめろ!」

 もがくもズルズルとそのまま引きずられ別の部屋に行く。段差に体が擦れて痛い。

「ただいま。ちょっと待ってて。」

 部屋に入ると男が誰かに言う。そっちの方を向くとベッドの上に何かが横たわってる。布団に包まったそれがモゾモゾと動き、手を出した。人間の手が布団から出てきてベッドシーツを引っ掻く。ジジジっとシーツを引っ掻く独特な音がして男は言う。

「それ、やめてよ。爪傷ついちゃうよ?」

 すると大人しく手は動きを止めそのかわりに布団をぎゅっと掴む。

「うーん。良さげなのないな。父さんが亡くなってすぐに全部捨てちゃったからそれぽいのも無い。」

 男は僕の方を見て言う。

「ちょっと買ってきます。こんな時間に空いてる店なんてたかが知れているだろうけど、父さんが着ていたようなものならきっとありますよね。」

 笑顔で僕に言ってから、布団に話しかける。

「父さんのことよろしくお願い。ちょっと出かけてくるから。」

「うぅ……。」

 低くて掠れた声が聞こえる。男はそのままニッコリと笑いかけ出ていってしまう。薄暗い寝室によく分からない布団の中にいる人物と二人きりになる。

 ハッとしてユズキの元に帰ろうと痛みながら無理矢理体を動かしながら扉に向かった。

「どこ行くの?」

 またあの布団から声がした。まるで壊れかけの機械が出す金属同士が擦れ、高い不快な音のように感じるその声の主は布団から顔を少しだけ出してこちらを覗き込んだ。

「え、あ……ユズキが、蹴られて。」

「いつものことだよ。仕方ないんだ……。」

「え?いつも?そんなっ……。」

 いても居られずドアノブに手を伸ばすが後に引っ張られる。

「まって……。」

「っ、な、なんですか?」

 布団から少しだけ頭が見える。黒い髪を垂らして病的な白い肌をしてる。顔は暗くてよく見えない。

「薬、どこにあるか知らない?」

「薬?知らないです。どこか悪いんですか?」

 早くユズキの元に向かいたい気持ちを抑えながら弱々しいその人物に聞く。

「……別に。それが欲しいってだけ。」

「……よく分かりません。でも薬が必要なんですね?いつもはどこに置いてあるんですか?」

「さぁ?あいつがいつも持ってくるから。」

「ええと……どうしよう。」

 布団の人物に対して最初は恐怖心があったがその弱々しさを感じると不安になり、その布団を覗き込む。

「……と、とりあえず。その、ぼく、ユズキの所に。」

 布団の中にいたのは頬は痩せこけ目は窪んで、焦点合わない目でこちらを見てる骸骨の様な人物でぼくは思わず目を背けた。

 逃げるようにドアを開けユズキがいるリビングに向かう。

 何故か電気が消されており真っ暗な中電気を探しながらユズキに呼びかける。

「ユズキ?どこ?ねぇ、返事して……。」

 カーテンの隙間から漏れる月の光を頼りに壁を伝って歩くと何かに躓き転びそうになった。

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