第4話 その男 オガミテキトウ

 翌日、夕方の四時。


 部屋で震えながら待つ兼子の耳に、けたたましいチャイムが響いた。


 このアパートにインターホンやチャイムの違いはない。いったいなんの音なのだろうか。


 兼子は粟立つ自分の腕を抱えた。


「磯本さぁ〜ん! ご在宅じゃないんですかぁ?」


 ドアノブがガチャガチャと鳴り、ドアノブを回す金属が音が響く。


 約束の時間だ。昨日の拝み屋だろうとは思う。

 だが…場違いで妙に能天気な声に兼子は困惑が隠せない。


「は、は…ぃ」


 兼子が返事をする前にドアが軋みながら開き、濃紺のスーツを着た男が現れた。



 年齢不詳、特徴のない顔に薄ら笑いを浮かべ、どこか死んだ魚のような目をしている。


「遅くなりましたぁ。オガミテキトウです。金浦さんからのご依頼で参りました。誠心誠意頑張りますので、よろしくお願いしますね」


「拝み屋が適当?口上は羽布団の売り込みかよ」兼子は内心毒づく。


「お部屋お汚いので靴のまま失礼しますね」


 兼子が玄関に出向くより早く、能天気なセールスマンはズカズカと入ってきた。


「昨日はご連絡ありがとうございました」


 差し出された名刺を受け取る。「祓師 拝笛刀オガミテキトウ


「テキトウ…名前なのか…」


 紛らわしいと兼子はため息をつく。



 拝は部屋を見まわし、鼻を摘まんで呟く。


「いやぁ、ひどいもんですね。腐臭と脂と……何? この甘ったるい臭い。人間ってここまで落ちるのか。まぁ、自業自得でしょうけど」


 ベッドの上で暴れる磯本が「がぁっ! 男!」と吠えるが、紙垂しでが揺れるだけでベッドに張られた結界の外には出られない。


「電話で言われた通りにしといたよ」


 昨日、拝との電話で「なんでも良いので、なんか白い紙で紙垂のようなものぶら下げておいてくださいね」と言われたのだ。


 ろくな説明もなく困った兼子は、里中にスマホで調べてもらい家にあった半紙と、裏の藪からとってきた竹を使い、昨夜のうちにこしらえたのだ。


「素人さんにしちゃよく出来てる。帰りに貰っていこうかな…」


 自分のビジネスバッグを漁りながら、拝が呟く。


「で、この信楽焼…もといんにゃ。こちらタヌキ、違う。ダンデイな男性、なにかの宗教でもやってました? 敬虔な仏教徒?切支丹とか?イスラムヒンズー…まさかケルトとかゾロアスター教とか? まさかマニアックにブゥドゥーとか?アフリカンな感じは守備範囲外なんですがぁ。まぁ、どうでもいいですけど」


 拝がひとり乾いた笑いを漏らす。


「知るわけないだろ、そんなの!」


 苛立ちをぶつけるように兼子は叫んでしまった。


「ですよねぇ。どうみても神を信じているタイプには見えませんもんね」


 さっきから随分と失礼な物言いである。拝み屋とはこのような人種なのだろうか。それともこの男が特別なのか。兎にも角にも胡散臭い。


「ところで金浦さん、この脂ぎったオッサンってご主人ですか? 息子さん? まぁ、こんなのと縁がある時点で同情しますけど」

「ちょ、アンタね失礼すぎないかい」

「大変失礼いたしました。若いツバメさんですね。いやいや何とも素敵な男っぷり。イケメンですねぇ」

「違います! 店子です!電話でも言いましたよね!」


「あぁ、そうでしたかね。電話で聞いてたっけなぁ。まぁ、除霊には特に影響ないので大丈夫です」


 と肩をすくめる。


 兼子は怒りと苛立ちを抑え、


「霊能者なんでしょ。なんとかしておくれよ」

兼子は懇願した。

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