第14話 復讐完結

 会社に映像をばら撒いたのは芽衣しかありえない。そう確信した幸樹は、謹慎を命じられたその晩に、怒りに燃えながら彼女の働く新宿のキャバクラへと向かった。監査室の室長に余計なことをするなと言われていたことなど、怒りのあまりすっかり忘れ去っていた。


 新宿歌舞伎町の喧騒を抜け、その店の扉を開けるなり、幸樹は怒鳴り声を上げた。


「芽衣! どこだ!」


 店内の客やホステスたちが驚いたように振り向く。不審者が入店してきたのかと黒服のボーイがすぐに駆け寄り、制止しようとした。だが、幸樹はそれを振り払うようにして店の奥へ進む。


「芽衣! どこだ!」

「お客様、困ります! 落ち着いてください!」


 そんな制止の声も聞こえないのか、幸樹は強引に店内を進み辺りを見回す。そこで平場とは仕切られた奥のVIPエリアに芽衣の姿がチラリと見え、幸樹は怒涛の様に駆けだした。


「芽衣ーっ!」


 その声に気づいた芽衣が幸樹へと視線を向けた。


「あら、来たの?」

「お前、あの映像はどういう――」


 芽衣に問い詰めようとVIPエリアに立ち入った幸樹だが、そこで意外な人物を見て、息を呑んだ。


「優理香……、どうして、お前が――」


 他よりも豪華な造りのソファーに深々と腰かけ、水割りのグラスを手にした優理香の姿を見つけ、幸樹が愕然とする。彼女の横には下田が影のように付き従っていたが、そんなことは幸樹の目には入っていなかった。


「こんばんは、幸樹。変わった場所であったわね」


 いつになく悠然とした調子で幸樹に話しかける優理香。明らかにいつもと違う様子なのだが、幸樹はその事に気づかない。


「どういう事だ。説明しろ、優理香!」


 いつものごとく傲慢な態度で優理香に言い放つ。しかし優理香はまるで気にした風もなくグラスに口をつけると、水割りを一口飲んでから、話した。


「あら、私、最近、芽衣さんとお友達になったのよ、ふふっ。だから今日もこうして遊びに来たの。ねぇ、芽衣さん」

「そうなの。あたしたち親友よ。あはは」


 芽衣はそう言って明るく笑うと、優理香の横に寄り添い抱きついた。そこで、幸樹はやっと気づく。二人がグルで、あの映像を流したのだと。


「お前ら――」


 怒りで体を震わす幸樹。


 幸樹の思った通り、優理香と芽衣は手を組んでいた。幸樹に復讐を誓った優理香は、下田に命じ、芽衣をこちら側に引き込んだのだ。もちろん金の力で。幸樹に対し特に恋愛感情がないようだとの調査報告通り、芽衣はそれなりの金額を提示すると、優理香の側になびいた。そして、一計を案じ、あの映像を隠し撮り、うまく編集して、幸樹の会社に流したのだ。

 ちなみに会社のネットワークに映像を流したのは、幸樹に好きだった子を奪われた会社の情報管理部の人間で、これも下田が金で話をつけて、実行させた。

 全ては優理香による計画だった。幸樹に対する復讐心が綿密な前準備をさせ、みごと計画を成功させたのだ。


「許さん。この野郎――!」


 幸樹が怒りに任せて、優理香に殴りかかろうとした。そこですかさず下田が間に入る。まさに女王様を守るナイトだ。

 しかし、敵に反撃するわけではなく、そのまま幸樹の拳を頬に受けて、その場に倒れた。


「あー、大変、暴力事件よ。誰かぁ、警察を呼んでぇ!」


 芽衣がわざとらしい感じで叫ぶ。


「警察――、いや、やめろ、そんな――」


 自分のしでかしたことに気づき、うろたえる幸樹。その彼に優理香がそっと近づき、耳元で囁いた。


「幸樹、今あなたが殴ったのは、あなたや私の務めるグループ会社のトップの息子よ。どうしようもないバカ息子だけど、末っ子ということで甘やかされてるの。親馬鹿ってやつね。そんな彼を殴って――どうなるのかしらね、あなたの立場?」


 その言葉に、幸樹は目を見開いた。冷や汗が背を伝い、口内がいっきに乾く。


「そ、そんな……」


 思考が混乱する。理解したくない。認めたくない。だが、目の前の優理香の表情が、それが紛れもない現実であることを突きつけてくる。全身から血の気が引いていくのがわかった。


「ふふ、終わりね。グループ傘下の企業はもちろん、業界内の一流どころは、どこも雇ってくれないでしょうね、あなたのような問題社員」


 優理香の言葉に幸樹の全身から力が抜ける。何かを言い返そうとするが、喉がひゅうひゅうと音を立てるだけで、言葉にならない。足が震え、立っていられない。ついに膝が砕けるように落ち、その場に崩れ落ちた。

 そんな彼を優理香は見下ろしながら、ゆっくりと口角を上げる。


「あら、どうしたの? いつもの私に対する威勢は?」


 彼女の声は冷たく、鋭い棘を含んでいた。まるで虫けらを見るような瞳。

 かつて自分のものだったはずの女が、今やすべてを支配する側に立っている――幸樹は信じられないものを見るような眼で優理香を見上げた。

 そんな幸樹に、


「さよなら、幸樹」


 冷たく言い放つと、優理香は妖艶な微笑みを浮かべた。その笑みは、どこかあの悪魔の微笑みと似ていた……


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