嫌われ者異能者は旦那様に溺愛……されている? 伍

もも@はりか

第1話 薄桃色の布団

 部屋から覗く庭はすっかり紅葉している。

 葉月はづきはちくちくと縫い物をしながら悩んでいた。


 ──旦那様と……やっぱり夜をご一緒できない!


 夏、朔夜さくやに深い傷があったことを理解した。たぶんその傷が癒えるのは随分先になるだろうなということも。

 むしろかえってそれ以来、葉月と朔夜はたまに同じ部屋に床をのべて寝ることがある。


 ──でも……。


 ちくちくちくちく。朔夜の着物のほころびを繕うが、自分が情けなかった。


 ──昨晩も気絶してしまった……旦那様の色気のせいで……。


 夫と添い寝すると羞恥のあまり泡を吹いて気絶してしまう。主に夫の朔夜が夜になると色っぽく見えるせいだ。優しい薄茶の瞳。穏やかで明瞭な声。襟から覗く喉仏や鎖骨。自分とは異なる肉体。


 そんな生き物に覆いかぶさられた暁には。


 心が日光に当てられた氷菓子のように溶けてしまう。魂が飛んでしまう。


 ──妻失格!


 うずくまってしくしくと泣いた。


 このままでは一生かかっても夫婦としての関係を結べないに違いない。


 かたり、と襖が開いたのはその瞬間だった。


「うおあ〜〜!! 葉月サン!」


 顔を上げると、どこから見てもキンキラキンの男がいる。真山金輝さなやまきんてる。夫である梅倉朔夜の師だ。


「お悩みのようですネ!?」


 葉月はのけぞった。


 真山金輝は人の精神を完全に読み操ることができる人物。そんな彼に今登場されてはたまらなかった。


「やめてください絶対心を読まないでくださいもう心を読むなら出てってください」


 葉月は金輝に向かって鬼のような形相を向けた。

 すると、「も、申し訳ございませんっ」とか細い娘の声が響いた。


「金輝先生、可愛い女の子のフリしたって許しませんよ!」


 葉月はさらに金輝を睨む。すると、金輝の後ろに大きな包みを背負った薄茶の髪の美しい娘がいた。


「も、申し訳ございません! 後賀葉月様! わかります、旦那様と添い寝などしますと心臓が崩壊してしまいますよね」

「いーーーーやーーーーーーー!!」


 葉月は悲鳴を上げ、金輝と娘の頭上に滝水を降らせた。



 しばらく後。

 気がつけば葉月は顔だけだした袋詰めの状態で座敷に転がされていた。


「すみません、葉月様、すみませんっ、わたしが不用意に心など読んだばかりに!」


 隣では先程の薄茶の髪の美しい娘が何度もへこへこと頭を下げてくる。


「いや……」


 娘の名前は真山由衣さなやまゆい。人の心が読める真山家の人間の中でも特に「読めてしまう」上、その気になれば人の心もかなり高度に操れるらしい。金輝の姪だそうだ。


 しかも。


 葉月の眼の前に妖精じみたとんでもない美貌の銀髪の男がいた。直白清零なおしろせいれい。朔夜の親友にして心の深い傷だ。

 由衣は彼の溺愛する妻であるらしい。


「私の妻によくも水を掛けたな? ああ?」

「……それは向こうがこちら側の心を読んできたからで!!」

「す、すみません!」

「由衣は謝っているだろうが!」


 袋詰めの葉月を揺らす。由衣は耳をふさぎ、縮こまって「すみません」と何度も謝っている。


 由衣がずぶ濡れになった直後、清零はいきなり現れて葉月を袋詰めにした。なんとか葉月は頭だけ出せたが、何故か座敷につれてこられてこのように清零からの問責を受けていた。


 由衣と金輝が清零をとめた。


「だ、旦那様、あんまりにお怒りになると、私、頭に声がいっぱい入ってきて、頭痛が」

「そうですよお、清零クン、由衣はかなり直接的に人の感情を受け取ってしまうんですから、ほら、落ち着いて」


 清零は由衣をじっとみつめた。すると、甘い声で「大事無いか?」と聞き、彼女の額に手を当てる。「熱はないな」と優しく微笑んでいる。


「すまない。この女が由衣を侮辱するのでついうっかり」

「……」


 葉月は清零を白目で見た。妻に対する態度が他の人間に対する態度と違う。


「で、何の御用です? 金輝先生に、ええっと、由衣様」


 真山家の人間であるから、梅倉家や後賀家より格上だ。それなりに礼は尽くさなくては、と思いつつも意地悪な声が出てしまう。袋詰めにされているせいだろう。


「……あの」


 由衣はがばっと頭を下げた。


「ご結婚の御祝儀を差し上げたくて」

「御祝儀?」

「何でこんなに遅れたんだとか、朔夜様にとってお祖母様代わりで師匠だった方を殺した私が、とご不快に思われるかもしれませんが──」

「由衣、お前が自分を責めることではない。責められるべきはこの私だ」


 清零が由衣をかばう。だが、彼女は首を横に振った。


「旦那様にとって大切なご親友の結婚に、御祝儀を差し上げたくて……!」


 彼女は叫ぶようにそういって、涙を流した。


 そうだなあ、と葉月はうつむいた。朔夜は、親友の清零とその妻由衣の手で、祖母代わりで師匠だった利織理緒としおりりおという女性を亡くした。


「……そんな」


 言葉がうまく出てこない。でも。しかし。だが。その前に。

 由衣は続けた。


「旦那様と私を許してくださいなどというつもりはありませんが、せめて……」

「……あのその前に、御祝儀はいいので、私を袋から出してくれます?」


 葉月は心底からそういった。

 由衣は「ああっ」といいながら葉月を袋から出す。



「良い布団なんです」と由衣は背負ってきた薄桃色の布団をひろげた。葉月が由衣ごと濡らしてしまったため、びしょ濡れであるが。


「真山家の秘術を仕込んでいます。この布団でご夫婦一緒に眠るとお互い愛おしい気分になって仲が深まる仕組みなんです」

「……すごく……あからさまな布団ですね」


 葉月は由衣とともに布団を外に干しながらこめかみを押さえた。

 由衣は輝くばかりの笑顔を浮かべた。


「ええ! このお布団の名称は『天下無双の比翼連理布団』と申しまして! 真山家で密かに販売しているごく僅かなお品なんです」


 縁側に立った清零が腕を組んで頷いた。


「私たち夫婦も使用している。お陰で天下無双の夫婦だ」

「えへへ」


 由衣が顔を赤らめた。


 ──うわっ、効果絶大そうだなあ。


 葉月は風にたなびく薄桃色の布団を見つめた。



 だがこのあと、この布団に葉月が翻弄されることになるとはさすがに誰も気づかなかった。

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