四季神家の【五】女

明治サブ🍆第27回スニーカー大賞金賞🍆🍆

1「生まれた瞬間から『要らない子』」

 取り上げられた瞬間から、私は『要らない子』だった。


 一文字いちもんじ二双ふたまた三ツ目みつめ四季神しきじん五里ごり六九六むくろ七宝しっぽう八岐やつくび阿ノ九多羅あのくたら十月じゅうげつ


 いにしえよりアヤカシから日本を守り続けてきた『護国十家』の四番目、四季神家。

 代々四人の娘を生み、春神・夏神・秋神・冬神の巫女として仕えさせてきた、退魔師の名家である。


 私はその家の、【五】女として生まれた。

 四番目が、双子だったのだ。


 仕えるべき神を持たない『出涸らし巫女』と呼ばれた私は、『いつつ』という名前とすらいえない呼び名を与えられ、犬猫のように屋敷の片隅で生かされてきた。


 四季神しきじん いつつ

 仕えるべき神を持たず、巫女としての力も弱く、姉たちから嘲笑される『要らない子』。

 それが私。





   ◆   ◇   ◆   ◇





 その日は盛大なパーティーが開かれていた。

 14歳の誕生日パーティーだ。

 誰のって? 当然、双子の姉・巫由ふゆのだ。


 神戸北野異人館通りの一角を占める巨大な洋館――四季神邸の巨大な食堂では、長いテーブルに所狭しと並べられた豪華な食事が、訪問客たちを楽しませている。

 お誕生日席に座る巫由の前には、大きな大きなケーキが鎮座している。

 巫由を取り囲む同年代の女子たちは、


「なんて大きなケーキでしょう」

「優秀な巫由さんをお祝いするために、ご両親がご用意してくださったのですね」

「素敵なご家族ですね」


 と、巫由を持ち上げるのに忙しい。

 彼・彼女たちはいずれも退魔家の子女たち。

 名門中の名門・四季神家に取り入ろうと必死なのだ。


 一方、末席に座る私の皿には、お寿司に付いていたプラスチックの葉っぱがポツリと置かれている。

 この家の女中が、面白半分に置いていったのだ。


 この扱いの差は、何だろう。

 華族はもちろん、女中すらもが私をバカにし、公然とイジメてくる。

 そして、この場にいる両親はそのことを咎めもしない。

『素敵なご家族ですね』という呪いのような言葉が私を蝕む。


「ローソクに火ぃ点けるぜ」


 ふと、那月なつき姉さんの男勝りな声がパーティー会場を貫いた。

 那月姐さんは夏神に愛された次女。

 他に、秋神に愛された三女・千明ちあき姉さんが会場にいる。

 春神に愛された長女・はるか姉さんは仕事で出張中とのことで、不在だ。


「むにゃむにゃむにゃ――【火球】!」


 那月姉さんの指先から手の平大の火の玉が現れる。

 その火の玉が14個に分裂し、浮遊して、ケーキのローソクに火を灯す。

 とんでもない芸当だ。並みの術師なら霊力を使い果たしてぶっ倒れていることだろう。

 見れば、那月姉さんは額に薄っすらと汗をかいている。

 あれだけの巫術を、多少汗をかく程度で実現できてしまうのは、那月姉さんが夏神に愛されているからに他ならない。


「「「「「ハッピーバースデー!」」」」」


 巫由がローソクの火を吹き消した。

 とたん、万雷の拍手が会場を満たす。


 みんなの輪の中心で、愛想笑いを振りまく巫由は、残念ながら綺麗だ。

 色素の薄い髪はさらりとしたストレートで、肩口で綺麗に切り揃えられている。

 大きな二重まぶたの目、すらりととおった鼻筋、桜色の頬。

 まつ毛なんて冗談のように長く、アイドル顔負けの美貌だ。

 素敵なドレスも相まって、いっそ幻想的なほど美しい。


 一方の私は、ダメだ。

 墨みたいに不吉な黒髪はくせ毛で櫛が通らないし、目の下の隈はすごいし、肌もしょっちゅうニキビが出る。


「あら、いつつ


 その、幻想的な美貌が嗜虐に歪んだ。


「何それ、伍ってばバラン食べるの?」


「……バラン?」


 喋り慣れていない私は、ガサガサの声で聴き返す。


「その、プラスチックの緑の葉っぱのことよ。フツーの人間は、そんなの食べないんですけど。落ちこぼれの伍にぴったりのお食事ね」


 とたん、どっと沸く会場。

 みんな笑っている。巫由も2人の姉も、客たちも、両親でさえも。


 本当に、巫由は何でも持っている。

 私が持っていないものを、全部。


 全部が嫌になった私は、パーティー会場を飛び出して裏庭に逃げる。

 広大な四季神邸の、庭の隅っこのさらに隅っこ。

 誰も来ない、手入れすらされていないこの場所が、幼いころからの私の避難所だ。


「ああああーーーーーーーー~~~~もう!」


 一人になった私は、頭を掻きむしる。


「何!? 何あのバランハラスメント!? プラスチックの草食えって何!? 私はバクテリアか何かなの!? 人間扱いすらしてもらえないってワケ!?」


 苛立ちまぎれに、庭の岩を蹴る。

 思えばこの岩は十数年来の付き合いで、十数年もの間、私の怒りを受け止めてくれてきた。

 けれどその日は、いつも以上に怒りのボルテージが上がっていたらしい。

 ちょっとあり得ないほどの勢いで蹴りつけた岩が、地面からずっぽりと抜けて転がった。

 次の瞬間、


「ぎゃーっはっはっはっはっ! 千年振りに俺様を目覚めさせたのはどこのどいつだ!?」


 地面から、見た目小学生低学年くらいの子供が飛び出してきた。

 おかっぱ頭で、平安時代くらいを思わせる着物を着ている。


「なっ!? アンタ誰!?」


 腰を抜かした私に、子供の姿をした人ならぬ異形が笑いかけてくる。


「俺様は、春神・夏神・秋神・冬神の間を繋ぐ第五の神『さかい』様だ!」


「季節の変わり目の……神!?」


「おめぇさん、四季神家の五女だな? 力を貸してやるぜ」


 とたん、臍の下――霊力を溜める臓器『丹田』が熱くなる。


「何……何この力は!?」


 全身が、熱い。力が溢れてくる。

 一般人並に霊力が低いと蔑まれ続けてきたはずだったのに。


「もしかして、今なら巫術が使える?」


 私は人差し指を立てて、


「か、【火球】」


 詠唱した。

 が、火の玉は現れなかった。


「……なんだ、やっぱりダメじゃない」


「何言ってんだおめぇ? 上見て見ろ、上」


「へ? 上?」


 見上げると、太陽が2つあった。


「…………は?」


「俺様が暴れ回ってた時代の術師に比べりゃ小さいが、まぁ及第点かな」


 太陽、と見まごうばかりのバカでかい【火球】が、空に輝いていた。


「わーっ、消して消して! ねぇ季節の変わり目神様、アレ、どうやったら消せるんですか!?」





   ◆   ◇   ◆   ◇





「はぁ~~~~!? 夏神の巫女ですら、手の平大の【火球】しか出せないだって? ンなわけあるかよ。俺様は火の巫術はニガテ分野なんだぜ?」


「に、ニガテ分野で太陽みたいな超特大【火球】が出せるとか、どうなってるんですか、ええと――」


さかい様と呼べ。敬語は無しでいいぜ」


「敬語は要らないのに様呼びさせるのね」


「あぁん?」


「なっ、何でもないです――じゃなかった、何でもないわ」


「そうかい。それにしても、なぁんか話が噛み合わねぇな。ちょっと待ってろ」


 と言って、すぅっと消える境様。

 数秒後、再び現れて、


「なるほどなぁ。他の四神のヤツら、千年かけて巫術を使いすぎて、霊力が尽きかけてるみてぇだな」


「へ? なんで分かるの?」


「アイツらに会ってきた」


「会う!? たったの数秒で!?」


「治水、豊穣、干ばつ対策、害虫駆除、オゾン層の維持に桜前線の押し上げ。四季神家の奴ら、というか日本の為政者は四神を酷使し過ぎだ――って四神どもが愚痴ってたぜ」


「あわわ、なんかすみません」


「一方の俺様は、この千年の間、ずーーーーっと忘れ去られ続けてきた。おかげで霊力がたんまりと溜まってる。特定の季節を持たず最弱だったはずの俺様が、相対的に最強になっちまったってわけだ。いつか実力で四神どもを見返してやろうと思ってたのに、こんな形で追い抜いちまうなんて。はーっ、ままならねぇもんだなぁ」


 ため息ひとつ。

 一転して境様がニヤリと笑い、


「んで? お前さんはどうしたい?」


「どうしたいっていうと?」


「四神どもから聞いたぜ。五人目の娘――いつつが虐げられて可哀そうだってな。家族を見返してやりたいんだろ?」


「そんなこと――」


 できる。

 これほどの力があれば、確実にできる。

 私を見下してバカにし続けてきた家族たちを、女中たちを徹底的にボコボコにすることができる。心の底から分からせてやることができる。

 私は――


「イヤよ!」


「……は?」


「この力、絶対に隠しとおしてやるわ!」


「はぁ? なんでだよ!? ムカついてたんじゃねぇのか? 見返してやりてぇんじゃねぇのかよ」


「ムカついてるのは確かよ。けど、ここで力を明かしたら、あの父と母は絶対に言い寄ってくる。あの手この手で私を言いくるめて、馬車馬のように働かせるに決まってるもの」


 私はふんすと鼻を鳴らす。


「境様がさっき言ってたとおり、四季神家はもうジリ貧なの。年々四神様の力は弱まっているし、巫術でできるたいていのことはもう、科学でなんとかできるようになってしまったし。政府からの莫大な支援金を疑問視する声も多いのよ」


 もちろん、アヤカシや神々、術の存在を知らない一般人は、四季神家への支援金の存在なんて知らない。

 けれど国会議員や政府の一部の人たちは当然ながら支援金のことを知っている。


「そんな中で私が力に目覚めてしまったら、あの両親は絶対に私を利用する。より危険でリターンの大きい仕事――上級アヤカシの討伐任務なんかに駆り出されるかもしれない」


 かく言う姉たち――遥姉さん、那月姉さん、千明姉さんたちもしょっちゅうアヤカシ討伐任務に出ている。

 アヤカシとの戦いはキツいし痛いし死ぬときはフツーに死ぬしらしいから、絶対にやりたくない。

 退魔家業は、3Kなのだ。

『キツい』

『臭い(瘴気的な意味で)』

『殺される』

 である。


「私は、退魔業とは関係ない一般家庭のイケメン金持ちと結婚するって決めてるの」


「ふぅん。千年前は立身出世が世の常だったのに、時代が変われば人も変わるもんだねぇ」


「それにね」


 私はニヤリと微笑む。


「本当は家族を助けられるのに、あえて助けないっていうのがいいんじゃない。余裕で助けられる力があるのに、あえて力を隠す。そうやって心の底でほくそ笑むほうが絶対に楽しいでしょ?」


「お、おま……こじらせてんなぁ」


「アイツらの所為よ。私に欠片ほどの愛情も注がなかった、あの両親の所為。自業自得よ。いい気味だわ」


 実力を隠し続けて、高校卒業とともに家を出る。

 一般家庭のイケメン金持ちを捕まえて結婚する。


 人生目標を新たにした私は、大きくガッツポーズした。

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